第二十話 勇者決定

(((勝者、生ける鎧――鎧武者の勇者候補)))


 世界の支配者が、俺の勝利を宣言した。それは、俺の長年(小学五年生以来、三年間)の悲願達成の瞬間だった。


 俺が、この愛洲玲寿が「勇者」。


 三年前の自分が聞いたら、絶対に信じない。しかし、今は「当然」と自信満々に言える。「成るべくして成った」と思う。


 それでも、やっぱり――う、れ、しいいいっ!!!


 勇者に成った事実を想うほどに、歓喜の感情が湧いてくる。その衝動に駆られるまま、俺は雄叫びを上げた。


「うおお――」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」


 俺の声は、より以上に大きな観客の歓声に埋もれた。それでも、俺は「自分が一番嬉しいんだから」と負けじと声を上げ続けた。

 俺の想いが勝つか、或いは観客達の声量が勝つか。この不毛な雄叫び合戦は、魔王によって強制終了させられた。


(((勇者は決まった)))


「うおおおおお――」

「「「「「……………………」」」」」


 魔王の声が響いた途端、観客達は静まり返った。その反応を直感して、俺も慌てて口を噤んだ。


(((この試合を以て、勇者決定戦は『終了』する)))

「…………」

「「「「……………………」」」


 終了。その言葉を聞いた瞬間、俺の口から安堵の溜息が漏れそうになった。


 これで、本当に終わり。後は――「ユラの秘密」と、それから――


 今後のことを想像すると、楽しいことばかりが閃いた。その衝動に駆られるまま、俺は――叫んだ。


「うおおおおお――」

「「「「「……………………」」」」」


 声を上げたのは、俺一人だけだった。その為、俺に衆目が集まった。その視線に晒されて、


「…………」


 俺は全力で黙った。しかし、それだけで「許される」と思えるほど、俺の自己肯定感は高くは無かった。

 俺は皆に俺の想いを伝えようと、全身を使って「お口チャック」のゼスチャーを披露した。その直後、脳内に魔王の声が響き渡った。


(((『後のこと』は、追って沙汰する)))


 後のこと。それが何かと想像すると、俺の脳内に「ご褒美」という言葉が閃いた。その直感は正鵠を射ていた。


(((勇者よ、それまで『願い事』を決めておけ)))


 願い事。魔王叶える勇者の望み。きっと、俺の想像が及ぶものは、何でも叶うのだろう。


 何にしよう?


 魔王の報酬と言えば「世界の半分」が定番だろう。しかし、自分が全人類の期待を担う立場に在ることを鑑みると、「人類の復権」を望むべきだろう。


「うむむ」


 俺はこれまでの半生で一二を争うほど真剣に、あれやこれやと妄想を繰り広げた。その大事な脳内会議中、唐突に風鈴のような涼やかな美声が飛び込んできた。


「玲君っ」


 聞き違えようも無い、ユラの声。それを直感した瞬間、俺は即座に振り返った。

 すると、俺の背後に体操服姿のユラがいた。彼女は、俺に向かって勢いよく突っ込んできていた。


「!」


 俺は咄嗟に回避行動を取ろうした。しかし、それは全く間に合っていなかった。

 コンマ数秒後、俺の胸から「ズドン」という擬音が見えた。そんな錯覚をするほど凄まじい衝撃が胸を打った。それと同時に、肺の中の空気が口から飛び出した。


「ぐはっ!?」


 情けない声を上げしまった。しかし、それを意識することができないほど、俺は窮地に立っていた。


 苦しい、息ができない。もしかして、このまま――


 俺の脳内に最悪の可能性が閃いた。しかし、その運命を受け入れるほど、俺の往生際は良くなかった。


「ぐぬぬ」


 俺は歯を食い縛りながら必死に意識を繋ぎ止めた。その努力の甲斐有って、昇天しかけた魂を肉体に繋ぎ止めることができた。そう思った。

 ところが、俺は天に召されていた。そう思いたくなるような光景が、視界一杯に広がっていた。


 そこには、幻想的なまでに美しく、感動的な――「天使の笑顔」が有った。


「やったね、玲君」

「…………」


 天使が俺に声を掛けてきた。しかし、俺は直ぐに反応できなかった。


 ここは――天国?


