オッサン、絡まれる

 魔物大国エンデルネは今日もプレイヤーで賑わっていた。


 パーティを組んで、どこへ行こう。何を倒そうと話し合ったり、店を物色したりしているが、俺が近づくと決まって振り返り、好奇な視線を向けて来る。


 勇希の配信に載った2回の戦闘。あれのおかげですっかり有名人になってしまった。


 注目は集めるが、話しかけて来る人間はいないので特に問題もないだろうと無視して俺は1人ギルドに向かっていた。


 今回は勇希と合流する予定はない。どうも、夜船やぶね奈木人なきと――ルナティック・ナイトの一件で事務所からしばらく異世界配信を控えるように言われたらしい。


 まあ、襲ってきた相手が意識不明になったんだ。彼女が直接関係していないとは言え、安全性を考慮すれば自粛を言い渡されるのも当然のことだろう。


 それに最近、異世界配信者が襲撃される事件が急増しているらしい。


 勇希の所属しているパラレードのメンバーも襲われたそうだ。


 犯人は未だ特定されておらず、野放しになっている。正規品を使っているなら、行動は運営が把握できるはずなので、十中八九チーターの仕業だろうと、霧島は結論付けていた。


 犯行現場は主にエンデルネ内で発生しているそうなので、俺は調査も兼ねて自分の特訓をしようと考えていた。


 前回の戦闘では新しいアバターに慣れず、自分の身を削るような戦いしかできなかったからな。せめて、普通に戦えるようにはなっておかないと、今後の活動に支障をきたすだろう。


 異世界でチーターと出会えばほぼ、間違いなく戦闘になるだろうし、そのたびに自傷しながら戦っていては勝てるモノも勝てなくなる。


 それと、早いうちにパラレル・ダイブの仕様も理解しておきたかった。


「メニューオープン」


 歩きながら呟けば、目の前に半透明のウィンドウが出現する。


 マルフジ Lv 5

 ステータス

 スキル

 拡張項目

 その他

 ログアウト


 ただ文字が並んでいるだけの簡素なウィンドウ。どれも俺がテスターとしてダイブしていた時代にはなかった項目だ。


 レベルに関してはドラゴン並みの敵を倒したのにこれだけしか上がっていないのはおかしいだろう。と霧島に苦言を呈したら。


『レベルは仮想体の熟練度みたいなものなの。いくら敵を倒したって、攻撃するたびにダメージを受けるのはまだまだ初心者と言わざるを得ないわ。だから、それが妥当なレベルよ』


 と、半笑いで言われた。


 まあ、ごもっともな意見だが……流石にレベル5というのは低すぎないか?


