第二十六話 聖剣エクスカリバー

 そびえ立つ石の壁に切り取られた真円の空。その中心に向かって、巨大な光球が迫っていた。


 今日も暑くなりそう――いや、もう、既に暑い。


 現在時刻は凡そ午前十時。体操服姿の男女、俺とユラは楕円の地面の中心に立ち、真夏の太陽にジックリ焙られていた。


 魔王との対決、二日目。

 俺達が立つ円形闘技場の中心部、決闘場には、既に「鎧武者」と「白金の騎士」の姿が有った。


「「…………」」


 俺も、ユラも、黙って白金の騎士、魔王を見詰めていた。ユラの顔には、今にも噛み付かんばかりの険しい表情が浮かんでいた。


 できれば、今日の試合で決着を付けたい。


 俺は白金に煌めく騎士を見詰めながら、その体内に溢れる「魔力の気配」を全力で探っていた。

 すると、俺の脳内に「人型をした魔力の塊」が浮かび上がった。


 やったっ、できたっ!!


 早速、昨日の特訓の成果が出た。その事実を直感して、俺は歓喜した。その一方で、俺は奇妙な違和感を覚えていた。


 魔王様の魔力、何で「溢れていない」の?


 魔王の魔力は、確かに膨大だった。全身に及んでいた。しかし、それは一個の塊のままだった。悪魔(ユラ)のように、内から湧き出したり、周囲に撒き散らしたりはしていなかった。


 これって、どういうこと? これだとまるで――


 実のところ、俺には「何らかの形をした魔力の塊」を感知した経験が有った。それが何かと考えると、俺の脳内に様々な「異形の化け物」が閃いた。


 それは、「魔物」だ。


 魔物は魔法で生み出されたものだ。その為、魔力を感知したならば、脳内に「そのものの形をした魔力の塊」が閃いた。

 しかし、現在感知している魔王のそれとは、「全く別物」といえるほど、決定的に違っていた。


 魔物の魔力は、とても「薄っぺら」だった。


 魔物に使用されている魔力は、「存在を具現化する為のもの」だ。元々設定されている外観、及び能力以上の魔力は保持していない。

 俺の鎧の場合、本体の鎧武者は薄っぺらで、その何倍もの魔力量がムラマサに集中していた。

 魔物の例を鑑みると、俺達が戦っている白金の騎士は「魔物」と思わなくもない。しかし、その可能性を疑えるほど、魔王の魔力は「薄っぺら」ではなかった。


 ユラ並みに「濃い」んだけど。でも、これで何で魔力が溢れていないんだろう?


 考えたところで、「これだ」と納得できる可能性は閃かなかった。それを求めて、俺は隣に立つユラに声を掛けた。


「あの――」


 俺としては、ユラに「魔王の魔力に対する違和感」を尋ねたかった。ところが、その行為は魔王によって阻まれた。


(((準備は良いか?))))

「「!」」


 魔王の声が、俺の脳内に響き渡った。それはユラにも伝わっていたらしく、彼女も同時に反応していた。


 この期に及んで、余計な詮索している場合じゃないか。試合に集中しないと。


 俺は魔王の方を見た。その瞬間、隣のユラから声が上がった。


「玲君、頑張って」


 ユラは、俺の反応を確認することもせず、直ぐ様観客席の方へと走っていった。その後姿を、俺は黙って見送った。


 魔王様の魔力のことは、後で聞けば良いか。


 俺は改めて白金の騎士を見た。続け様に、相手に聞こえるよう大声を上げた。


「いつでも――」


 俺としては、「いつでも来いっ」と、敢えて上から目線で対戦の意思を伝えるつもりだった。

 ところが、魔王は存外にせっかちだった。俺が最後まで言い切るより先に、低音の美声が脳内に響き渡っていた。


(((戦闘開始)))


 魔王との対決、その二回戦が始まった。これに負ければ、残り後一回。その可能性は、今は全力で無視した。


 今日、ここで――決める。


 俺は全神経を魔王に、その全身を満たす「魔力」に集中した。

 すると、「右手」と思しき箇所が、「腰」と思しき箇所に伸びていた。その反応を直感するや否や、俺は鎧に向かって念じた。


 来るぞっ、正眼に構えてっ!!


