第二十四話 突破口
真円に切り取られた空と、楕円に切り取られた地面。その間に挟まれて、俺は呆然と立ち尽くしていた。
魔王との三番勝負。その一回戦目が終了した。
結果は、俺の惨敗。負けたのだから、反省をしたり、明日の試合に備えたりするべきだ。頭では、よく理解している。しかし、
「…………」
俺は立ち尽くしていた。何をするでもなく、何を言うでもなく、茫洋と魔王がいた辺りを見詰めていた。
既に魔王の姿は無い。彼は「明日の予定」を告げるや否や、光に包まれて――俺の前から消え去った。その魔法を見た瞬間、いや、それ以前から、俺の脳内に魔王の異名が閃いていた。
「光の支配者」
俺は異名の所以を垣間見た。それによって、俺は成す術無く完敗した。
一体、「あの光」は何だったのか?
俺の知識の中で、「それ」と思い当たる節は有った。
それは、初めて魔王が人類の前に姿を現した日の出来事。
魔王は、俺達人類の軍事兵器を「人間の進化を妨げるもの」と断じた。その上で、世界中の軍事施設に無数の光を放ち、その全てを消し去った。
あの「光」と同じものが、俺の「真空斬り」を打ち消して、俺の鎧をも消滅させたのか?
謎の光に付いて考えていると、俺の脳内に「一振りの直剣」が閃いた。それと同時に、「人類史上最悪の忌み名」が閃いた。
あの直剣は「魔王殺し」かもしれない。
魔王殺し。魔王が創った、魔王を殺す武器。そして、世界を滅亡させた災厄。
俺は自分が所持する魔王殺し、妖刀ムラマサを想起しながら、魔王の直剣に付いて想像を巡らせていた。その最中、聞き覚えの有り過ぎる声が耳に飛び込んできた。
「玲君」
「!」
俺は声に反応して、咄嗟に振り向いた。すると、俺の直ぐ後ろに体操服姿の女子が立っていた。
今日はユラも一緒に来ていたんだった。
魔王との戦闘中、俺はユラの存在を忘れていた。後で「どこにいたの?」と尋ねたところ、「観客席だよ」と教えてくれた。
そもそも、魔王様との試合は「勇者(俺)の願い」だ。 ユラは飽くまで後見人。彼女の助力は、「戦闘中」には期待できない。しかし、戦闘外であれば――
「えっと、さっきのことなんだけど――」
俺はユラに「魔王攻略法」を尋ねようとした。
ところが、ユラの顔を間近に見た瞬間、俺は二の句を告げられなくなった。
ユラの顔は、能面のような無表情になっていた。しかし、よく見ると眉根と口許が僅かに歪んでいた。
とても――悔しそうだ。
俺は「ユラが必死に感情を堪えている」と直感した。「何故か?」と想像すると、俺の額に脂汗が滲んだ。
手も足も出ずに負けてしまったからな。「鎧袖一触」ってやつ。
俺はユラの期待を裏切ってしまった。その事実を鑑みると、額だけでなく、背筋にも汗(冷汗)が滴った。
「……………」
俺は無言でユラからの反応を待った。すると、見詰める先の可憐な口が開いた。
「帰ろっか」
「!」
ユラは俺に帰還を促した。その言葉を聞いた瞬間、俺は「説教フルコース」を想像した。
帰りたくない。
俺は右手を出し掛けて、一旦止めた。しかし、ジッとユラに見詰められて――観念した。
「分かった」
俺はオズオズと右手を差し出した。すると、ユラの左手が伸びて、思い切り掴まれた。その行為を目の当たりにした直後、俺の視界がグニャリと歪んだ。
視界が元に戻ると、そこは薄暗い密室、以前訪れた座敷牢の様な和室だった。
ここは――「結界の間」か。
以前訪れた際は、室内に何も無かった。ところが、今日は家具が一つ有った。
部屋の真ん中に、「卓袱台」が置いてあった。それを直感した瞬間、ユラと繋いでいた右手が引かれた。
「座ろ」
「うん」
ユラに促されて、俺は卓袱台の前で胡坐を掻いた。すると、ユラは俺の隣――ではなく、対面の席に正座した。
「「…………」」
暫く互いに無言だった。俺はユラと目を合わせるのが恐いので、ジッと卓上を見詰めていた。その間、俺の顔に「ユラの視線」がツンツン突き刺さっていた。
きっと怒られる。絶対文句を言われる。
俺の脳内で、「何で負けたの?」と罵倒するユラの姿が閃いた。その直後、風鈴の音のような美声が耳を打った。
「さっきのことだけど――」
「!」
俺は「心のガードシャッター」を全力で下した。それが破られないよう踏ん張りながら、続くユラの言葉に意識を集中した。
しかし、俺の防衛体制は、全くの無駄だった。ユラの口から出てきた言葉は、俺の想像とは真逆のものだった。
「ごめん」
「え?」
「ごめんね」
「えっと?」
ユラは俺に謝罪した。
え? 俺が悪いんじゃないの?