 朦朧とした意識の中、俺は「最高の境遇」、或いは「最悪の可能性」を想像した。 

 すると、「それは現実だよ」と告げるが如く、天使の声が耳に飛び込んできた。


「玲君が『勇者』だよ」


 勇者。その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で「現在までの三年分の記憶」が走馬灯のように閃いた。その中に、「目の前にいる天使」が何度も登場していた。その美貌に惹かれ、そして刺激されていく内、失い掛けていた俺の意識が回復した。


 俺は覚醒した。その瞬間、目の前の天使が悪魔に変わった。それを直感して、俺は彼女の名前を呼んだ。


「ユラ」


 俺が声を掛けると、ユラは一層嬉しそうに綻んだ。それを見た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。その反応は、俺に種族を超えた禁断の感情を意識させた。


 ああ、俺はユラが好きなのかも。


 恋。しかし、身分不相応も甚だしい。実る訳が無い。悲恋は確実。それでも、それが分かっていても、「今」という瞬間だけは「許される」と思いたかった。


「ユラっ」

「!」


 俺はユラを抱き締めた。その瞬間、ユラから息を飲む気配が伝わった。それと同時に、俺の両腕一杯に、細く、柔らかな感触が伝わってきた。


 夢じゃ、ない。このまま、ずっと抱き締めていたい。


 俺はユラの意思を無視していた。俺の行為は独りよがり、我が儘だ。ユラに怒られたり、詰られたりしても、それは仕方ない。当然だ。彼我の立場を鑑みれば、「支柱引き回しの上打ち首獄門」を言い渡されても、多くの人々が「妥当」と頷くだろう。


 しかし、現実は、いや、ユラは俺に優しかった。彼女は俺の行為に応えるように、思い切り抱き締め返していた。


 これは夢か?


 俺はユラを抱き締めながら、頬を抓りたい衝動に駆られた。しかし、そんな奇行に奔らずとも、全身に覚える柔らかな感触が、「これは現実」と激しく主張していた。


 このまま、ずっと抱き締め合っていたい。


 現状は、人間には過ぎた果報だ。それが分かっていても、いや、分かっているからこそ、現状維持を望んだ。ユラも、それを望んでいると思いたかった。ところが、


「玲君」


 ユラは俺の名前を呼んだ。それに反応して、俺は彼女の顔を見た。その瞬間、


「!?」


 俺の背筋に悪寒が奔った。俺は「恐怖」して、息と唾を同時に飲み込んでいた。


 ユラの顔が――怖い。


 俺の視界に映った天上の美貌に、思い詰めているような、いや、「今にも人を殺しかねない」ほど剣呑な表情が浮かんでいた。


「え? あの?」


 ユラの豹変振りを目の当たりにして、俺は困惑した。思わず、ユラの顔をジッと見詰めてしまった。

 すると、ユラの可憐な口が開いて、そこから「怨霊」と錯覚する暗うつとした声が零れ出た。


「後で、話が有るの」

「!」


 ユラの言葉を聞いた瞬間、俺は「殺される」と直感した。しかし、ユラの動機や理由を考えたところで、思い当たる節は――直ぐには閃かなかった。だからと言って、「それって何?」と聞く勇気も、今の俺には無かった。

