母さんは異世界帰りにつき、獣人(ケモメン)の俺は今日もモフモフされまくる
八幡寺
1:パンを咥えて走る少女
私の名前は朝夜輪ミケコ! 元気いっぱいな16歳!
両親の仕事の都合で高校を転入することになっちゃったんだけど、初日から遅刻チコク〜! ホント朝は苦手だよ〜!
「いってきまーす!」
貧血だから朝ごはんは絶対に食べないと!
苦肉の策で、ジャムパンを咥えながら家を飛び出す。まさかこんなありきたりな展開で登校することになるとは……トホホだよ〜!
だけどなんだか……これってまるで、少女漫画のワンシーン。
もしかして、例えばこの曲がり角で、イケメンな同級生とぶつかっちゃったり!?
そこから始まるラブコメ的な〜!?
ヤバい。妙にハイテンションになってる。新天地。期待と不安が入り乱れて変になっちゃってる。
落ち着け落ち着け……曲がり角なんて、普通に急いでても注意するし! 車とか危ないし!
曲がり角の手前。ピタっと止まる。
ギリギリまで走るスピードを緩めなかったのは、少女漫画的な期待をしていた自分の浅はかな葛藤だ。恥ずかしい。
それにほら、やっぱり、曲がり角からイケメンなんて現れない。ちらっと顔を覗かせても、人の影すらない。
なーんだ。
つまんないの。
「えっちょっ急に止まるなー!?」
突然、そんな慌てた声が頭上から聞こえてきた。……上?
ふと見上げてみると──。
「危なーいっ!」
大声を出しながら降ってくる男が!?
いやもう避けるの間に合わ──っ!
「きゃあーっ!」
突然の重圧に堪えることもできずに倒れ込む。アスファルトに体を打ち付ける痛みを想像して、ぎゅっと目をつぶった。
ゴロゴロと転がって……、だけど、痛みはなかった。
代わりに、全身を包みこまれるような圧迫感があった。
「いてて……マジごめん! 大丈夫だった?」
倒れる私の背後から聞こえてくる男の声。ぶつかってきた人と同じ声だ。一緒に倒れたんだ。
というか、状況的に……私、抱きしめられてるじゃん!
「きゃあ! なっなに!?」
痴漢!? 変質者!?
なに!? やる気!?
ジタバタともがいて抱拘束を解き、距離をとる。
若干パニックになりながらも、男を睨み、ファイティングポーズをとって威嚇した。人生初ファイティングポーズ。
男は私と同じ高校の学生のようだった。だって、制服がパンフレットで見たものと同じだったから。
長身で細身に見えるけど、抱きかかえられた時に感じた肉厚。かなりたくましい。
……戦闘は分が悪い!?
いや、ダメージは向こうのほうが上! 小技で絶え間なく攻め続ければ押し切れる! 弱パンチ連打とか!
そんな私の決意に、男は尻込みしていた。
「そんなに怒った!? ホントごめんって! 遅刻しそうで急いでて……許して! それよか、怪我とか痛いところない?」
……少し冷静になってみると、彼は逐一、私を心配する言葉しか話してない気がする。今も急いでいたからって言っていた。確かに、こんな時間にこんなところに学生がいるなら遅刻ギリギリだ。私だってそう。
もしかすると、変質者じゃないのかもしれない。それに同じ衝撃を受けた私に痛みがないのは、彼がかばってくれたのだろうことは、彼のダメージを見れば推測できた。
それにようやく気づいて、一瞬彼を心配しかけた。
けど、どう考えても、私悪くない……。
だって人が上から降ってくるなんて想定できるわけないじゃん! どう対処すればよかったわけ!?
というか、紆余曲折はあったにせよ、これってあれじゃん。
交差点で同じ学校の男子生徒とぶつかるミッションもクリアしちゃったじゃん!
顔もまあ、パニクっててちゃんと見てなかったけど、よくよく見れば猫顔系のイケメンな感じもするけどなんか違和感……ん?
彼のしなやかな黒髪からぴょこんと跳ねた二つのくせっ毛。寝ぐせかな? と最初は思った。
だけどなんか、ピョコピョコ動いてる。
……猫耳?
え? この人猫耳カチューシャつけてる? いや待って違う。カチューシャは動かない。
噓でしょ。信じられない。黒髪の中に紛れさせて、この男、三角耳生やしてる!
あああ! 今まで感じていた違和感の正体に気付いた!
耳がない!
いや頭の上に猫耳はあるけど!
本来人間としてそこにあるはずの場所に、耳がない! 跳ねた感じのもみあげでカモフラージュしてる感じに見えるけど、違和感に気付いてしまえばもうごまかしきれない!
マジかこいつ!
私がぶつかったの、イケメンっていうか――!
え? ……これ夢?
白昼堂々、しかも同じ学校の制服を着た
そういえば朝から少女漫画的なシチュエーションばかりだったのも夢ならば納得。
「あ、髪の毛になんかついてるよ」
ああ、これもあれだ。定番のやつだ。
かりんとうとか芋けんぴとか取ってくれるシチュだ。
「ほら……血。え、頭打った!? 大丈夫!?」
見せられた指にはべっとりとした赤い液体。
途端に慌てだす
「あ、大丈夫です……それ……ジャムだから……」
道路に転がる食べかけのジャムパンを指さして、ちょっと恥ずかしくなった。
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