チーターとの邂逅
「ふんふんふーん♪」
マルフジとのコラボを取り付けたあたしは、上機嫌に鼻歌を歌いながら森の中を歩いていた。
これでまた一歩、人気者に近づいた。
正直、マルフジなんて男は得体が知れなくて話しかけるのは相当な度胸が必要だけど、あの勇希とコラボした相手なのだから変な人間ではないと信じて、思い切って声をかけて正解だった。
話してみれば変人どころか、割と御しやすい部類の人間に入るんじゃないかしら。文句や嫌な顔(?)はしながらもあたしのことを無理やり追い払おうとはしなかったし。
マルフジ個人に興味はないけど、あの話題性は見過ごせない。
このチャンスをものにして、なんとしてももう一度のし上がってやる。それで、バカにして来た連中を見返してやるんだ!
そう意気込んだところで転送魔法陣小屋が見えた。その近くに人影がある。
男だ。アバターの割に、顔は厳つくて冴えない感じ。
しかも、タンクトップにジーパンという世界観にそぐわない恰好をしている。けれど身体は筋骨隆々で、趣味の悪い刺青が両肩から指先にかけて伸びていた。
見るからに柄の悪い男は、あたしを見ると怪訝な表情を見せる。
「あぁ? なんでこんな所に配信者がいやがるんだぁ?」
不躾に眺めながらタンクトップの男が疑問を口にする。
無視をして横を通り抜けようとしたけれど、男はあたしの進路を塞ぐように移動してくる。
「おいおい、無視かよぉ? あんた、結構有名な配信者だろぉ? 名前はぁ……狸吉アイカだったかぁ?」
あたしは立ち止まって渋々、対応する。
「狐火れいあ、よ。なに? あたしがここにいるの、文句でもあるの?」
「ありまくりだぁ。オレたちに許可もなく勝手に顔を映してネットにバラまきやがって。迷惑してんだよぉ」
「ふん、自意識過剰ね。ま、あたしはもう別の場所に行くから、気にせず遊んでなさい」
どことなく嫌な感じがする。適当にあしらってさっさと移動しようと、男を避けて行こうとしたけど、それに合わせて男も横へ移動し立ち塞がって来る。
「なに?」
睨み付けながら問いかければ、男はニタニタと笑いながら言った。
「言ってんだろぉ? オマエらの存在が迷惑だってよぉ。だからここで、消えてくれやぁ」
「あたしと勝負するつもり? これでもあたし、レベル40の熟練者なの。やめておいた方がいいと思うけど?」
「勝負ぅ? 違うなぁ、これからするのは、殺し合いだよぉ」
「……は?」
「チートオン、保護解除(プロテクター・オフ)」
タンクトップの男が聞き慣れない単語を口にすると、ゾワリ、と背筋に悪寒が走った。
仮想の身体のはずなのに、まるで生身を舐め回されるような不快感が襲って来て、思わず大きく後ろに飛んで男たちと距離を取る。
何かしらのスキルを使ったのはわかったけど、効果がわからない。デバフにしても、さっきの嫌悪感以外に身体の違和感はないし、相手が強化されている様子もない。
ただ”チート”という言葉から察するに、あたしの知らないような、視認性が皆無の魔法が展開されている可能性がある。
マルフジとの約束もあるし、こんな奴に構ってる暇なんてないけど、ここは慎重に――。
――なんて考えるほど、あたしは大人しい人間じゃないのよ!
