エンデルネでの初配信
「では、今から配信を始めますね!」
転移した後の小部屋から出ると、勇希は声高に宣言した。
「お、おぉ、ついにか……いざとなると緊張するな」
「大丈夫です。わたしがちゃんとフォローしますので! じゃ、ちょっと準備しますのでしばしお待ちを。メニューオープン!」
呪文のように勇希が言うと、彼女の目の前に半透明のウィンドウが出現する。
勇希はウィンドウの上で指を滑らせ、慣れた手つきで何やら操作を進めていく。俺からはウィンドウに何が書かれているか見えないが、配信に必要な準備なのだろう。
しばらく待っていると、光の球が現れて勇希の周りを漂い始めた。それと同時に、彼女の雰囲気が変化する。
静かで、それでいて厳かな空気。さっきまで元気に騒いでいた少女と同じ人物なのかと疑いたくなるほどに雰囲気がガラリと変わっていた。
スイッチが入ったんだと俺は悟る。そうして勇希は軽く深呼吸を挟んでから、言った。
「配信開始!」
勇希は宣言しながら、笑顔を作った。わざとらしくもなく、それでいて人当たりの良い完成された表情だ。と、無粋な感想を抱いている間に聞き覚えのある文言が告げられる。
「みんな~、お待たせ! やる気、活気、勇気! あなたに元気を届ける戦士、パラレード3期生の勇希ユウナでーす!」
光の球に向けて両手を振りながら挨拶を述べてから続けた。
「今日も恒例のエンデルネで魔物退治をやって行きまーす。そしてなんと、特別ゲストとして――今、話題の無名仮面さんに来ていただいてまーす!」
両手で指し示られて光の球がクルリと反転する。よく見れば真ん中部分にガラスのような物が嵌っているのが確認できた。
「どうも、無名仮面ことマルフジです。みなさん、よろしく」
見えない観客に向かって俺も挨拶してみる。なんとも照れ臭い。
パチパチパチ、と勇希が拍手で盛り上げながら俺の横に並ぶようにカメラの前へ出て来た。
「マルフジさんはベテランのプレイヤーで、色々とコーチングしてもらうために来てもらったんだよー。でも、配信とか初めてらしいから、みんなお手柔らかに、お願いね!」
「勇希さんのお役に立てるよう、頑張ります」
「マルフジさん、そんなに畏まらなくてもいいですよー。リスナーのみんなは優しいんで。あ、声渋いですねって褒められてますよ!」
「え、そうか? そんな褒められるような声じゃないんだが……」
「あ、照れてますねー。もしや可愛い路線狙ってますー?」
「んなわけあるか。オッサンの可愛いなんて誰に得があるんだよ」
「えー? 結構需要あると思いますけど」
このまま話が進むと変なことを要求されそうだ。話題を変えよう。
「というか、コメント見えてるんだな。それって俺も見れるのか?」
「あー、これはわたしのチャンネルと連携してるのでコメントはわたしにしか見えないです。でも、なんか良いコメントあったら拾って伝えますので大丈夫ですよ!」
「そうなのか、しかしメニューウィンドウも開いてないのにどうやって読んで……ん?」
ふと、勇希の瞳に何か映っているのが見えた。顔を近づけて注視してみれば、高速で流れる反転した文字が確認できた。
どうやら勇希の瞳に直接コメントが投影されているようだ。
恐らくHPバーと同じような仕組みだろう。なるほど良く出来ている。
「ちょっ、マルフジさん! 顔近いですって!」
「おっと、すまん」
「もう! 初配信で気が早いんですから。そういうのは、まだ早いですよ?」
「そういうの……? いやいや、別に狙ってないからな!? ファンが多いアイドルに手出したら骨も残らず炎上するだろ!」
「あははっ! わかってますって。焦りすぎですよ。マルフジさん」
俺の狼狽具合に勇希はひとしきりコロコロと笑ってから話を進める。
「それで、今回のクエストなんですけど、実はもう決めてあって、グレートグリズリー6体の討伐に行きます。ちなみにマルフジさん。魔物の群れとの戦闘で注意する点はなんでしょうか?」
「ん? ……各個撃破、いや、サポート役を優先して倒す、か?」
「ブッブー、どっちも不正解でーす」
「なに!? 違うのか!?」
集団を相手にするセオリーを答えたはずなんだが。他に正しい戦い方なんてあるか?