 鎧は即応して、腰に差した打刀(ムラマサ)を抜いた。白刃が空気を薙いで、ピタリと止まった。

 鎧は打刀の切っ先を真正面に突き出し、中段(正眼)に構えた。その間、俺自身は魔王の魔力を観察し続けていた。


 人型の魔力の右手から「棒状の何か」が伸びた。その変化の意味を、俺は直感していた。


 魔王様が「魔王殺し」を抜いた。


 魔王の魔王殺し。その存在を意識した瞬間、俺の脳内に「昨日の敗北の瞬間」が閃いた。その記憶が、俺に嫌な予感を覚えさせた。


 この場に立っているのが「昨日の俺」であれば心折れていた。しかし、「今日の俺」は一味違った。


 あんな負け方、今日はしないっ!!


 俺は、怖気る自分の心に活を入れた。その瞬間、魔王の魔王殺し、それを表す魔力の塊に「小波」が立った。


 それは、気のせいかと錯覚するほど僅かな変化だった。

 昨日の俺ならば見逃していた。しかし、今日の俺は違う。昨日の特訓で鍛えた感覚が、僅かな変化も見逃さなかった。


 ここだっ!!


 俺は相手の攻撃を予想して、鎧に迎撃を念じた。その際、俺は「攻撃対象」を指定した。


 ムラマサっ、「光」を斬れっ!!


 攻撃対象の明確化。それが、昨日ユラから授かった「もう一つの秘策」だった。


 昨日、魔力感知の実戦特訓の直前、俺はユラから「戦闘中、意識して欲しいことが有る」と頼まれた。


「それって?」

「光魔法を斬る場合は、ちゃんと『光を斬れ』って念じなきゃなってこと」


 光を斬れ。そこまで指定する意味は何なのか?

 これまでの戦闘を想起すると、ムラマサは「斬れ」と念じるだけで殆どの対象を斬っている。その事実を鑑みると、「別にそこまで細かく指示しなくとも」と、横着に考えたくもなる。その上、「ムラマサの魔法を発動するときは、常に戦闘中」という事実を鑑みると、命令は可能な限り簡単な方が良いだろう。それなのに――


「何で?」


 俺は疑念に駆られるまま、素直にユラに尋ねた。すると、彼女は即応で回答してくれた。


「今日(魔王との対戦、一回戦)の試合を見て、それで気付いたことなんだけど」


 ユラの言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に「一回戦」の光景が閃いた。それがどんなものだったのかと想起して、俺の鎧が「虚空剣真空斬り」を放ったところで、ユラの声が耳に飛び込んできた。


「ムラマサの魔法は、『攻撃対象と指定していないものには効き目が薄い』みたい」

「!」


 ユラの言葉は、俺にとって受け入れ難いものだ。恐らく、ユラ本人も認めたくは無いだろう。

 しかし、俺の脳内には「それが真実である」という証拠の場面が閃いていた。


 虚空剣真空斬りが魔王様に防がれたのは、「それ」が原因だったのか。


 虚空剣真空斬り。この技は、太刀筋の進路、その延長線上にある物体を悉く切り裂いた。その為、俺は勝手に「何でも斬れる」と思い込んでいた。

 しかし、「それ」は勘違っていた。「対戦相手が抵抗していなかった」ということが主因だったようだ。

 抵抗されたならば、「防ぐ」と念じていたならば、今日の魔王のように弾き返すこともできるのだろう。その可能性、いや、事実を知らされて、俺は――


「分かった」


 ユラの言葉に従うことを約束した。


 魔王の光魔法に対して、俺は「魔力感知」と「対象指定」で迎え撃った。

 その直後、俺の脳内は「真っ白」に染まった。


 直撃っ!?


 鎧の視界が光で埋め尽くされた。その光景は、俺に「昨日の敗北の瞬間」を想起させた。そのとき覚えた絶望感が、俺の心を折った。


 所詮、人間如きは魔王に敵わないのか。


 俺の頭が漬物石並みに重くなった。そのように錯覚した。その重みに耐えかねて、膝から崩れ落ちそうになった。

 その瞬間、俺の脳内に「昨日とは違う光景」が閃いた。


 光が――割れたっ!?


 俺の脳内を真っ白に染めた「光の世界」が、そのど真ん中から左右真っ二つに割れていた。


 やったかっ!? 斬ったっ!?


