事後報告

「まさかこんなに早く手がかりを掴んできてくれるとは思わなかったよ。流石は円藤くんだ」


 バイヤーとのやり取りがあったその日のうちに、俺は現実世界に戻って霧島の元を訪れていた。


 ANOTHER COLOR社内にある霧島専用の研究室は一人用とは思えないほどに広い。


 普段の作業机の他に、2つ対面するように置かれた来客用のソファーに向かい合って座りながら、霧島は俺の功績を讃えてくれている。


 ルナティック・ナイトもバイヤーも向こうから勝手にやって来ただけだ。俺は何もしていない。


 と、その時、コンコンと扉がノックされる。俺たちは一旦話を切り上げて、訪問者へと意識を移した。


 「どうぞ」


 霧島が答えれば扉が開き、スーツ姿の大男が入って来た。


「よっ、遅れてすまんな」


「やあ、待ってたよ。秋野くん」


 片手を挙げて気さくに挨拶をする大男は秋野あきのみのる。俺たちと同じくテスターの、昔馴染みだ。


 大きな体躯に似合わず顔つきは柔和で、雰囲気としては気の優しそうな親戚のおじさんだ。


 俺よりも1つ年下で警察組織に所属しており、警部として日夜、事件現場を奔走している。


「マルフジ、一ヵ月ぶりだな。もう大丈夫なのか?」


「あぁ、まあな。だが、スキルマスター様がどうしてここに?」


「いやぁ、ちょっと香苗ちゃんに用があってさ。っていうか、その呼び方はやめてくれよ。流石にこの歳になると恥ずかしいからさ」


 頭を掻きながら照れくさそうに答える秋野。どうやら霧島に会いに来たみたいだ。仕事帰りか、それとも仕事中か。


「まいったよ。まさか今もオレの黒歴史が使われてるとはな。まったく勘弁してくれよ、香苗ちゃん」


「ははは、いいじゃないの。私は好きだよ。”雷神の拳雷”も”閃光の一閃”も」


「だー、もうやめてくれ。むずむずしてくる」


 茶化されて、秋野は耳を赤くしながら頭を掻く。どうやら秋野もあの配信を見ていたようだ。


 そして何を隠そう、この男がルナティック・ナイトの扱っていたスキルを生み出した張本人である。


 俺もあの技名を聞いた時は秋野が助けに来てくれたと期待した。


 あれ以外にも、異世界を攻略するにあたって仮想体で扱える”スキル”を作成していた。俺たちのパーティー内では魔法使い的ポジションにいた男だ。


「さて、世間話もほどほどにしておいて。実は秋野くんにもPD技術流出の件に協力してもらっているんだけど、わざわざここまで足を運んだってことは、何かわかったのよね」


「あぁ、勇希ユウナに絡んで来たルナティック・ナイトの身元がわかってな」


「なんだって? まだ数時間鹿経ってないぞ」


 思わず驚きの声を上げる俺に、秋野は得意気な顔をして笑った。


「警察の力を舐めんじゃねぇよ。まあ、香苗ちゃんの協力あってのことだが」


 秋野が言って、霧島は「ふふん」と得意げに笑う。2人とも相変わらず仕事が早い。


「で、ルナティック・ナイトを捕まえたんでしょ。不正ツールについて、何か聞き出せた?」


「そのことなんだが……」


 ちらり、と秋野は俺を見る。その視線から察するに、良くないことが発生しているようだ。


「俺は席を外した方が良さそうだな」


 俺が立ち上がろうとすると、秋野は俺の肩に手を置いてそれを制した。


「いや、どうせ香苗ちゃんから伝わるだろうし、一緒に聞いといてくれ。それにマルフジなら口外もしないだろ」


「まあ、口は堅い方だが」


 それなら、と俺は座り直して秋野の話を待つ。


 秋野は珍しく表情を険しくさせながら、ひとつ息を吐き出し、口を開く。


「ルナティック・ナイト――本名は夜船やぶね奈木人なきと、高校生だが親が金持ちのボンボンだ。身柄は確保したんだが……」


「どうした。親の圧力で捜査できないのか?」


 俺の問いかけに秋野は首を横に振って答えて、重々しく告げた。


「意識不明の状態から戻らない」


「――それはどういうこと?」


 霧島が驚きの声を上げる。


「警察が夜船宅を訪問した時、奈木人は自室でダイブの真っ最中だった。マルフジとのやり取りが終わって、30分後くらの話だ。そこでANOTHER COLORの職員を呼んで強制ログアウトの処置を取ってもらったんだ」