真逆のことを考えていた為、俺は困惑した。ユラの謝罪の意味も分からなかった。思わず首を傾げてしまった。その様子は、ユラの目にもシッカリ映っていた。
「玲君も気付いているよね?」
「え?」
「私も、知っていたの。『あいつも魔王殺しを持っている』ってこと」
「!」
魔王の魔王殺し。その言葉を聞いた瞬間、いや、それ以前からずっと、俺の脳内に「騎士の直剣」が閃いていた。
やっぱり、「あの光」は魔王殺しの魔法なんだな。
ユラの言葉を聞いて、俺は自分の敗因を確信した。その瞬間、俺の目の前に「天まで届く絶壁」が立ちはだかっているように錯覚した。
ムラマサと同等か、それ以上の「出鱈目な魔法」。
魔王殺しを使う敵と戦っている。しかも、相手は魔王その人なのだ。その事実を鑑みると、俺の心中に巣くう弱気の虫が騒いだ。
俺自身、何の柵も無ければ、弱気の虫の訴えに応えていた。しかし、それができない理由が目の前に有った。
「父様――愛洲P寿を殺した魔王殺し」
魔王・光の支配者は、俺の子孫にして、ユラの父を殺している。それだけでなく、後の事態を鑑みれば、「全人類の仇」と呼んでも過言ではないだろう。それを忌み嫌う者は、存外に多い。その中で「最も憎んでいる」と思しき者が声を上げた。
「私、『あいつの魔王殺しより、ムラマサの方が強いんだ』って思っていたの」
「う、うん」
「だから、何の対策もせずに、玲君を戦わせてしまった」
「…………」
ムラマサの方が強い。ユラが拘る理由は、尋ねずとも分かる気がした。
俺も、それを信じていた。いや、信じたかった。
残念ながら、結果は敗北。それも瞬殺、鎧袖一触だった。その事実を想起する度、脳ミソが漬物石並みに重くなった。その重みは、俺の首を曲げるのに十分以上の力が有った。普段の俺であれば、間違いなく項垂れていた。
しかし、俺は耐えた。歯を食い縛って耐えた。俺は前向きに、前のめりに卓上に身を乗り出して、全力で――
「どうしたら勝てる?」
「!」
ユラに縋った。すると、ユラの目が大きく広がった。それを見て、俺は彼女が驚いているような印象を覚えた。その理由を尋ねたい気持ちも湧いた。しかし、それは一瞬で消えた。
代わりに浮かんだ表情は、自信有りげなシニカルな笑みだった。
「私に『考え』が有るの」
「!」
考え。即ち、光の支配者の魔王殺しの対抗策。その言葉を聞いた瞬間、俺の心に一条の光が射した。それを直感した瞬間、俺の体が動いていた。
俺は更に身を乗り出して、対面に座るユラに詰め寄った。彼女の美貌を真正面から見詰めて、
「教えて、教えて下さい。是非」
ユラに向かって頭を下げた。すると、彼女は「あはは」と笑ってから、
「分かった」
ユラは俺の願いを聞き届けてくれた。その回答を直感して、俺は顔を上げた。
すると、俺の視界に天上の美貌が映った。しかし、それは「笑顔」ではなかった。
「!」
ユラは、能面のような無表情になっていた。その表情に驚いて、俺は息を飲んだ。
その直後、能面の裂け目と化したユラの口が開いた。
「玲君」
「!」
ユラは俺の名前を読んだ。それを聞いて、俺は再び息を飲んだ。すると、見詰める先の可憐な口が開いて、そこから「無理難題」が飛び出した。
「玲君は、光より速く動くことができる?」
「え?」
「できないよね?」
「…………はい」
できない、不可能、無理。そんなことはユラに指摘されるまでも無い。できないからこそ、俺は魔王・光の支配者の魔法の対策に苦慮している。
そんな当たり前のことを聞いてどうするの?
