第十四話 開会式
「勇者決定戦開催決定」
各国の指導者経由でもたらされた情報は、それぞれの国に住む人々を震撼させた。
その瞬間から世界中、あらゆるメディアが勇者決定戦の話題一色に染まった。
「一体、誰が勇者に選ばれるのか?」
現世界に於ける「勇者」とは、地球の支配者(魔王)に人類の可能性を示せる唯一無二の存在。多くの人々が救世主ならぬ勇者の誕生を期待していた。その可能性を持つ勇者候補達を応援する声も上がった。
その一方で、不安を覚える者も少なくはなかった。その最たる要因が、勇者候補の存在そのものに有った。
「勇者候補って、どんな奴なんだ?」
勇者候補の情報は、殆ど開示されていなかった。
当事者である俺達勇者候補からして、悪魔経由で正体を明かさないよう厳命されている。主催者である魔王、及び魔界側からの発信も殆ど無い。一般人が勇者候補の情報を得る手段も無い。
関係者以外、誰も何も知らなかった。だからと言って、人類の存亡を賭けた大事に無関心でいられる訳も無く。
多くの人々が勇者候補の情報を欲した。その期待に応えようと、多くのメディアが尽力した。
結果、世界中に嘘、デマ、ガセネタが溢れ返った。
推論の中には、真実に近しいものも有った。しかし、それを判断することができる者は、真実を知る当事者だけ。
真実を知らない一般人は、より大きな声に耳を傾けた。
より強い影響力を持つ者の言葉を信じた。
より多くの人々の意見に惑い、それに踊らされた。
誰もが安心、安寧を希求しながら、不安を煽る情報ばかりに関心が集まった。
情報開示から一か月ほど経った頃には、世間では「人類滅亡」という言葉が溢れ返っていた。その言葉を耳にする度、俺の心中にも不安が募った。
このままでは、決定戦を迎える前に人類は滅亡してしまうのでは?
幸いにして、俺の不安は杞憂に終わった。人類は、俺が心配するほど愚かではなかった。
人類が滅亡の瀬戸際で踏ん張っている内に、運命の日を迎えることができた。
勇者決定戦開催の報せが入ってから、二か月ほど経った或る日の朝。
瞼に光の刺激を受けて、俺は目を開けた。その瞬間、今日の日付を直感した。
今日は――七月二十一日だった。
勇者決定戦の初日。その事実を直感した瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。
「!」
心臓の衝撃で、パッチリ目が開いてしまった。それに遅れて、全身がブルブル震えた。その変調を意識した瞬間、俺は声を上げていた。
「俺は、勇者に成る」
宣言せずにはいられなかった。その衝動に従った。
すると、不思議なことに体の震えは収まった。心の方も、平静になった。それどころか、むしろ期待や興奮が増していた。
ああ、やっと、自分の真の力を披露できる。
俺の脳内に「一振りの打刀」が閃いた。それが活躍する様子を想像すると、胸が晴れ晴れとした。その爽快感に駆られるまま、俺は布団から飛び起きた。
「よしっ、行くか」
俺は自分に気合を入れた。その勢いを駆って、押入れの前まで歩き、襖を開けた。
押し入れは、上下二段に分かれている。上段の物干し竿には学校指定の制服(詰襟)が掛けてあった。下段の箪笥には学校指定の体操服(半袖&短パン。夏用戦闘服)が畳んでしまってあった。
こういう時、普通は制服なんだけども。
今日は「初日」ということで、開会式をするらしい。試合は翌日、二十二日からになる。その事実を鑑みると、「制服一択」と思わなくもない。
しかし、俺は敢えて常識を無視して、下段から体操服を取り出した。その直後――迷った。
本当に、これで良いのだろうか?
俺は体操服を手にしたまま、暫し黙考した。その最中、以前聞いたユラの言葉が閃いた。
「体操服で良いよ」
俺はユラを信じた。「これで良いのだ」と念じながら、寝間着(パジャマ)を脱いで体操服に袖を通した。
戦闘服に身を包むと、俺の脳内で戦闘スイッチが入ったように錯覚した。それに伴って、体にヤル気が漲ってきた。
勇者になるのは、この俺だ。
俺は既に勇者に成ったつもりで、意気揚々と部屋を出た。
俺はいつものようにユラと一緒に朝食を摂った。その後、今日の開会式に付いて話をした後、試合会場、魔界の憤怒地獄(サタン)へと向かった。
そこは、「黄土色の異世界」だった。
異世界に来たと直感した瞬間、足の裏に硬い地面の感触を覚えた。足元を見ると、踏み締められた地面が広がっていた。
啼鶯中の運動場みたいな?
地面の形は、陸上競技場のように「楕円形」になっていた。その楕円を囲んで「石の壁」がそびえ立っていた。
観客席――かな?
