第十七話 初陣

 俺、愛洲玲寿は今、古代ローマ、いや、「憤怒地獄の円形闘技場」に立っていた。そこは既知の場所だったので、直ぐに「それ」と直感できた。しかし、同時に違和感を覚えていた。


 ここって、昨日の闘技場と同じ場所だよな?


 俺の視界に映った光景は、確かに昨日の闘技場ではあった。しかし、昨日の様子とは全く違っていた。

 その最たる要因は、「観客席」の状況だった。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」


 観客席は「人型の魔物」で埋まっていた。彼らは、俺に向かって雄叫びや歓声を上げていた。


「凄いな」


 俺は魔物たちの勢いに圧倒されながら、現況の元ネタ、古代ローマに想いを馳せていた。


 当時の闘技場も、こんな風だったのかなあ?


 観客(魔物)達の好奇の視線に晒されて、俺は自分が見世物、いや、本物の剣闘士になっているかのように錯覚した。その感覚は、俺に精神的苦痛を覚えさせていた。


 こんな状況で、殺し合いをさせられるのか。


 現況に付いて考えるほど、心底に負の感情が募った。それらの想いを抱えながら、俺はジト目で観客席をグルグル見回していた。

 すると、そこに「既知の人物」の姿を見付けた。


 あれ? あれはもしかして――奥蘭首相?


 魔物達に紛れて、日本国総理大臣の姿が有った。彼女の周りをよく見ると、様々な国の最高権力者、為政者達の姿が有った。


 人間も招待されていたんだ。


 異種族の中の同種族。それを見付けたとき、俺は少しだけ安堵した。しかし、それ以上に困惑していた。その主な原因は、為政者達の態度に有った。


「やったれっ!!!」

「オウイエイ!!!」「ウラーッ!!!」「ボンクハージュ!!」「フィールエアフォルク!!」

「ぶちかませっ!!」

「レッツパーリィ!」「ウダーチ!!!」「ボンションス!!!」「フィールグリュック!!!」


 奥蘭首相は右拳を突き上げて粗暴な言葉を叫んでいた。他国の為政者達も、それぞれの国の言葉で喚き散らしていた。


 えええ……あれがあの人達の本性なの?


 普段、「人の模範」というべき態度をとっている人達が、子どもに見せられないほど狂人化していた。その様子を見ていると、人類の行く末に不安を覚えなくもない。

 しかし、現在の世界の状況を知っているだけに、俺の中では彼らに対する同情の念の方が大きかった。


 色々と、お辛いのだろうなあ。


 勇者決定戦の開催が決まって以降、世情に不穏な空気が漂っていた。「人類滅亡の危機」という声も上がっていた。その具現化を瀬戸際で食い止めていた功労者が、俺の視界に映っている狂人(為政者)達なのだ。


 あの人達の頑張りに報いないとな。


 俺は為政者達を見ながら、心中で「頑張ります」と念じた。その瞬間、俺の脳内で戦闘スイッチが入った。

 俺は自身の戦闘本能が命じるまま、視線を観客席から外し、再び地面、決闘場の様子を確認した。

 

 すると、俺の対面、楕円の地面の最奥に一人の男性が立っていた。その瞬間、俺は相手の正体を直感した。


 今日の対戦相手だ。


 その男性は、東洋系の勇者候補だった。今日はカンフー映画に出演しそうな格好をしていて、一層格好良さを増していた。


 見た目では、あっちの圧勝だけども。


 今日も、俺は学校指定の体操服だった。彼我の恰好を鑑みるほどに、「体操服で良いのか?」と疑念を覚えて止まない。

 しかし、そんなことは些事。疑念も恥も違和感も、俺の心中で燃える闘志の炎が、たった今焼き尽くした。


 絶対に、勝つ。


 俺は鎧を呼び出す機会が巡ってくるのを、「今か、今か」と待ち構えていた。その想いに、大会の主催者が応えてくれた。


(((これより、勇者決定戦、第一試合を始める)))


 魔王の声が耳に、いや、脳内に響き渡った。その瞬間、


「「「「「…………」」」」」


 騒がしかった観客席が水を打ったように静まり返った。静か過ぎて、唾を飲み込む音が聞こえた。


 静寂の中、魔王の声だけが会場に――会場にいる人々の脳内に響き渡っていた。


(((『勇者候補達』よ、それぞれの分身を召喚せよ)))


 勇者候補達。魔王は俺達の名前を告げなかった。


 名前を言わない意図は何なのか? 互いの手の内を知らせないという配慮? 俺達の身元を守るという配慮? それとも、未だ名前を呼ぶ価値が無い――とか?


 俺の脳内に様々な可能性が閃いた。その中に正解が有るかどうかは、魔王のみぞ知る。それを尋ねたい気持ちも沸いた。しかし、今は全て後回しだ。


 俺は魔王に言われるまま、自分の分身、「鎧」を召喚した。それが現れたところで、対戦相手の方を確認した。


 カンフー俳優(仮称)の前には、鉄鎧に身を包んだ「少年」が立っていた。


 子ども? いや、あれは――「人形(ゴーレム)」だな。


 少年は、「本物の人間」と錯覚するほど精巧に造られた鉄人形(アイアン・ゴーレム)だった。彼もまた、カンフー俳優然とした中華風の衣装を身にまとっていた。その上、彼の両腕には、武器と思しき「輪っか」が二枚ずつ嵌っていた。


 あれって、「チャクラム」ってやつか?