 今の俺にできることは、唯一つしかなかった。


「分かった」


 唯々諾々と、ユラの言葉に従った。

 すると、ユラの表情が唐突に崩れて、天使のような笑顔を浮かべた。しかし、それに見惚れる気持ちは、俺の中には無くなっていた。


「…………」


 俺は恐怖で顔を引きつらせながら、ユラの様子を窺っていた。すると、彼女は俺に向かって左手を突き出した。


「それじゃ、帰ろっか」

「え?」


 ユラは帰宅を促した。しかし、俺の脳内には「閉会式」というイベントが閃いていた。その為、「帰って良いのか?」と、疑念を覚えた。その想いは、思い切り顔に出ていた。


「閉会式とかないから」

「!」

「『後のことは、追って沙汰する』って言われたでしょ?」

「そう言えば――」


 最早、円形闘技場に留まる意味は既に無いようだ。その事実を知らされて、俺は目の前に突き出されたユラの左手に右手を伸ばした。


 やっと、家(愛洲家)に帰れる。


 勇者の帰還。そして、凱旋。俺の両親を始め、俺の帰りを待ち望んでいる人は存外に多いだろう。その内の一人であろう人物、観客席の奥蘭首相を見ると、


「よくやったっ、有難う。国民栄誉賞っ、人間国宝っ。もう、好きっ、大好きっ!」


 服が開けるのも構わず、半狂乱になって喜んでいた。その様子を見ると、嬉しいと思う反面、不安も覚えた。思わず、彼女に声を掛けたい気持ちも沸いた。

 しかし、俺にとって「奥蘭首相」という人は、「赤の他人」と言えるほど遠い存在だった。


 ま、いっか。


 俺は自国の首相に背を向けて、ユラと一緒に円形闘技場を後にした。


 グルグル回る世界。それが元に戻ると、俺達は畳敷きの和室に立っていた。


 帰ってきた。


 俺は無上の安堵を覚えて、「ほっ」と溜息を吐き掛けた。しかし、それが歯の裏まで込み上げたところで、再び喉の奥へと押し込めてしまった。


 ここ、俺の部屋じゃないぞ?


 周りは自棄に暗かった。「夜」になった可能性も想像した。しかし、それは直ぐに「違う」と直感した。


 俺達がいる部屋には「窓」が無かった。「出入り口」と思しきものも無く、全て漆喰の壁に囲まれていた。その「座敷牢」のような場所に、俺とユラは手を繋いで経っていた。


 ここ、どこ?


 座敷牢。勇者の居場所としては不適当。むしろ、罪人が入るに相応しい。そんな場所に閉じ込められた意味は、俺に分かるはずもない。


 その意味を知る者は、この場に唯一人。その可能性を直感して、俺は隣に立つユラを見た。

 すると、俺の視界に映った可憐な口が開いた。


「ここは――『私の家』だよ」


 ユラの家。その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に「中世日本の白亜の城」が閃いた。


「それって――色欲地獄の?」

「うん」


 俺の直感は当たっていた。しかし、既知の場所と知っても、俺は全く安心できなかった。


「それにしたって――」


 座敷牢のような部屋。そこに放り込まれて落ち着いていられるほど、俺の肝っ玉は据わっていなかった。


 早く出ていきたい。

 

 俺は辺りを見回して出口を探した。しかし、それは見付からなかった。


「えっと――」


 俺は藁にも縋る一心でユラを見詰めた。すると、彼女はニッコリ微笑んで、


「座ろっか」


 畳の上に腰を下ろした。その様子を見て、俺は「仕方ない」と諦めた。


 俺はユラの対面に腰を下ろして、そのまま胡坐を掻いた。ユラの方はというと、背筋を伸ばして正座していた。


 ユラに倣うべきなのだろうか?


 俺は足を組み替えようとした。その矢先、ユラの声が上がった。


「ここなら――」


 俺は動くのを止めて、ユラの話に集中した。

 ユラは続け様に「現況の理由」と思しき内容を告げた。それは、現況に不安を覚える俺にとって「是非」と頼みたいほど聞きたいものだった。そのはずだった。

 ところが、「それ」を聞いた後、俺は「聞くんじゃなかった」と後悔する羽目になった。


 第二十一話に続く。

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