ようこそ、パラレル・ダイブの世界へ
霧島から協力を申し込まれてから数日。家にPD(パラレル・ダイブ)装置を設置する業者が訪ねて来た。
改良を重ねられたPD装置は、俺が使っていたプロトタイプのような、馬鹿みたいに場所を取る棺型の寝台設備が撤廃され、今はヘルメット程度まで小型化に成功したんだそうだ。
それをパソコンに繋げて色々と設定すれば家の中でも異世界冒険ができる。と、旨そうに鰻をほおばりながら霧島が話していた。
機密保持の関係でセッティング画面は見せてもらえなかったが、作業は滞りなく進み、初期動作や安全確認なども終わって業者は颯爽と帰って行った。
部屋に残された、やけにメカメカしいヘルメットを被って、俺はPD装置を起動する。
意識が身体から離れる感覚が襲い──気づけば何もない真っ白な空間に立っていた。
意識がはっきりすると同時に頭の中で女性の声が響き渡る。
『ようこそ、パラレル・ダイブの世界へ。説明をお聞きになりますか?』
どうやらチュートリアル的なことをしてくれるらしい。テスターとして活動していた時のデータは古すぎて移行できなかったらしく、新規登録することになったのだ。
霧島の話によれば、プロトタイプの時から技術的に進化はしているが、エーテル操作などの基本的な部分は変わっていないと言っていたので、初期状態になったとしても問題はない。
なのでチュートリアル説明も聞かなくて大丈夫だろう。と、俺は否定の意思を示す。
『かしこまりました。それではさっそく、あなたが異世界で行動するための体――アバターを作りましょう』
そうして目の前にマネキンのような物体が出現する。
この時点でアバターの姿をイメージすれば、それを読み取って自動的に作成してくれるらしい。
だが残念なことに、俺にそんな想像力はない。
『アバターデータを発見しました。モデリングへ反映しますか?』
そんな想像力の無い人間のために、予めアバターデータを入れておけばそれを読み取り勝手に作成してくれる救済処置も完備されていた。
俺が肯定の意思を示すと、目の前のマネキンが、俺がテスターで使っていた全身鎧姿へと変貌する。
太く分厚いグレーの装甲。頭部にはゴツゴツとしたフルフェイスヘルメットを被った、これと言った特徴のない無骨なデザイン。
改めて見れば鎧と言うより、SFゲームに登場する強化スーツの方がイメージは近いかもしれない。
『アバターはこちらでよろしいでしょうか?』
せっかくだから新しいアバターを用意しようか、と霧島には言われたが、なんだかんだこの格好にも愛着もあるのでテスター時代のアバターを流用してもらうことにしたのだ。
それでも昔に比べてかなり精巧になっているが。
再び肯定すると、目の前に立っていたアバターが消えて、俺の身体へと移り変わる。ふわふわしていた感覚も、きちんと地に足が着いた。
『素晴らしいアバターができましたね。それでは次に異世界で名乗る名前を決めてください』
名前ね。本名である円藤翔太は、ネットリテラシー的にマズイだろう。
これまで使っていたハンドルネームと同じでいいか。
「マルフジ、で頼む」
『かしこまりました。マルフジ様。では、次に行きたい世界を教えてください。ご希望の条件をご提示していただければ、それに近い世界をご案内しますよ』
アナウンスが言うと、目の前にパッと丸い窓が散らばるように広がった。そこから見える景色は様々で、どれも心を惹かれるモノがある。
だが、行き先はすでに決まっている。
「エンデルネ。そこで頼む」
『魔物大国エンデルネですね。危機度B、混雑状況は中程度。こちらでよろしいでしょうか?』
「ああ、大丈夫だ」
『かしこまりました。座標を定めるのでしばらくお待ちください。その間に異世界で活動する時の注意事項を述べますので、しっかりとお聞きください』
そう前置きをしてアナウンスは続けた。
『まず、異世界の住民に対して危害を加える行動は禁止です。暴行、窃盗、建造物や物品の破壊など、現実世界で犯罪と取られる行為を確認した際は処罰の対象となり、パラレル・ダイブの権限を永久的に剥奪する場合があります』
パラレル・ダイブの権限、とはゲームのアカウントみたな物だ。これが剥奪されるとダイブ自体ができなくなる。
生体認証なので複アカのような物も作れないので、一度BANされたら一生ダイブができなくなるので注意が必要となる。
『そして、別世界の知識や存在の公言は禁止です。あなたの発言で異世界の住民が別世界の技術を取得したり、存在を明確に確信した場合、ダイブ権限を永久に剥奪する場合があります。状況や度合いはこちらで判断するので、リスクを負いたくなければ、異世界で別世界の話は避けるようにしてください』
これは異世界の秩序を守るための処置だろう。下手をすれば文化破壊や、世界そのものの崩壊を招きかねない。
基本的にプレイヤーは異世界人との接触を避けることが推奨されている。
『また1年間、ログインを確認できなければ異世界で入手したアイテムの所有権が失われますのでご注意ください』
普通のゲームと違って保管場所は有限だ。所有権が失効すると、入手した物品は異世界で保管場所を提供してくれている人へ所有権が移行するようになっている。
『最後に、パラレル・ダイブではいくつもの異世界を移動できますが、共有できるデータはアバター見た目のみになります。レベルやスキル、アイテムなどは共有されませんので、ご注意ください』
そういえばレベルなんて概念もあったな。その辺りの説明も、飛ばしてしまったチュートリアルで教えてくれたのだろうか。
まあ、慌てなくてもいずれわかるだろう。最悪、これから共に行動する勇希ユウナに聞けばいい。
『その他、細かなルールは世界ごとに異なりますので、ご留意ください。あくまでも、その世界に生きる住民として、また地球人類代表という自覚と節度を持ち、活動するようお願いいたします』
そう、今から行くのはゲームの世界なんかじゃなくれっきとした現実だ。忘れないよう肝に銘じておかなければならない。
それがパラレル・ダイブをする上での鉄則だ。
『では、現実では味わえないリアルな冒険をお楽しみください』
アナウンスが告げると、視界は光に包まれて再び浮遊感に包まれた。
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