 俺は直ぐ様肉眼で鎧を見た。

 そこには、打刀を振り下ろした姿勢で固まっている鎧武者の姿が有った。それを直感した瞬間、俺の脳内に新必殺技の名前が閃いた。


 愛洲妖刀流奥義、「魔王剣閃光斬り」。


 魔王の光魔法を防いだ神技。これを使えば魔王に勝利することも不可能ではない。その可能性を想像して、俺の心に希望の光が溢れた。


 しかし、未だ俺が勝利した訳ではなかった。俺が希望を覚えている間に、脳内に浮かんだ魔王の魔力、その右手に握った魔王殺しが反応した。


 また――来るっ!?


 光魔法の発動。それを直感した瞬間、俺は即応で鎧に念じた。


 光を斬れっ!!


 鎧は下段から逆袈裟に打刀を振るった。それと殆ど同時に、魔王の直剣から光の奔流が放たれた。


 ムラマサの刀身に、魔王の光魔法が重なった。

 魔王殺し対魔王殺し。その軍配は――妖刀ムラマサに上がった。


 ムラマサに触れた光の奔流は、上下二つに割けて消えた。その光景を目の当たりにして、俺は勝利を確信した。


 魔王の魔王殺し、破れたり。


 俺は鎧に向かって「魔王への接近」を念じた。すると、鎧は脚絆をまとった脚をユックリ前に出して、白金の騎士に向かってジリジリ近付いた。


 鎧の前進中、魔王から攻撃が放たれた。光の奔流が一発、二発、三発――と、複数回放たれた。それら全てが、鎧に届く前に割れて消えた。


 あと少し、もう少し。幾ら魔王様と言えど、ムラマサの直接攻撃を防ぐ手段は無い――はずだ。


 打刀の間合いに入る。その瞬間が来ることを、俺は一日千秋の想いで待った。それが叶うと信じていた。

 しかし、届かなかった。俺の思惑通りに事を進めるほど、魔王は甘くは無かった。


 最初の魔王の攻撃から数えて「七発目」の光の奔流が放たれた。その攻撃を、俺は事前に感知していた。


 光を斬れ。


 俺は鎧に魔王剣閃光斬りを念じた。鎧はムラマサを袈裟懸けに振るった。

 その直後、俺の脳内は光で埋め尽くされた。しかし、俺は全く平静だった。


 これも、直ぐに消える。


 魔王が放った光の奔流は、俺の鎧を一瞬で通り過ぎた。その現象を直感した瞬間、俺は強烈な違和感を覚えた。


 今の光、「軌道」がおかしくなかったか?


 魔王が放った光は、唐突に急角度で曲がった。その可能性を想像したところで、俺の目の前に「最悪の現実」が現れた。


 鎧の反応が――無いっ!? 消えているっ!?


 光が通り過ぎた後、鎧と繋がっていた感覚が消えていた。俺は「鎧の存在」を覚えなくなった。その事実を直感した瞬間、俺は直ぐ様鎧の方を見た。


 そこには、何も無かった。


「!?」


 俺の鎧は魔王の光に飲み込まれていた。その事実を直感した。しかし、受け入れられなかった。


 一体、何が起こった? それに、さっきの変な感覚は――何だったんだ?


 俺は頭を抱えて蹲った。その直後、俺の脳内に魔王の声が響き渡った。


(((『屈折』だ。中学一年生の理科で習っただろう?))))

「!?」


 魔王は親切にも「俺の敗因」を教えてくれた。その気遣いに対して、俺は恩知らずにも、魔王を睨み付けてしまった。

 すると、再び魔王の声が脳内に響いた。彼は、俺の無礼を咎めるどころか、より詳細に「俺の敗因」を解説してくれた。


(((我が『聖剣エクスカリバー』は『光を操る魔王殺し』だ。光の軌道を変えることなど造作もない)))


 聖剣エクスカリバー。その名前は俺も知っていた。ケルト神話の「アーサー王伝説」に出てくる伝説の刀剣だ。しかし、今の俺には「そんなこと」を気にしている精神的余裕は無かった。


「そんな――」


 光の軌道を自在に操る。その摩訶不思議性能を知らされた瞬間、急に視界がぼやけた。意識までもが朦朧として、体が支えきれなくなった。


 いつの間にか、俺は両膝を地面に着いていた。思考回路が短絡したようで、脳内は真っ暗になった。

 その暗闇の奥から魔王の美声が静かに響き渡った。


(((明日、午前十時。それが、其方に与える『最後の機会』だ)))


 第二十七話に続く。

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