俺はユラの発言の意図を理解しかねて首を捻った。すると、ユラは「だからね」と前置きしてから、発言の意図と思しき内容を告げた。
「私が思うに、解決しなければならない問題は『速さ』だけ」
「え?」
「その為に、『相手の攻撃を予想する』ってことが、必要になるのかなって」
「相手の攻撃を――予想?」
「相手が光速の攻撃を使ったとしても、それを予想して、先んじて行動すれば対応できる――と、思うの」
「えっと?」
ユラは俺でも分かるよう、丁寧に解説してくれた。しかし、俺はユラの想像よりも物分かりが良くはなかった。俺は首を捻り続けていた。
それでも、ユラは呆れなかった。彼女は、俺が理解することを諦めなかった。
「相手の攻撃のタイミングと、場所を特定して、それを斬るところをイメージしながら、ムラマサを振っておくの」
「ふむふむ」
ユラは、俺に分かるまで、俺の分かる言葉で説明し続けてくれた。そのお陰で、俺は彼女の言葉の意味が分かったように錯覚し始めていた。
「魔王、光の支配者の魔法、『光魔法(ライトニングマジック)』がどれだけ強力であっても」
「うん」
「ムラマサの切れ味には敵わない」
「!」
ムラマサの切れ味に付いては、俺もよく知っている。それに加えて、元の持ち主、氷片の剣聖の娘(ユラ)に保証が有れば、鬼に金棒。「絶対できる」と確信(錯覚)できた。
しかし、ユラの話が分かってくると、今度は疑念を覚え始めていた。「それ」が、俺の口を突いて出た。
「それで」
「うん」
「どうやって、相手の攻撃を予想するの?」
攻撃の予想。その「本時作戦に於ける肝」と言うべき要素が、俺には全く、皆目、見当も付かなかった。そもそも、「相手の攻撃を予想する」というアイデア自体、俺には思いもよらなものだ。
ユラならば、何とかしてくれる。
俺は徹底的にユラに甘えるつもりだった。しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「その為に、玲君に身に付けて欲しい技術が有るの」
「え?」
ユラは、俺に課題を与えた。
「『魔力感知』。相手の魔力の変化を感じ取れるようになって欲しいの」
魔力感知。俺にとって、全く初耳の言葉だった。思わず「それって何?」と首を捻った。
すると、今まで「能面化」していたユラの顔が、唐突に綻んだ。
「大丈夫、玲君ならできるよ」
不安がる俺に対して、ユラは余裕の笑みを浮かべながら、やんわりと、しかし、全力で事の成就を保証した。彼女は続け様に「根拠」も教えてくれた。
それは意外にも、俺にとっては既知のものだった。
「玲君の中には『私の魔力』が有るよね?」
「あ、うん」
「『それが有る』って感じているよね?」
「うん」
「それが体の中を動いたり、頭の中に入ったり、鎧に成ったり、ムラマサに伝わったり――って、分かるよね?」
「それは、うん」
ユラの言う通り、俺は「自分の体内にある魔力」を感知している。その反応を把握して、それを使い熟している。
その事実こそが、ユラの言うところの「魔力感知」の基礎基本だった。
俺が頷いた直後、ユラは魔力感知、その「応用法」を教えてくれた。
「その意識や感覚を、『対戦相手に向ける』んだよ」
「対戦相手に向ける?」
「そう」
対戦相手の魔力に意識を向ける。そんなこと、今まで試したことは無かった。「意識を向けるだけ」と割り切れば、簡単なことのように思えなくもない。しかし、
「そんなこと、俺に――」
俺の口から、不安な想いが零れ出た。それに、ユラが即応した。
「できるよ」
ユラはハッキリ断言した。彼女は続け様に具体的な収得方法を教えてくれた。
それは、俺達にとっては既知にして馴染みの手段だった。
「それを会得する為に、今から『特訓』だね」
特訓。その言葉が、俺の両肩にズシリと圧し掛かった。その重みで、俺は卓袱台の上に突っ伏した。「立ち上がることは困難」と思えるほどの重圧だった。しかし、
「まあ、うん。やってみる」
他に方法は無い。俺は「打倒魔王」の覚悟を胸に、卓上に突っ伏したまま、ユラの提案を全力で受け入れた。すると、
「それじゃ、早速特訓しよう」
ユラは両手で俺の両肩を叩いた。その心地良い刺激を受けて、俺は彼女と一緒に立ち上がった。
果たして、俺に魔法感知が収得できるのか否か? このときの俺は、「できる」という可能性より、「できない」という不安の方が大きかった。
第二十五話に続く。
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