神さまのための郷土料理亭はじめました
海坂依里
第1話「独りご飯と神さまのもふもふ」
(お弁当、どこで食べよう……)
周囲は、きらきらとした大学生活を送る。
私は、モノクロな毎日を送る。
人気の少ない講義室を探しながら、孤独に羞恥を感じてしまう自分に溜め息。
友達と賑やかな休憩時間を過ごしても、一人で有意義な休憩時間を過ごしても、それは個人の自由。
常に友達と一緒という生活を選んでも、好んで独りを選んでもいい環境が、時代が到来しているはずなのに。
私は今日も、自分が独りだって知られないために行動する。
(独りを選んでも、格好悪いことはないはずなのに……)
同じ大学に通う人たちと自分を比較してしまうと、あまりにも自分が惨めに思えてしまう。
周囲と比較することで感じてしまう羞恥を打ち消すために、私は今日も独りを隠すための場所を探す。
「いただきます……」
大学の屋上にはまったく人がいないわけではなかったけど、屋上はかなりの広さがある。
写真や動画に残して置くことはできないって自信を持って断言できそうなくらい、空が青すぎる。
真っ青な空から降り注ぐ太陽の光は、こんなにも強かったんだって驚かされる。
(美味しいご飯を食べる時間なのに……寂しい……)
新潟県民は、宣伝やPRが下手だって言われることがある。
その言葉の意味を大学生になって、ようやく身をもって学ぶ。
自分を上手く売り込むことに失敗して、友達作りのタイミングを逃した私は、昨日も今日も新しくやって来る明日も独りぼっち。
(ちゃんと栄養、考えてるのに……)
揚げ物を詰め込んでいるわけではなく、根菜たっぷりの煮物を詰め込んできた。
大根やごぼう、蓮根といった類が醬油色に染まっていくのは仕方がない。
でも、赤みが鮮やかで有名なにんじんまで元気がなさそうな色に見えてくる。言葉を失うって表現が相応しいくらい空の青と太陽の光で染め上げられた世界は綺麗なのに、茶色だらけのお弁当の中身は心の温度を異常なくらい奪い去ってしまう。
「人間さんが、お昼の時間だっ」
「煮物、おいしそうですね」
視界に、大きな影が映り込む。
真っ青な空に雲の姿は確認できなかったのに、お弁当箱に詰め込んだ煮物に夢中になっているうちに雲が流れてきたのかもしれない。
(誰の、声……?)
真っ白な雲が太陽を覆い尽くしてしまったから、私の視界は陰ってしまった。
そう思い込みたいのに、私の聴覚は子どもの声を拾い上げる。
私が通っている大学に保育士や幼稚園教諭の免許を取るような学科はないはずなのに、さっきから甲高い子どもの声が私の鼓膜を叩く。
(この、子どもの声が聞こえているのは私だけ?)
青空に支配されるくらいの広さを持つ屋上にいるのは私だけではないはずなのに、この子どもたちの声を誰も気に留めない。
だったら、私の視界を埋め尽くしている黒い影の正体を知るために振り返るしかない。
「……あれ?」
「目が、合いましたね……」
子どもたちの姿を確認しようと思って振り返っただけなのに、そこに広がっていた光景は屋上で無邪気にはしゃぐ子どもたちっていう和やかなものではなかった。
「えっと、人間さんの名前は……
「音さん、すてきなお名前ですね」
今日が、初めましてのはずなのに。
私の名前なんて知らないはずなのに、彼女たちは私のことを呼ぶ。
「っ」
私を覆い尽くすくらいの、大きな影。
その正体は、空を真っ白に彩る雲なんて生易しいものではない。
見た目は青い空を穏やかに漂う雲のように真っ白な犬に見えるのに、大きさが犬どころの話ではない。
まるで天まで届いてしまうんじゃないかってほどの大きな存在が、私を見下ろしていた。
「耳がとがってて、真っ黒い毛が
「耳が少し丸っこくて、真っ白い毛並みが
犬って表現が、そもそも分からない。
馬鹿みたいに首を上に向けなければいけないくらい、巨大なもふもふに見守られている状態の私。
屋上にいる誰かが悲鳴を上げても可笑しくない展開が襲っているはずなのに、私の元へと駆けつけてくれる人は誰もいない。
「雫たちはね、未来の神様こうほなのっ!」
「人間の世界のお勉強をしている最中、です」
これからの学生生活も、何事も起こることなく平穏無事に終わらせたい。
そう思う自分がいるのも本当で、これから何かが始まるかもしれないって期待感に身を任せてみたいと思うのも本当。
どちらも本当の私。
どちらも本当の気持ちだから、どう感情を処理していけばいいのか分からない。
「神様を目指している子たちのね」
「舌をまんぞくさせてくれる人間さんを、ずっと探していました」
彼女たちは、空の青を纏うように振る舞った。
それだけ、空との距離が近い場所に私たちはいるってこと。
「
空を背景にしたところで、人は空の青を纏うことなんてできるわけがない。
それなのに、獣姿の彼女たちは広大な空の青に、自分たちの存在を溶け込ませることができる。
私は未来の神様候補と知り合ってしまったから、彼女たちの美しさがより際立って見えるのかもしれない。
「でも、私……特別、料理が得意なわけでも……」
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫……」
「そのお弁当、手作りですよね」
彼女たちを、大きな大きなっていう表現すること自体が幼稚だってことに気づかされる。
崇めるべき大きな存在が目の前にいるのに、声が可愛らしい子どものものとというギャップが心を少しずつ落ち着けるようにと促してくれる。
「これは、ただのお昼ご飯で……」
「お昼ご飯を食べるために、音ちゃんがご飯を作ったってことでしょ?」
「誰かが食事を作らないと、音さんはご飯を食べることができませんよ」
今の時代は便利な調理家電がたくさん存在していて、料理初心者でも手軽に料理を始めることができる環境が整っている。
「音ちゃんの体、すっごくよろこんでるよ!」
「音さんが健康なのは、音さんがきちんとご飯を食べているからです」
それでも私が面倒な過程から取り組んで、時間を費やして、自分が食べるための物を用意しているってことに二体の獣たちは気づいてくれた。
「……気づいてくれて、ありがとうございます」
自分で作った食事に、自分の体が喜んでいるかなんて分からない。
でも、私の体を包み込んでくれている二体の獣の温かさに心が喜んでいるのを感じた。
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