 ステータスを指で触れれば、パッと画面が変わる。


 HP:125

 MP:100

 攻撃:80

 防御:80

 魔法攻撃:50

 魔法防御:50

 俊敏:50


 色々と調べたり、あれから何度かダイブして実際に仮想体を動かしてみてわかったのは、この数値はエーテルの出力値だということだった。


 例えば攻撃。魔物に対してパンチやキックを繰り出せば、自動的に素の力に80程度のエーテル強化が施された攻撃を繰り出せるようになっている。


 防御も然り。攻撃を受けた瞬間に50の硬化が被弾した部位に施される。


 また、ステータスの数値に頼らなくても意図的にエーテルを操作することも可能だ。


 グリズリーと戦った時と同じように拳にエーテルを集中させれば、攻撃の値が80から3800まで増加する。


 テスターとして戦っていた時は、こっちの戦い方が主流だった。


 ただ、防御値はそのままなので3800の攻撃の反動がモロに身体に返って来てダメージを負ってしまう。という現象が起こるわけだ。


 防御面だけ上げても、筋力が追い付かず体を動かせなくなってしまう。


 ブランクがあるとはいえ、ここまでエーテルに翻弄されてしまってはレベル5と認定されても文句は言えないか。


 次にスキルの項目を開けば『拳骨』と『たこ殴り』という技があった。


 性能も安直な名前に相応ふさわしく、拳骨はただ拳を振り下ろすだけ。たこ殴りは8回パンチするだけの技だ。


 しかし使ってみてわかったこともある。スキルというのは、要は攻撃の自動化だ。


 多少、体勢を崩した状態でもスキルを発動すれば意思に関わらず拳を振り下ろすし、8回の連撃を繰り出せる。


 剣術が使えなくても練習なしで達人と同じ技を使えるし、魔法も特訓なしで強烈な技を撃てる。


 恐らく、勇希やルナティック・ナイトが使っていたスキルも同じ原理だろう。レベルが上がれば俺も使えるようになるのだろうか。


 実のところ、俺は不器用だったからテスターとして異世界攻略していた時は最後まで魔法や型の決まった剣技は使えなかった。


 仲間たちがカッコいい魔法や技で敵を倒していたのを羨ましく眺めていたのが懐かしい。『閃光の一閃』なんかを扱えるようになるのが楽しみだ。


 そして、スキルの下にある拡張項目だが、名前の通り機能の拡張ができるらしく、設定次第で色々なことができるようになるらしい。


 その代表例が”配信”だろう。あれも機能を拡張すればできるようになるようだ。俺はするつもりがないから関係ないが。


 その他の項目にはメッセージやフレンドなどの項目に連なっている。


 プレイヤー同士でフレンド登録、というものをすれば異世界内で文字での連絡ができるし、SNSアプリのLINKとも連携しているので通話も可能になる。


 後は運営からのお知らせなどが届くらしい。まだ勇希と試しに一度やり取りをした履歴しか残ってはいないが。


 あと、ネットにも繋げられるようだ。もちろん、現実で見れる情報しか得られないが、軽く調べ物をするのには便利そうだ。


「そこのアンタ。ちょっといいかしら?」


 メニューを確認していたら、後ろから呼びかけられ、顔だけ振り向く。


 そこには狐耳と黒い尻尾の生えた狐娘が立っていた。


 この狐娘……どこかで見たような気がするが、知り合いじゃないことは確かだ。


 俺を呼び止めたわけじゃないだろうと、再び歩き出せば鋭い声が耳朶に届く。


「アンタ、マルフジでしょ? 話しがあるの、耳を貸しなさい」


 名指しで呼び止められてしまえばどうしようもない。マナーのなっていない奴もいるんだな、と呆れながら俺は立ち止まって狐娘たちと対面する。


「俺に何の用だ?」


 返事をすれば狐娘はにんまりと笑い、もったいぶるように大股で歩いて近づいてくる。


 そうして俺の一歩手前まで歩み寄ると、俺より一回り以上小さい身長で見上げながら、声高に言った。


「アナタをあたしの使い魔にしてあげる」


「…………あ?」


 何を言われたのかわからなくて上手く反応することができなかった。


 ツカイマ、って、あの使い魔だよな?


 どうしていきなりそんな話に……勇希の所属しているパラレードにこんな狐娘は所属していなかったはずなので、裏で話が通っているわけでもなさそうだが。


 じっ、と狐娘の顔を見てみて、ようやくエンデルネに始めて来た時に配信の挨拶をしていた人物だと思い出す。名前は思い出せないが。


 見覚えはあったが、使い魔にされるような接点はないはずだ。喋ったことはもちろん、こうして対面するのすら初めてだ。


 そんな俺の困惑を知ってか知らずか、狐娘はなぜか得意気に笑いながら続ける。


「あたしの使い魔になるのはとっても光栄なことなのよ。ありがたく思いなさい」


 などと自分勝手なことを言ってのけた。パッと周囲を見た感じ、光の球は飛んでいないので配信はしていないはずだが、まさか素で言ってるのか?


「おい、あれ狐火れいあとマルフジじゃないか?」


「コラボ中か? にしても、いきなり使い魔認定されてるぞ。やっぱ凄いんだな、あのマルフジってヤツ」


「くぅ~、羨ましいぜ。オレなんて何回もこっちからアタックしてんのに、軽くあしらわれるだけなのによ。まあ、それが良いんだが」


 ……周りの会話を聞く限り、どうやらこの狐娘の使い魔になるのが、それなりに名誉な事なのは事実らしい。


 だからと言って、見ず知らずの、それも自分の娘と同じくらいの歳の少女の使い魔になるのはゴメンだ。


 ここはきっぱりと断ろう。


 だが、大衆の前で、高飛車キャラで売ってるであろう彼女の誘いを無下に拒絶して相手のキャラを否定してしまうような行為をするほど空気が読めないわけじゃない。


 一応、配信者を襲っているチーターをおびき出すために彼女と行動を共にした方が効率的だろうという考えは脳裏を過ったが……この娘といると面倒事の方が多くなりそうなので、やはりここは彼女のメンツを潰さないよう、それとなく身を引こうと決める。


「あー、誘ってもらって嬉しい限りなんだが、どうしても早急に片付けなくちゃならない用事があるんだ。だから今回は、遠慮しておくよ。申し訳ない」


「用事って、今日も勇希ユウナと一緒にクエストを受けるの?」


 しゅん、と耳と尻尾を下げて気落ちを表現しながら問いかけられる。しかも上目遣いで、瞳も潤んでいるような気がする。


 うっ、何かとてつもなく悪いことをしてしまっているような……。


 芽生えかける罪悪感を振り払いながら、俺は答える。


「いや、今日は個人的な都合だ」


 言った瞬間、狐娘――改め狐火の顔が一変した。


 にんまり、と不敵な笑みを浮かべると狐火は口を開く。


「だったらあたしが手伝ってあげる。その方が早く片付くでしょ?」


 しまった。そう来たか。


 俺が新しい言い訳を考えている間に狐火は口早に続ける。


「ついさっきログイン小屋から出て来たみたいだし、リアルで何かあるわけじゃない。ダイブ中の用事なら、あたしにも手伝える」


 この娘、最初からそのつもりで話しかけて来たな?


 真っ先に勇希と同行するかの有無を聞いてきたのは、流石に勇希と一緒だと強引な手を使えないからだろう。


 下手すると炎上するかもしれないからな。その辺りの分別がつくのを見る限り、それなりに頭が切れるみたいだ。


 今日も勇希と一緒だ。と嘘を吐いていれば楽に断れたのに……。


 いや、例えそう言ったところで一旦別れてから尾行して、俺が1人のところに偶然を装って合流してきそうだ。


 ――女狐。そんな単語が脳裏を過り、俺は苦笑する。


「そうと決まれば行きましょ!」


 言って、狐火は駆け出した。


 ここで逃げたら、ネットであれこれ書かれて面倒事に発展しかねない。大衆の眼があるのも計算の内だろう。


 俺は諦めて、溜息を吐き出しながら少し先で手を振って俺に呼びかける狐火の元へと歩き出した。

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