「何をしたのか知らないけど、あたしは忙しいの! 速攻で片づけさせてもらうわ! スキル――
あたしが叫ぶと、あたしの周囲に無数の火の玉が出現する。
「消し炭になりなさい!」
あたしが右手を前に出すと同時に、火の玉たちが一斉に男へと襲い掛かる。
10メートルも離れていない至近距離での集中砲火に対して、男は攻撃を避ける素振りは見せずに真っすぐ突っ込んで来た。
「チッ、バーサーカータイプか!」
仮想体だと痛みは感じない。だから、ああやって被弾を気にせず突っ込むプレイヤーがたまにいる。
本来なら後ろにヒーラーがいるか、体力か防御を上げるスキルを使用してからがセオリーなんだけど、男はそれらのスキルを使っていない。
事前に使ったのがチートうんぬんのスキルだけなのを鑑みると、もしかしたらこっちの攻撃は一切効かないような無敵スキルなのかも。
そうだとしたらあたしに勝ち目はない。尻尾を巻いて逃げるような真似はしたくないけど、不毛な戦いに付き合うほど馬鹿でもない。
隙を見て魔法陣小屋に飛び込むか、それとも運営に連絡した方が速いかも。というか、プレイヤーの動向は監視してるはずなのに、いったいなにをやっているんだろうか。
火球を放ちながら男と距離を取りつつ、思考を回す。そんなあたしに、男が異様に血走った眼で叫んだ。
「逃げ回ってんじゃねぇよぉ! 正々堂々、殺し合おうやぁ!」
「チート使っといて正々堂々なんて笑わせるわね! というか殺し合いなんてしたくないわよ!」
そんな会話を交わして、違和感に気づく。無敵のはずの男の身体は、火球を受けて傷ついていた。
すぐに回復してわかりにくいけど、火球が当たった腕は折れているし、肌も焼け焦げている。
相手が使ったのは無敵チートじゃない? だったら、体力無限か、超再生か。なんにせよ鬱陶しい事には変わらない。
「スキル――
百火繚乱が終わるタイミングで新たなスキルを発動する。両手を突き出し、スキル名を口にすれば目の前に虎型の炎の塊が生成され、男へ飛び掛かる。
炎の虎は男へ噛み付くと、激しい爆発を巻き起こし、凄まじい爆風が吹き抜けた。
無敵だろうと、これなら逃げるだけの時間は稼げるはず。あたしは爆発で巻き上がった砂煙の中を突き抜けるように、魔法陣のある小屋へ向けて走った。
追いかけられたとしても、全力で走ればあたしの方が先に小屋へ辿り着けるはず。小屋の中はスキルが使えないようになっているから、中に入ってしまえばそのまま逃げ切れる。
勝ちを確信した直後、砂煙から抜け出して視界が晴れた。同時に男が砂煙から飛び出してくる。
「どうせそう来るだろうと思ってたぜぇ!」
行動を読まれて真横を取られた。男が歪な笑みを浮かべながら一歩、あたしより前に出ると回し蹴りを放ってくる。
完全に気を抜いていたあたしは防御もできず、男の攻撃をモロにお腹へ受けてしまう。
「――かはっ!?」
攻撃を受けた瞬間、感じた”激痛”に思考は止まり、あたしは派手に後ろへ転がった。
「な、いっ、ぐぅぅ……!」
突然の、全く予想していた刺激に堪らずお腹を押さえて蹲る。HPが減るのに合わせて痛みは引いて行ったけど、あたしは自分の体験した現象に驚き、動くことができなかった。
そんなあたしを見下ろして、男は口を開く。
「ははぁ、ようやく理解したみたいだなぁ?」
そう言う男の右腕は完全に消し飛んでいた。しかも、再生する様子もない。
無敵でも体力無限でもない。それにこの痛みは……?
「ア、アンタ……いったい、なにをしたの……?」
「あー、オレもよくは知らねぇんだが、仮想体っつぅのはよ、実際に”痛み”は感じてるらしいんだわ。ただ、そんな痛いモンが商売で使えるわけもねぇってんで、普通は保護プログラムとかで痛覚を遮断してるんだとよぉ」
「まさか、あんたその保護を……」
「あぁ、そうさぁ! だってよぉ、おかしいだろぉ? 戦いってのは、本来”痛み”を伴う行為のはずだぁ! それを消しちまうなんて、自然の摂理に反してるだろぉがよぉ!」
話している最中になんとか動けるまで気持ちを持ち直せた。だけど、状況は変わらない。攻撃を受ければその分の”痛み”を貰う。
その事実は充分すぎるほどに、あたしの戦意を削っていた。
「相手の保護プログラムを解除して、一方的にいたぶるってわけ。悪趣味この上ないわね」
折れかけている自分を鼓舞するために強がりを口にする。けれど、そんなあたしの言葉に、男は怪訝な表情で首を傾げた。
「なに言ってんだぁ? オレの保護も外れてるに決まってんだろぉ。じゃなきゃ、意味がねぇ」
「……は? 待って、じゃあ、さっきの攻撃も全部……」
「あぁ、痛かったぜぇ! 腕がフッ飛ばされた時なんて、意識も飛んじまうかと思ったくらいだぁ!」
呆気に取られるあたしを他所に、男は回復薬を取り出して一気に飲み干した。回復したHPは、すぐ無くなっていた右腕に還元されていく。
「あぁ~、この腕が生える感覚……最高だぜぇ」
完全にキマッてる恍惚の方丈を浮かべながら、男は喘いだ。
「イ、イカレてる……!」
「オレが正常かどうかなんて関係ねぇだろぉ。さぁ、第二ラウンド開始といこぉぜぇ」
パラレル・ダイブ~異世界で配信者を助けたら、一躍有名になったらしい~ 猫柳渚 @nekonagi05
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