不穏な気配
道中、一緒に行動するのなら彼女のことを知っておいた方がいいだろうと思い立ち、狐火れいあについて調べてみることにした。
名前を入力して、トップに出て来たのは彼女が投稿している動画たち。
その動画群の下にあったwikiを開いて閲覧してみる。
狐火は勇希のようにどこかの企業に属するライバーではなく、個人勢と呼ばれるライバーらしい。
来歴として、活動を始めたのは1年前。そしてその前には、どうやらパラレードにて別名で活動をしていたようだ。
しかし炎上騒動があって引退。その後すぐに狐火れいあと名前を変えて異世界配信を始めたそうだ。
炎上についてはパラレードメンバーとのいざこざだが、それはアンチがでっち上げた捏造であると判明したものの、運営の対応が不十分だったからと脱退を宣言。
その後、半年も経たずに狐火れいあとして活動を再開させて、最初はかなり低迷していたようだが、他に類を見ない豪胆不適なトークと身勝手なキャラクター性で、中堅程度の人気を取り戻した。
という情報がwikiには記載されていた。全てを鵜呑みにするわけにはいかないが、なかなか波乱万丈な経歴を持っているみたいだ。
他にも色々なサイトを覗いてみたが、アンチ的な物言いをしている人間が散見された。
ライバーのいざこざは捏造なんかじゃなく本当で、運営が体裁を守るためにそう口裏を合わせていると邪推している者も少なくはないようだ。
問題を起こした真偽はどうであれ、そこまで配信業を続ける理由がいまいち理解できなかった。
「そうまでしてチヤホヤされたいかね」
俺ならこんなことになったらさっさと見切りをつけて配信業から足を洗うだろう。
そもそも、人気や有名になりたいとは思わない。今の状況だって半ば不本意だというのに。
そうしている内に目的の村に到着していた。俺はウィンドウを閉じて敷地内へ足を踏み入れる。
そこまで規模は大きくなさそうだ。木造の一軒家がぽつりぽつりと並び、プレイヤーとは違う、質素な服装の人々が営みを構築している。
俺の存在に気付いた村人たちは、俺が顔を向けると慌てて顔を逸らした。向けられる視線も、奇異ではなく不信感が強いように思う。
確かにプレイヤーはこの世界じゃ浮いた存在だろうが、そこまで珍しいモノでもないはずだ。初心者の集う森に近い村なら、なおさら見慣れているだろう。
怪訝に思いながらも、俺は薬草採取の依頼主がいる家の扉を叩いた。
「ごめんください。ギルドの者ですが、薬草を届けに参りました」
しばらくして、ゆっくりと扉が開き、老年の男性が顔を出した。
「おぉ、これはこれは”ぷれいやぁ”様。よくぞ、おいでくださいました」
恭しく頭を下げられ、俺は少し面食らいながらも薬草の詰まった袋を差し出した。
「ご依頼の物です。中身の確認をお願いします」
老人は袋を受け取り、中を軽く見て顔を上げた。
「はい、確かに。こんな雑務を受けていただき、本当にありがとうございます。謝礼はいつものように、ギルド本部への送金でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。ところで一つお尋ねしたいんですが、何やら俺……プレイヤーへの視線が冷たいんですけど、何かありましたかね?」
深刻に受け止められないよう、あくまでも楽観的に問いかけてみる。
老人は、少々言いづらそうにしながらも口を開いてくれた。
「実は、最近ぷれいやぁ様が村々を襲っている、という噂が流れていまして……」
「なんだって?」
「いえ! 決してあなた様がそのようなことをしている、と言っているわけではないのです」
「それはわかってます。しかし、どうしてそのような噂が? 実際に襲われた村があるのですか」
「は、はい。つい先日も山向こうの村が襲撃に遭ったと、聞いております。ギルドにも報告はしているのですが、対処したという話も聞きませんので、村の者も不安に思っているのでしょう」
「そう、ですか。俺の方からもギルドへ言っておきます」
「それは助かります。どうか、お願いします」
そうして俺は老人宅を後にした。
プレイヤーがこの世界の村を襲っている。配信者が襲われているというのは聞いていたが、これもチーターの仕業だろうか。
霧島は把握してるんだろうか。念のため、連絡しておこうとメニューを開けば、通話の受信を知らせる画面が上書きされた。
表示されている名前は――霧島香苗だった。
通話に出ると、挨拶もなしに霧島が言う。
『今、狐火れいあと一緒にいる?』
「……いや? 30分前くらいに別れたが」
同行していたのを認知しているのは、運営としての監視システムを使ったのだろう。
『そう』
と、呟き逡巡に入っている隙に村で聞いたことを問いかけようとして、先に彼女が発言した。
『ついさっき狐火れいあの所在が不明になった』
「それは、ログアウトした。ということじゃないんだな」
『えぇ、彼女はログアウトの記録を残さずに、我々の監視下から外れたの。つまりこれは』
「チーターと繋がりがある、と?」
『もしくは彼女がチートを使っているか、ね』
どうやら霧島は狐火を疑っているみたいだ。
確かに狐火は我儘で自分勝手な小娘だろう。
俺のことも、有名になるための道具としか見ていないだろうし、他人の都合なんて考えず不遜に近づき、無理やり自分の道へと引きずり込むような人間だ。
しかし俺には、どうにもそんな、取り返しのつかなくなるような悪事に手を染めるような人間だとは思えなかった。
ともすれば考えられる可能性は、狐火がなんらかの事件に巻き込まれたかもしれないということだ。
「最後に狐火を観測したのはどこだ?」
『あなたの近くの森とプレイヤー街を行き来する転送魔法陣付近よ』
「わかった。行ってみる。知らせてくれてありがとうな」
『え? ちょっと、私は別にそんなつもりじゃ――』
俺は通話を切って駆け出した。
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