「だったらどうして。職員が関わっているなら、何も問題はないはずでしょう」


「確かに処理に問題はなかった。はずなんだが、彼の意識はどういうわけか異世界から戻って来ない」


 秋野から告げられた事実に、霧島は黙って考え事を始めてしまった。


「原因はわかってないのか?」


 霧島に代わって俺が聞くと、秋野は頭を掻きながらため息を吐いた。


「詳しくはわからないが、恐らくは使用していた不正ツールが原因だろうと、その場にいた職員は判断したそうだ」


「まあ、そうなるだろうな」


「不正ツールが残っているなら、履歴が残ってるはずでしょう。そこからツールの大本は辿れるかも」


「かもしれない。容易には辿れないようになってるだろうが」


「私を誰だと思ってるの。PD技術の専門家よ? ちょっとやそっとの工作で出し抜かれるわけないでしょう」


「はっは、それは頼もしいな。期待してるよ、香苗ちゃん」


「俺が貰った連絡先も手掛かりになるんじゃないか?」


「そっちはもう調べてあるわ。でも、LINK内の複アカね。あそこから辿るのはあまり現実的じゃないわ」


「そうか……役に立たなかったから」


「いや、進展がなくなった時に使えるかもしれない。マルフジ、受け取った連絡先は保存しておいてくれ。相手を誘き出す時、協力してもらいたいんだ」


「あぁ、わかった。それともうひとつ、バイヤーのことで気になることがあるんだ」


「なんだ? 言ってみてくれ」


「バイヤーを名乗っていた奴は、もしかしたら俺の知り合いかもしれない」


「なに?」


「――へぇ、そう思った訳を教えてもらえる?」


 驚愕を示した秋野。対して霧島は逆に試すような眼差しを向けながら問いを投げかけて来る。


「あまり大した根拠じゃないんだが、あいつが俺に対して”現実逃避をするなら力を貸す”って言ったんだ」


「つまりバイヤーは、円藤くんがダイブしてる理由が現実逃避のためだと思い当たる節がある、と?」


「あぁ、確かに俺は勇希に会う前は、現実逃避のためにダイブしたさ。でも、それを知ってるのは――」


「円藤くんの知人だけ」


「待て待て、そう結論付けるのは早計じゃないか? 今の時代、現実逃避のためにダイブする人間は珍しくないだろ」


 秋野の言う通り、異世界へのダイブ行為は娯楽以上の役割を持ち始めている。


 現実世界で不幸があった人間の逃避場所。実際にダイブしたまま戻って来ない人間は多く、社会問題にまで発展しかけたほどだ。


 だからと言ってそんな考えの人間ばかりではないこともまた事実。


「そもそも、個人的に気にっているって。俺の知り合いだって白状してるようなもんだろう」


「いやそれは、ネットに転がってる映像や評判を見てそう思った可能性もあるだろ」


「そんなネットに書いてあることを鵜呑みにするような安直な人間が、PD技術の流用ができるなんて、私は思わないけど」


「……仮にバイヤーがマルフジの知り合いだとして、誰か思い当たる人間がいるのか?」


 秋野はこれまでよりも真剣な眼差しで俺に詰め寄る。


「現実の俺のことを知ってて、かつパラレル・ダイブに詳しい人間は、1人だけ」


「もしかして、磯部くん?」


 霧島が該当する人物の名前を口にする。俺は頷いて答えた。


 磯部いそべ弥太郎やたろう。俺たちと同じテスターであり、共に異世界を救った仲間の1人だ。


 パーティのリーダー、というよりまとめ役を担っていた人物で、頭が良く、PD技術にも興味があったはずだ。


 テスターにはもう1人、俺の嫁である咲来さくらもいたが、彼女が黒幕でないことは俺が一番よく知っている。


「いそべぇ、か。一ヶ月前に会った時は変わらない様子だったが……わかった。オレが話をしてみるよ」


「頼む。俺の思い過ごしならいいんだが」


 と、そこで室内に設置されている電話が鳴った。霧島が立ち上がり、受話器を取る。


 俺たちと話す時よりも畏まった口調で何度か言葉を交わすと、霧島は電話を切った。


「上から呼び出し。夜船奈木人のPD装置の解析をしろって」


「じゃあ、オレも仕事に戻るか。マルフジ、香苗ちゃん。また何かわかったら教えてくれ」


「えぇ、秋野くんも。よろしくね」


 別れを告げて秋野は部屋を出て行った。2人残された室内で、俺はソファーの背もたれに身を預けながら独りごちる。


「……俺は何をしようか」


 霧島は不正ツールの調査。秋野は夜船と磯部の捜査と役割があるが、無職の俺には何もすることが思い当たらない。


 磯部の件は俺が引き受けるべきだったかな。


「円藤くんは異世界での調査を継続してもらえるかしら。不正ツールを使ってるのが夜船だけとは思えないし、調査も含めて捕まえて来てくれるとありがたいんだけど」


「あぁ、わかった。……そういえば、不正ツール使用者の特定はそっちでやれないのか? プレイヤーの動向は全部記録されてるだろ」


 異世界での活動は逐一監視されている。


 ダイブして最初にされたチュートリアルでの禁止事項――異世界人への加害行為や機密漏洩行為などは、やったと見做された瞬間に強制ログアウト、からのダイブ権限剥奪までの過程を瞬時に行える。


 そう、霧島本人から聞かされていた。


「残念だけど、不正ツール使用者――チーターは私たちの監視を外れて活動できるみたいなの。そういうツールもあるんでしょうね。それもあって、私たちじゃ特定は困難なのよ」


「なるほどな。そういうことなら引き受けるよ」


 それなら仮想体の扱いにもっと慣れておかないとな。話も終わったことだし、俺も帰ろう。


「円藤くん」


 立ち上がった俺を霧島が呼び止めた。なんだ、と顔を向ければ、霧島はいつになく神妙な表情で俺を見つめていた。


「ごめんね。大変なことに巻き込んじゃって。当初の想定より大事になって来たし、抜けたいならいつでも言ってくれていいから」


 どうやら夜船の件を聞いて、俺に対する後ろめたさを感じたようだ。


「今さら気にするなって。俺たちの仲じゃないか。それにちゃんと、それに見合った報酬も貰えるんだろ?」


 俺は親指と人差し指で輪っかを作りながら、わざとらしく笑ってみせた。


「もちろんよ。可能な限り、円藤くんの望むモノを用意するわ。お金じゃなくても、私個人へのお願いでも、ね」


「……なんか意味あり気に聞こえるな、それ」


 俺の反応に、霧島は「ふふ」と意味深な笑みを返しただけだった。

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