 チャクラムは、主に南アジア圏の投擲武器だった。それによく似ていた。しかし、それはチャクラムではなかった。


 後でユラに聞いたところ、正式名称は「乾坤圏(ケンコンケン)」というようだ。

 圏とは、基本的には格闘武器らしい。しかし、乾坤圏は特別で、チャクラムのように投擲武器としても使用できた。そんな機能が有るなど露知らず――


(((それでは――試合開始)))

 

 終に、勇者決定戦、その最初の試合が始まった。それを直感した瞬間、カンフー俳優が裂けんだ。


「ナタっ!!!」


 ナタとは、古代中国の伝説、「封神演義」に出てくる少年型兵器の名前だった。

 尤も、その情報を得たのは、試合後。ユラから教えて貰ったものだ。当然ながら、今の俺には全く分からない。

 訳が分からないまま、対応する他なかった。


 鉄人形ナタの左右の輪の内、「左腕に嵌った一輪」が、俺の鎧に向かって投げ付けられた。


「!?」


 俺は鎧の視界越しに「飛来する鉄の輪」を確認した。


 外側が刃物になっているのか。


 鉄の輪は、超高速で回転しながら一直線に飛来していた。これを放っておけば、鎧の首か、或いは胴を斬り飛ばされる。そんなことになったら、きっと「痛い」では済まない。

 その運命を、俺は全力で拒否した。


 ムラマサで弾き飛ばせっ!!


 俺が念じると、鎧が超速で反応した。電光石火で腰のムラマサを引き抜き、それを逆袈裟に斬り上げた。


 刹那、鎧の眼前で閃光が起こった。それに遅れて乾いた金属音が鳴り響いた。その瞬間、鎧の触覚を通じて、俺の脳ミソに電撃を浴びたような衝撃が奔った。


「痛っ!」


 俺は痛みに顔をしかめながら、鎧の視界越しに相手の様子を確認した。その瞬間、


「!?」


 俺は驚いて息を飲んでしまった。


 何と、鉄人形ナタは鎧の直ぐ目の前まで迫っていた。その光景を目の当たりにした瞬間、俺は自分の敗北を直感した。

 しかし、その運命をアッサリ受け入れるほど、俺の往生際は良くなかった。

 これまで積み重ねてきた「地獄の戦闘経験」が、往生際に対する考え方を徹底的に歪めていた。


 未だだっ、ここが俺の力の見せ所っ!!!


 鍛え抜かれた往生際の悪さ。それに中学二年生の病癖、所謂「中二病」が合わさって、俺に「窮地を脱する技」を閃かせた。


 巌流、佐々木小次郎のあれっ!!


 俺の脳内に、史実の剣豪と、その必殺技「燕返し」が閃いた。それを、俺は超速で鎧に念じた。

 すると、鎧はナタに勝る超速でムラマサの切っ先を返した。それを、先程描いた太刀筋をなぞるように、袈裟懸けに振り下ろした。


 ムラマサの刀身が、ナタの体に迫った。その刹那、ナタは左腕を掲げた。


 そこには、もう一枚乾坤圏が残っていた。


 しまったっ!?


 乾坤圏の刃がムラマサの刃を食い止めていた。

 その時点で勝負は有った。日本の奥蘭首相の悲鳴が聞こえたように錯覚した。この場に居合わせた者は、百人中九十九人は「俺の敗北」を直感しただろう。

 しかし、「俺の勝利」を信じている者が、ここに一人いた。


 その「輪っか」毎、斬り裂けっ!!


 俺はムラマサに有りっ丈の魔力を込めて念じた。すると、ムラマサは俺の想いに全力で応えてくれた。


 ムラマサは乾坤圏を真っ二つに割った。続け様に、ナタの鋼鉄の左腕をも斬り飛ばした。それでも止まらず、ナタの体までも袈裟懸け真っ二つに切り裂いた。

 その瞬間、観客席から「声」が消えた。


「「「「「!?」」」」」


 誰も彼もが、驚いて息を飲んでいた。その一瞬の静寂の間に、ナタの鋼鉄の体が上下に分かれて地面に落下した。

 その光景を目の当たりにした瞬間、俺は自分の勝利を直感した。それと同時に、先程放った技の名前が閃いた。


 愛洲妖刀流奥義、斬鉄剣飛燕斬り。


 俺は心中で技名を唱えた。すると、それを称えるかのように、観客席から歓声が沸いた。


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」


 雪崩のような轟音が円形闘技場全体を揺らしていた。その中に、日本の奥蘭首相の声も混じっていた。


「きゃああああああああああっ、素敵いいいいいいいっ、名前は言えないけど、体操服の子、最高うううううううううううっ!!!」


 名前を呼ばれなかったが、俺のことを誉めていることは分かった。それを聞いていると、自分の勝利をシミジミ実感できた。それを全力で保証する声が、俺の脳内に響き渡った。


(((試合終了。勝者、生ける鎧の勇者候補)))

 魔王は、最後まで俺を名前で呼ばなかった。しかし、「俺が勝者」ということは明らかであり、その判定に異を唱える者は、魔王が支配する世界には存在しなかった。


「「「「「おめええええええええええええええええええええええええええっ!!!」」」」」


 俺の勝利を称える歓声が上がった。それを浴びた瞬間、俺は改めて「自分がこの場に立つ意味」を理解した。


 やっぱり、俺は勇者になる為に生まれてきた人間なんだな。


 俺の脳内では、勇者になって日本に凱旋する姿が閃いていた。皆から歓迎されて、賞賛されて、親達とも一緒に暮らすようになって――


「玲君」

「!」


 幸せな未来を妄想している最中、唐突に聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。それを直感するや否や、俺は超反応で振り返った。


 すると、俺の背後に体操服姿のユラがいた。彼女は左手を高く掲げていた。それを見た瞬間、俺も右手を突き上げた。


「やったね」「やったぜ」


 俺達はハイタッチをして、勝利の喜びを分かち合った。


 第十八話に続く。

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