人気配信者、勇希ユウナ

 街に転移して、まずはギルドの横にある待合所へ向かう。そこにはプレイヤーがパーティーメンバーを待つ場所であり、勇希勇希とは事前にそこで合流することになっていた。


 道すがら、プレイヤーの何人かは俺の方を見て来たが、仲間内での話題にするだけで、接触してくる人間はいなかった。


 どうやら異世界では配信者などの有名人に直接話しかけるのはマナー違反に当たる。とネットに書いてあったので、みんなそれを守っているんだろう。


 奇異な視線を向けられるのは落ち着かないが、むやみやたらに話しかけられたりはしないようで、とりあえず安心した。


 ギルド施設へ到着し、プレイヤーがクエストを物色しているエリアを素通りして、受付横にある階段を登っていく。


 2階の廊下に並んだ部屋、扉に203と書かれた部屋に入る。最低限の家具しかない室内には、質素な空間とは似つかわしくないほどに華やかな少女が待っていた。


 少女――勇希勇希は俺の入室に気づくと跳ねるように立ち上がり、眩しいくらいの笑顔を浮かべる。


「無名仮面さん! こんにちは!」


 元気で、それでいて楽しそうな挨拶に一瞬だけ面食らう。


 会うにあたって彼女の配信はいくつか見たが、配信時そのまんまのテンションだ。


「あ、えと、もしかして人違い、でした?」


 いつまでも返事をしない俺に、勇希の表情が戸惑いに変わる。


「あぁ、いや、無名仮面で合ってる」


 自分で言うの恥ずかしいな、この名前。顔が隠れていてよかった。


「わっ! 意外にお……」


「意外にオッサンだってか? すまんね、若くてカッコイイヒーローを期待してたんだろうが」


「い、いえ! 意外にお歳を召しているんだなぁ、って! あと、この前は助けてくれてありがとうございました!」


 ペコッと体を90度曲げてオーバーアクション気味に謝辞を述べる。上手くはぶらかされた気もするが、まあ細かいことは置いといて、俺も自己紹介しておこう。


「君の護衛を務めるマルフジだ。これからよろしく頼む」


「はい! これから護衛される勇希です! よろしくお願いします。マルフジさん」


 キリッとした表情をしながら敬礼するが、すぐに顔がふやけて笑みに変わる。


 どこまでも明るい娘のようだ。


「それで、勇希さんは自分の状況はどの程度、聞かされてるんだ?」


「えーっと、この前戦ったヤモリみたいな化け物が、わたしを狙って差し向けられた召喚獣で、その召喚獣を召喚した人は不正ツールを使ってるチーターで、チーターを捕まえるためにマルフジさんと行動する。って聞かされました」


 大まかな事情は把握しているようだが、PD技術の流出については伏せて伝えられているらしい。


 彼女は知らなくても問題ないことだろうし、このまま話を進めても支障はないだろう。


「念の為に確認しておくが、今回、君は囮として使われることになる。護衛として全力で守るよう努めるが、危険が及ばない保証はない。そこはしっかりと認識しているか?」


 これから対峙するのは得体の知れない相手だ。ネットでアイドルをやっているような女の子が絡んで、どんな問題が発生するのか、正直な話、俺には全く予測できない。


 霧島からは事件解決の協力という形で挑んでいるが、こんな少女を厄介ごとに巻き込むのはやはり抵抗感があった。


「大丈夫です! マネージャーにも言われましたけど、わたしが異世界で活動すれば悪者を捕まえられるなら、協力は惜しみません。むしろ協力させてくださいって感じです!」


「なんでまた、そんなやる気満々なんだ」


「動画のネタになりそうなので!」


「ストイック過ぎるな!」


 思わず突っ込んでしまった。そして勇希は得意げな表情でニヤリと笑う。


「ふふん、このくらい普通ですよ。というかこれくらいしないと生き残れないですから」


「すげぇな、配信者ってのは。一応言っとくが遊びじゃないぞ?」


「それはもちろん理解してます。配信も可能な範囲でやって、ヤバめのが映りそうになったら運営の方で停止するようになってますので」


 その辺は双方了承済みか。まあ分別を弁えているのなら、これ以上は何も言うまい。


「それで、今日の配信のことなんですけど」


 打って変わって、勇希はおずおずと口を開く。


「マルフジさんは配信活動とかはしてない一般の方なんですよね? ダイブ歴はそれなりに長いとは聞いてますけど」


 勇希には俺のことをANOTHER COLORから派遣された捜査員、的な役割の人間だと説明している。それとテスターであることも伝わってるはずだ。


「あぁ、一応、3つの世界を救った経験はある。配信の方は……ある程度、勉強はしてきたんだが、オッサンにはちょっと理解できなかった。申し訳ないが配信関連については全部任せることになる」


 予習として勇希の配信を始め、人気な配信者の動画をいくつかは見て来た。


 とにかく相手のアクションには大袈裟気味にリアクションを返し、あらゆる事象を話題にする。声のトーンは基本高めで、淡々とせず楽しそうに喋る。


 ひとまずはそれで間は持つはずだ。流石に気の利いた受け答えをする自信はないが、最低限、彼女に迷惑をかけないくらいには反応できる。はずだ。


「ちなみにわたしの配信って見てくれてますか?」


「いくつかは。トークも軽くなら合わせられる、と思う。だから俺のことは気にせずいつも通りにやってもらって構わない」


「わかりました! しっかりとリードしますので、任せてください!」


 太陽みたいな満面の笑みで高らかに言ってのける勇希。なんとも頼もしい限りだ。


「じゃあさっそく何かクエストを受けに行きましょう! いざ、冒険の世界へ! レッツ、ゴー!」


 叫びながら部屋を飛び出していく勇希。


 ……まだ配信始まってないよな?


