3:佐藤クロノの憂鬱

「おいクロノ~。見てたぞ~? 女の子をおんぶして登校とか、隅に置けねぇな~?」


「バーカ。そんなんじゃねーって」


 教室につくと、タイチがニヤニヤしながら俺肩を組んできた。

 ほーらやっぱり茶化しに来たよ。校門潜ってからすぐにあの子は降ろしたのに、目ざとい奴め。

「全然気にしてませんが?」みたいな雰囲気を取り繕ってタイチをあしらい、席に着く。それでもこいつのしつこさは折り紙付きだ。当然のように俺の前の高橋の席に座って、背もたれを抱いた。


「誰よあの子。どこで引っかけてきたんだよ?」


「言い方! ……いや通学中にぶつかってさ。そしたら俺の耳見てめっちゃ驚いちゃって、それで貧血で倒れちゃって」


「あー。この街でお前見てそんな反応するってことは、転校生だな。どーりでこの俺が知らない子だったハズだ。あんなカワイイ子、俺が覚えていないはずがない」


「あ、やっぱり」


 タイチの記憶力は並外れている。教科書を一読するだけで丸暗記できるほどだ。全校生徒の顔と名前も把握済み。そんなこいつが知らないというのだから、彼女は今日が転校初日だったわけか。


 ……パン咥えて走って、同じ学校の生徒とぶつかるとか、なんだかラブコメみたいだな。

 ということは、これがラブコメなら俺が相手役ってわけか。


 校門での、彼女を負ぶっていた時のみんなの視線を思い出して、途端に顔が火照る。

 まあ、確かに……カワイかったけどさ……。

 そんなことを考えながら、頭の上の耳を掴む。

 ……コレだもんなあ。


 俺は普通の人間じゃない。

 母さんいわく、異世界で獣人国の王子様と結婚して、俺を身ごもったのだとか。

 だけど当時の母さんはつわりがめっちゃひどかったから、里帰り出産することに。


 ――で、こっちの世界で獣人ケモメンの俺が生まれたってワケ。

 真偽は定かではない。


 だからというか、いくら多様性の時代といっても、こんな見ための俺と真面目に恋愛をしてくれる子はいない。

 小学校の頃、好きだった子に告白したら、こう言われた。


「動物と付き合うとか無理っ」


 動物だってよ……。

 いや人間ですけど!――と未だに断言できないのが実はコンプレックス。

 いやいいけどね。

 俺の種族、異世界では王国築けるほど人権あるから……。

 てか俺異世界では王族だから……。

 母さんの話が本当ならね……。


「おはようございます。みなさん、席についてください」


「あっやべ、じゃあな、クロノ」


 始業のチャイムと同時に教室にやってきた小山田先生の声に反応して、タイチはそそくさと自分の席に戻っていった。それを待っていた高橋も急いで俺の前の席に座り込む。


「急な話ではあるのですが、今日はこのクラスに新しい生徒が転入することになりました」


 小山田先生の言葉に、教室がざわめく。

 俺も内心、ドキっとした。え? まさか……?


「おいおいクロノ! それってもしかして……」


 流石のタイチも慌てた様子で、ニヤニヤしながら俺を呼ぶ。

 やめろやめろと手で払うが、俺もなんだか、ドキドキしている。こんなことって、あるんだなあ……。


「それじゃあ転入生を紹介します。朝夜輪さん、どうぞ中へ」


 小山田先生の合図を聞いて、教室のドアがガラリと開いた。

 肩までかかる髪はサラサラで、雪のように白い肌は、なんだか不健康そうだ。貧血だもんな。そりゃそうか。

 だけど吸い込まれるようなギラリと大きな目からは、とてもひ弱な印象は見受けられない。


 今朝出会った時のような、ドタバタした印象とは打って変わって落ち着いた様子に、ドキっとしてしまった。言葉が出てこない。

 一瞬、彼女は俺を見た。

 だけどすぐに視線を戻して、挨拶の後に頭を下げた。


「朝夜輪ミケコです」


 なんだよー。そんなにツンケンすんなよー。

 まあ、はじめましてがいい思い出でもないからな。ぶつかって痛かっただろうし……。

 と思ってしゅんとしてたら、突如として彼女は目を丸くした目を俺に向けて、まじまじと凝視するのだった。

 二度見……。あ、最初は「まさかそんな訳ない」ってスルーした感じ?

 びっくりした彼女に、俺もなんか嬉しくなって、手を振った。


「どーも」


「あーっ! あなた、あの時の獣人ケモメン!」


 彼女はそう言って、顔を真っ赤にして笑った。

 余りにもセリフ口調だったことが可笑しくて、俺も笑った。




 ――そして放課後。

 赤く染まる夕日に照らされた教室内。

 俺は、そんな彼女と向かい合っている。ボヤける視界。頭がクラクラする。


 彼女の手には――カッター。

 夕日よりも赤い……俺の血に染まるカッターが握られている。突然、背後から、首筋を切られた。振り返ると同時に、眩暈がして、うずくまる。


 俺を見下ろすその視線はとても冷たかった。


「迷惑なのよ。あなたみたいな人。だから……殺すね」


 彼女はカッターについた血をペロリと舐めて、微笑んだ。

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母さんは異世界帰りにつき、獣人(ケモメン)の俺は今日もモフモフされまくる 八幡寺 @pachimanzi

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