「正解はー、均等にダメージを与える。でーす」
「なんでそんなことを?」
予想外な答えに純粋な疑問が浮かぶ。普通に考えれば一番ダメな行動に思えるが。
「この世界の魔物は他の魔物を捕食することで力を強めるんです。各個撃破してしまうと、魔物たちは仲間の死体を食べて強化しちゃうんです」
「確かにそれは厄介だが、力が増すって言ってもそこまで脅威にはならないんじゃかいか?」
「とんでもない! 共食いでの強化はメチャクチャ凄いんですから! グレートグリズリーって1体の適性レベルは15くらいなんですけど、強化されたら30以上に跳ね上がるんですよ! 倍ですよ倍! ヤバくないですか!」
「それは確かにヤバいな」
強化個体は少なくとも6体相手にするより強くなるってことだ。それを聞いたら共食い強化だけはなんとしても避けたくなる。
「さらに凶暴性も増すので、逃がしちゃったら被害が果てしなく広がっちゃうんです。もう戦犯ですよ。炎上不可避ですよ!」
「気を付ける。炎上はしたくないしな。しかし、共食いで強化なんて、魔物ってのはどこまでも物騒な存在だな」
「エンデルネ特有の生態なんですけどねー。リスナーのみんなも、エンデルネに来た時は要注意、ですよ! マルフジさんも、ちゃんと覚えといてくださいね!」
「肝に銘じておくよ」
「お願いします。──えっ? 群れの対処法も知らないで指導できるのか……って?」
不意に勇希が明後日の方向を向きながら喋り出した。どうやらコメントを呼んでいるようだ。
だが、マズい。俺が怪しまれてる。どうにか弁解しなければ。
「いやいやー、説明するためにわざと間違えてくれたに決まってるじゃないですか! ね、マルフジさん」
「あ? あぁ、もちろんだ。当たり前だろう」
弁明の言葉を考えていれば、勇希がフォローを入れてくれた。
助かった。正直、素で知らなかったが、指導者という態で勇希と行動するんだから嘘でも肯定しておかなくちゃな。
しかし、バレたらやっぱり炎上するんだろうか……。ボロが出ないように気をつけないと。
オープニングトークを終えた俺たちは森の中へと入って行く。
討伐対象のグレートグリズリーが良く出没するのは南にある湖付近。そこを捜索していれば痕跡くらいは見つけられるだろう。
道中も勇希は喋り続けていた。その話術は相当なモノで、異世界のことから現実世界の話題まで、コメントを絡めながら饒舌にトークを繰り広げている。
時折、俺にも振ってくるが、答えやすいよう誘導してくれたり、ツッコミ易くボケたりと、とんでもなくやりやすい。
何より相手を楽しませよう、というのが傍から見ても伝わって来る。登録者100万人以上、というのは伊達じゃないらしい。
勇希の実力に圧倒されている間に目的地である湖へと辿り着いた。透き通った水の中には多くの魚が泳いでおり、湖畔には草食動物っぽい四足歩行の生物や、小動物がたむろしている。
「ここに来るのは久しぶりだけど、いつ来ても長閑で良い場所ですねー。わたし、こういう所に家を建てて、余生はのんびり過ごすのが夢なんですよ」
「そうか? こんな辺鄙な所で暮らすのは大変だぞー」
「もう、夢がないですね。マルフジさんは! 自然の中でスローライフを送るのは全人類の憧れじゃないですか。そういうラノベもたくさん出てますし。異世界配信でも、こことは別の人間がいない世界を開拓するの、結構人気あるんですよ」
「異世界開拓か、確かにそれは面白そうだな」
「だったら今度、一緒に行ってみませんか? パラレードのメンバーも紹介――」
「キュイィィッ!」
雑談に興じていると、森の奥から悲鳴のような甲高い声が轟いた。人間ではない、恐らくはさっき水辺にいた草食動物の声だろう。
それに反応してか、周りにいた動物たちが俺たちの横をすり抜けるようにして一目散に逃げていく。
動物たちの向かう反対方向、木々の合間に巨大な影がいるのを見つけた。
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