 そんな不安を抱いてしまうくらいハイテンションだ。配信時とまるでキャラが変っていないが、あれが素なんだろうか。


 ずっとあんな調子だと疲れそうなもんだが、と思ってしまうのは自分がオッサンだからだろう。果たしてあのテンションに合わせて最後まで体力が持つだろうか。


 若干の不安を抱きつつ、俺は勇希の後を追いかけて一階へと降りた。


 相変わらずプレイヤーでいっぱいの受付場を見て、ふとこんな場所に有名人が現れたらとんでもない騒ぎになるんじゃないか、と疑問が浮かぶ。


 いくらマナーだとしても、勇希はポッと出の俺と比べ物にならないくらいの知名度はあるはずで、そんな彼女の登場に騒ぎが起こらないわけがない。


 と、思いきや、一階は普段通り人が集まってる喧騒のみで騒動に発展している様子はない。ほんのり色めき出っている感じはするが、収拾がつかなくなるほど大騒ぎになっている、なんてことはないようだった。


 勇希はすでに降りて来ているはずだが。最近の若者はかなりマナーがいいようだ。


「マルフジさーん! こっちです、こっちー!」


 不思議に思いながら彼女を探していると、呼び声が聞こえて来た。視線を向ければフード付きのコートを纏った小柄な人物が、右手を挙げて俺を呼んでいるのが見えた。


 流石に顔は隠すか、と納得する。しかしいつの間にコートなんて着たんだ。


 細かい疑問を胸に秘めながら受付に並ぶ勇希と合流する。


「どんなクエストを受けましょう。何かリクエストはあります?」


「俺は何でも構わないが、配信のことを考えると討伐クエストとかいいんじゃないか?」


 クエストの種類は素材や盗品の回収、街や商人の護衛、遺跡の調査など様々な種類があるが、どれも地味な場面が続く。最悪、見せ場もなく終わる場合もあるわけで、その場合は話術で場を繋げなければならない。


 はっきり言って初対面の、それも歳が離れているであろう少女と会話でいつまでも場を繋げるのは無理だ。


 それなら確実に見せ場のある討伐クエストが無難だろう。


「じゃあ、討伐クエストで。適正レベルはどれくらいにしましょう」


「いつもはどのくらいで行ってるんだ?」


「ひとりの時だったら20前後ですけど、パーティーを組んでる時は30前後ですね。マルフジさん、強いですしドラゴン退治でも行きましょうか!」


「……ドラゴンって、そんな軽いノリで行けるようなヤツなのか?」


「最高難易度のレベル50以上なんで、かなりヤバいですね!」


「無難なので頼む」


「でも鉄は熱いうちに打てって言いますよ。せっかく話題になってるわけですし、無名仮面からドラゴンスレイヤーに進化しません? 初コラボでドラゴン退治、これはバズりますよ!」


「だからっていきなり飛ばし過ぎだろ! ──まあ、俺たちが蹂躙される様を配信で流してもいいんなら受ければいいが」


「完全に配信事故ですね! やめときましょう!」


 そんなやり取りをしている間に俺たちの順番がやって来た。気の良さそうな受付嬢が笑顔で対応してくれる。


「お待たせしました。どのようなクエストをお探しでしょうか?」


「適正レベル25辺りの討伐クエストをお願いします」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 断りを入れて、受付嬢は手元の紙束をパラパラと捲っていく。


「条件に合うクエストですと、今はグレートグリズリー6体の討伐がありますね。適正レベル27、場所はエンデルネ東部にあるトスタッタ村近くの森林、奥です」


「ちょうど良さそう。マルフジさん、これでいいです?」


 適正レベル27か。ゴブリンの巣で探し物をするのが確かレベル20だったな。


「そういえば、君のレベルはいくつなんだ?」


「わたしですか? 33です!」


 聞いてみたはいいものの、いまいち判断がつかないが、レベル5も差があれば、何も出来ずにやられることはないだろう。


「よし、それで行こう」


「じゃあ、これでお願いします!」


 勇希が受付嬢に言えば、軽い手続きを挟んでクエストの受注表を渡してきた。


「クエスト受注後、24時間以内にクエストの完了が見込めない場合は、ギルドへの延長申請をしてください。申請もなく24時間が経過した場合はクエスト失敗とみなしますので、ご注意くださいね。では、いってらっしゃいませ」


 クエスト用紙を受け取って俺たちは転移魔法陣のある場所へ向かう。その間、用紙に書かれている詳細を確認しておく。


 最近、村の近辺にグレートグリズリーという魔物が出没し、作物を荒らしたり、家畜を襲ったりと被害が出ているらしい。魔物除けのおかげで村内部には侵入されていないが、商人や狩人が襲われ死傷者も出ているとか。


 緊急性は低いものの、グレートグリズリー出没地域周辺にある村々にとっては死活問題だ。


 確認している間に転移魔法陣のある場所へ到着し、俺たちはエンデルネ東部へと飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る