新たな配信者、狐火れいあ

 ギルド内、掲示板にたむろする人垣から一歩後ろの位置で、狐火は俺に振り返った。


「さて、どのクエストに行く? やっぱりドラゴン退治かしら。マルフジならそのくらい余裕よね?」


「勝手に決めつけるんじゃない……ってか、俺の用事を手伝ってくれるんじゃなかったのか?」


「あんなの嘘っぱちでしょ。それくらいわかるわよ。アンタ、演技とかあんまりうまくないでしょ」


 そりゃ、芝居は苦手な方だが、大根役者ってほどじゃ……まあ、今さらどうでもいいか。


「しかし、どうして配信者はそんなにドラゴン退治したがるんだ?」


「そりゃ、派手だし視聴率稼げるから」


「どいつもこいつもアグレッシブが過ぎるな……おっさんはついていけないわ」


 諦観の溜息を吐き出しながら、俺は掲示板をサッと眺めて自分に合っていそうなクエストを見繕ってから、人垣を掻き分けて目当てのクエスト用紙を手に取る。


 俺たちに気づいたプレイヤーが驚愕の声を出すのが耳につくが、騒ぎになる前にさっさと離れて受付に向かう。


「ねぇねぇ、なに受けるの?」


 と、寄って来た狐火が俺の手からクエスト用紙を奪い取って内容を確認する。


「げっ、薬草採取~? なんでこんな低レベルなクエスト受けるの?」


「これが俺の適性レベルのクエストだからだ」


 クエスト用紙を奪い返し名がら言ってやると、狐火はじとっと疑いの目を向けてくる。


「はぁ~? 薬草採取なんて初心者中の初心者が受けるクエストよ? ユニークモンスターを倒せるだけの実力があるのに、そんなのが適正レベルなわけないじゃない」


 やれやれ、と呆れたリアクションを取る狐火。


 しかし、残念ながらそんなわけあるんだな、これが。


 俺としてもできることなら討伐クエストを受けたいが、低レベル帯の討伐クエストは人気があって取り合いみたいな状態になっている。


 だから、こういう人気のなさそうなクエストを受けつつ、出先でスキルの試し打ちや出会った魔物を適当に狩ってレベル上げに勤しむことにしていた。


 クエストが受けられるレベル上限は自身のレベル+5までだ。付き添いがいる場合はトップのレベルに合わせてもらえるが、今日は俺だけなのでこれくらいしか受けられない。


 狐火に頼むのは、なんとなく気が引けた。後でそれをネタに恩着せがましく何かを要求されそうだし、あまりこちらの事情を話したくもない。


 ちなみに最初に来た時みたいに受付を通さず勝手にクエストに行くのは本来だと違反行為となって、やりすぎると処罰の対象になる。


 前はプロトタイプの装置でのダイブで、そもそもレベルが存在していなかったからノーカン……というわけにはいかず、あの後、霧島にはしっかり目に怒られたし、二度目はないと釘を刺されている。


