2:コテコテのラブコメ

 状況を整理しよう。

 私は今、転校初日に遅刻しかけて、急いでいる。

 でも道中、サイアクなことに、貧血を起こしちゃって、フラフラで動けなくなっちゃった! ホント朝は苦手だよ〜!


 だから現在、三角耳を生やした獣人ケモメンにおんぶしてもらって、ダッシュで学校に向かっているのだった。

 彼の背中はフカフカで温かい。最初は体毛で覆われているのかと思ったけど、そうじゃなくて、猫のようにしなやかな筋肉が秘訣のようだ。


 ……ごくり。

 生唾を飲んで、意を決して、彼の耳を触った。


「うわあ、この感触、ホンモノじゃん」


 冷たくも弾力がある三角耳。ふにふにと堪能していると、それはビヨビヨと羽ばたいて、私の手を振り払った。


「やめろよー、くすぐったいだろー」


「あんたさ……何者なの? 先祖返り的な?」


 人類の歴史をどれだけ遡っても、猫科は通らないと思うけど。

 でも猫耳の生えた未確認生物が普通に学校に通ってる摩訶不思議。ちょっとは究明もしたくなる。


「いやー、俺の父さんもこうだったらしいよ。母さんが言うには、ライオンみたいにゴツかったって」


「いや普通に遺伝なの!? てか、伝聞っぽいのソレ、聞いても大丈夫な話?」


「全然余裕。確かに父さんには会ったことないけど、死んでるわけじゃないし」


「ふうん、そう……」


「つってもなんか、異世界の国の王子様らしいんだけど」


「おっと? 急に信憑性なくなってきたぞ?」


 急に異世界とか言われても困る。獣人ケモメンジョーク?

 彼は「まあ俺も母さんから聞いただけだからなあ」と笑った。なんかはぐらかされた気がする。

 もっと言及したかったけど、ここで学校に到着した。


「ふう、間に合ったー」


 彼は一息ついて、校門をくぐる。こんなに遅刻ギリギリでも意外とまだ他の生徒もまばらに登校していて、そしてみんな、私たちを注目しているのだった。

 ほら、やっぱりおかしいんじゃん。

 獣人ケモメンが学校通ってるから奇異の目で見られてんじゃん!


 彼もそんな視線に気が付いたようで、おぶさる私をストンと降ろした。


「貧血、もう平気だろ? 後は自分で歩けよなー。恥ずかしいだろー」


「……ええ!? 私のせいじゃないでしょ!」


 獣人ケモメンは自分に注目が集まっている状況を、どうやら私をおんぶしているからだと思ったらしい。なわけねー!


「違うって! 絶対にこの耳のせいだって!」


「じゃれてくるなよもー! 恥ずかしいなー! カップルだと思われるだろー!」


「え!? なっ……!?」


 顔を赤くして突拍子もないことを口走る彼に、私も唖然とする。

 周りの生徒もなんかクスクス笑ってて……え? 本当に獣人ケモメンだから見てたわけじゃなくて?

 バカップルがいると思って見てたってワケ!?


「はー!? ちげーし! バカ! もう行くね! ここまでありがと!」


 そんな周囲の勘違いに、私もなんだか、顔が熱い。

 ぶっきらぼうにお礼を言って、逃げるように玄関に向かった。

 ……いやナマ猫耳よりもバカップルの方が注目されるって、そんなのおかしいよ!




 ――ということがあった今朝。

 現在、私は担任の教師に連れられて、2年C組の教室の前に立っている。朝のホームルームに転校生として紹介する流れだ。

 新生活への期待と、言い知れない不安が入り乱れる。

 そして、今朝からの一連の出来事を鑑みると、この不安はきっと、的中する……。


「それじゃあ転入生を紹介します。朝夜輪さん、どうぞ中へ」


 打ち合わせ通りに先生が私を教室に入るように誘導する。

 私もその通りに、教室のドアをガララと開け放った。

 緊張に喉をごくりと唸らせてから、意を決して、足を踏み入れた。


 教壇の隣に立って、クラスメイトを視界に収めて、すぐにぺこりと一礼。


「朝夜輪ミケコです。二年の途中からですが、よろしく……」


 定型文を言いながら、頭を下げるまでの一瞬の視界の中に、ナニカがいたことに気付く。

 見間違えるはずがない。

 だって……特徴的な三角耳が、頭に二つ、ピョコンと目立っているんだもの。


 ほらね。だって今日の私は、まるで少女漫画の主人公。

 遅刻しそうな転校初日。ジャムパンを咥えて走って、同じ学校の男子生徒とぶつかった。後はもうここまできたなら、そりゃクラスも一緒だよ。

 それでも、見間違いである可能性を信じて、あいさつの途中だけど、顔を上げた。


「やっほー」


 そいつは私に手を振って、猫耳をビヨビヨと羽ばたかせた。

 ……いいでしょう。これが私の今日の運命なのだ。

 だったら私も、最後まで演じてみせる。少女漫画の主人公を!

 コテコテのラブコメのワンシーンを!


「あーっ! あなた、あの時の獣人ケモメン!」


 彼を指さして、高らかにヒロインっぽいセリフを言い放つのだった。

 

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