「そんなのよりもっと楽しそうなの受けましょうよ」


「文句があるならついてこなきゃいいだろ」


「むぅ~、仕方ないわね! その代わり、次はあたしが選ぶから!」


 なぜ次も一緒に行く前提なのか……。


 狐火に会ってから何度目になるかの溜息を吐き出しつつ、すでに受付の列に並んでいた狐火と合流して、俺は薬草採取のクエストを受注し、転送魔法陣で目的地へと飛んだ。



 活動場所は再び森の中。しかし、初回の原生林や勇希と来た森のような鬱蒼とした感じはなく、軽くではあるがどこかしら人の手が入っているような感じがあった。


 これまでは人が通る場所だけ申し訳程度に整備されているだけのような大自然だったが、今回は山登り初心者が訪れるような、どこか安心感のある場所だった。


 魔物ではなく動物が支配する森の中を進み、目当ての薬草を集めていく。


「配信はしないのか?」


 手伝う、と言いつつ薬草探しもせず暇そうにその辺りをぶらついていた狐火に声をかける。


 てっきり人がいなくなれば配信を始めると思っていたが。


「こんな単純作業、映したってつまんないじゃない」


「単純作業だろうとトークで楽しませるのが配信者じゃないのか」


「限度ってもんがあるでしょ。それに雑談配信とかならともかく、異世界配信でこんな低レベルなことやってたらリスナーが離れちゃうわよ」


「そういうもんなのか」


「そういうもんよ。ただでさえ異世界配信なんて競争率激しいのに。あーあ、ドラゴン退治なら再生数稼げるのになー」


 ちらっ、とわざとらしく目配せをしてきた。


「そう言われてもな。勇希にも言ったが、ドラゴンなんて勝てる自信ないぞ」


「はぁ? そんなわけ……マルフジって、今のレベルはいくつなの?」


「5だ」


「ウソ!? そんなレベルでユニークモンスターが倒せるわけないじゃない!」


「そんなこと言われてもな」


「そもそも戦いにすら……あっ! もしかして、チート?」


「違う! 断じて違う!」


 強めに否定したものの、狐火は全く納得していない。


 だか、確かにレベル5でドラゴン並みのモンスターを倒したとなればチートと認識されてしまうのか。これからは無暗に自分のレベルは言わない方がいいな、これは。


「じゃあ、なんだって言うのよ。レベル5なんて、そこらのゴブリンでも苦戦するレベルよ? どうやってユニークモンスターを倒したの?」


 しかし困ったな。なんて言ったらいいのか……。エーテル操作による身体強化は仕様なのでチート行為に該当しないのは確かなんだが。


「強いて言うなら、裏技だ」


「へぇ、その裏技ってなに? あたしにも教えて!」


 あー、まあそうなるか。教えてもいいが、余計に付き纏われそうだな。


 それに俺は人に教えられるほど器用じゃない。その辺りのボロも出そうだし、なんとか断らないと。


「いや、教えてって言われてもな。そんな突然言われても困るんだよ。一朝一夕で身に着けられるものじゃないんだ」


「すぐにできない裏技って……そういえば勇希とコラボしたとき、何か教えてるって言ってたわね。もしかしてその裏技を伝授してるの?」


「……まあ、そんな感じだ」


「なにが必要なの? お金? それともコネ? ねぇ、いいじゃない。あたしにも教えてよ!」


「あー、うるさい、うるさい。そもそもほぼ初対面の相手に教えられるわけないだろ」


「むぅ……じゃあ、教えてくれるまで付き纏ってやる」


「やめてくれ。というか、断られたなら一旦諦めてくれよ」


「そんな消極的で配信者なんて務まらないわ。いいじゃないの、あたしに恩を売っといて損はないわよ? これでも一応、有名配信者とは言われてるんだから」


「別に俺は有名になりたいわけじゃない。それと時には引くことも大事だぞ? 押してダメなら引いてみろって言葉も」


「知らない知らなーい」


 プイッ、と拗ねたように顔を背ける狐火。全くこいつは……。


 もう無視して薬草採取しよう。


 ぶつくさと隣で文句を言われながらも、1人で黙々と薬草を集め続け、なんとか目標数を集め終わる。


「ふぅ、なんかいつもより疲れたな……」


「おじさんには肉体労働はキツイんじゃないの? 討伐クエストにしとけばもっと楽に終わったのに」


「お前が横で騒いでるからだよ。ってか、討伐クエストも肉体労働に変わりないだろ」


 厭味たらしく笑う狐火に、文句を告げる。まあ、仮想体に肉体労働もクソもないんだが。


「じゃ、さっさと納品してきなさいよ。あたしは先に戻ってクエスト受けておくから! 寄り道せずに帰ってきなさいよ!」


「わかった、わかった。じゃ、また後でな」


 よし、このままバックレるか。


「……逃げたらアンタがチート使ってるってネットで言いふらすから」


「お、お前……! なんて脅しを……!」


 こいつなら本気でやりかねない。それにこれでも有名配信者らしいから、拡散力や影響力は計り知れない。


 ただでさえ異世界を歩いていたら注目を浴びるくらい有名になってるのに。ここで不祥事でも起こしてしまえば霧島や勇希に飛び火しかねない。


「必ず戻るって約束するから、絶対にやめろよ」


「おっけー、約束よ! 言質も取ったからね。早く来なさいよ!」


 ニコーッ、と満面の笑みで駆けて行く少女の姿を見れば、湧き上がりかけた苛立ちも自然と引いて行った。


 なんともまあ無邪気な顔で笑うのだろうか。あんな顔を向けられてしまったら、どんな我儘も許してしまいそうだ。


 きっとあれが狐日れいあの魅力なのだろう。


 まあ、少しくらいなら付き合ってもいいか。


 まんまと彼女の術中に嵌まったな、と苦笑しつつも俺は薬草を届けるべく、依頼主がいる村へと向かった。

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