石の壁の上部は、人が座りやすい大きさの階段が連なっていた。それは大きく真円を描きながら、楕円の地面を囲んでいた。
現在地を上から見れば、きっと「猫の目」のように見えるだろう。
特異な形状の陸上競技場だった。俺にとっては全く初見の場所だった。しかし、現在地の正体は知っていた。そもそも、事前にユラから知らされていた。「それ」が、俺の口を衝いて出た。
「円形闘技場(コロシアム)」
古代ローマ帝国で建造された娯楽施設。
俺達が立っている地面(決闘場)の上で「剣闘士(グラディエーター)」と呼ばれる奴隷達を戦わせ、その様子をローマ市民が観戦した。
当時の行為に想いを馳せると、ネガティブな感情を覚えて止まない。
しかし、全て過去の話だった。当時の人達に同情したり、憤ったりしても、その想いが本人達に届くはずもない。
現代を生きる俺達には、関わりの無い話だ。そのはずだった。
しかし、今の俺にとって、奴隷達の境遇は他人事ではなかった。
ああ、ここで人間同士で殺し合うのか。
俺はシミジミ人間の業の深さに想いを馳せた。その最中、俺達が立つ地面の上に複数の人影が現れた。
「!」
俺が驚いて息を飲んでいる間に、次々「誰か」が現れた。最終的に、決闘場に立っている人間は、俺達を含めて総勢六名になっていた。
それぞれ、俺達と同じく「男女のペア」だった。年齢的にも近しいと直感した。
しかし、服装に関しては違った。俺達以外、それぞれ「正装」と思しき衣装に身を包んでいた。
西洋人と思しき男女は、執事とメイドのような格好をしていた。
東洋人と思しき男女は、中華風の民族衣装(女性の方はチャイナドレス)を身に着けていた。
男性の方は、どちらも俺より美形に見えた。そこは、少し悔しかった。しかし、そんな羨望や嫉妬の念は、女性達の顔を見た瞬間吹き飛んだ。
何て、綺麗なんだ。
女性達は、タイプの違いこそあれ、それぞ「絶世の美少女」だった。その事実が、俺に彼女達の正体を直感させた。
この子達も「悪魔」なのか。
実際、少女達には「人間には無い特異な部位」が有った。
メイド服の女性の背中から「黒い翼(それも、片翼)」が生えていた。
チャイナドレスの女性の臀部(尾てい骨辺りに開いた穴)から「蛇の尻尾」が飛び出していた。
俺にとって、初めて見る「ユラ以外の悪魔」だった。平時であれば、俺の視線は彼女達に釘付けになっていたと思う。しかし、今の俺は違う。
俺と戦うのは――「こっち」だよな。
俺の視線は、美少女達の隣に並んだ「男性」の方へと吸い寄せられていた。
それぞれの見た目は、衣装を含めて考えると、俺の完敗だった。その事実を目の当たりにして、俺は居心地の悪さを覚えた。今更ながら、体操服姿なのが悔やまれた。それを勧めたユラに対して、文句を言いたい気持ちが沸いた。しかし、
「…………」
俺は恥ずかしさで顔を赤らめながらも、他の勇者の雄姿を見詰め続けていた。
その最中、ユラと繋いだ右手が、ギュウと握り締められた。
「!?」
俺は驚いて隣を見た。すると、
「玲君」
ユラは、俺の方を向いて、俺の名前を呼んだ。俺は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面を晒しながら、彼女を見詰めた。すると、
「大丈夫」
ユラはニッコリ満面の笑みを浮かべて、俺を励ましてくれた。その言葉を聞いた瞬間、俺の心中に渦巻いていた負の感情が幾分か軽減されたように錯覚した。
「有難う」
俺の口から、感謝の念が零れ出た。すると、俺の視界に映った天上の美貌が、一層嬉しそうに綻んだ。それが、とても綺麗に見えて、俺の心臓がドクンと跳ねた。
その直後、より一層心臓が跳ねる事態が起こった。
(((良くぞ来た)))
「「「「「!?」」」」」
突然、男性のものと思しき低音の美声が聞こえた。それを直感した瞬間、他の勇者候補達が驚いたようにビクリと体を震わせた。その反応を見て、「彼らの耳にも届いていた」と直感した。それと同時に、俺は「先程聞いた声」に対して違和感を覚えていた。
今の声って、誰の声?
声音から察するに、「男性のもの」と思われた。それを発したと思しき者は、現時点では「俺以外の勇者候補達」しかいない。しかし、彼らの反応を見ていると、どちらも「違う」という気がしてならなかった。その直感は、どうやら正鵠を射ていた。
他の勇者候補達は、声の主を探してキョロキョロと辺りを見回していた。
俺達は、三者三様に困惑していた、その最中、再び謎の声が聞こえてきた。
(((『人類の可能性』に挑む勇者達よ)))
人類の可能性。その言葉を聞いた瞬間、俺は声の主の正体を直感した。その瞬間、俺達の前方、百メートルほど離れた場所が光った。
「「「!?」」」
突然の出来事に、俺は驚いて息を飲んだ。すると、他の勇者候補達も、俺と同時に息を飲んでいた。
摩訶不思議な現象を目の当たりにして、俺達の困惑は加速していた。しかし、そこは選ばれし勇者候補。誰も目を逸らさずに、ジッと光の方を見詰めていた。
暫くすると、謎の光は収束した。それが完全に収まったところで、白金に煌めく「人型の何か」が現れた。
えっと――騎士?
それは、全身に白金の鎧をまとった西洋風の騎士だった。その姿は、学校の教科書にも載っている、既知の偉人だった。
この人が、魔王。
魔王本人の登場。主催者なのだから、開会式に来ても不思議はない。しかし、実際に目の前に現れると――
「「「…………」」」
俺の体が緊張で石化した。他の勇者候補達も一緒に固まっていた。
誰も動けなかった。しかし、それは人間に限った話だった。
悪魔達はは一斉に跪いた。ユラも、俺と手を繋いだまま跪いていた。その反応を直感した瞬間、俺は強い危機感を覚えた。
固まっている場合じゃないっ!!
俺も、他の勇者候補達も、一斉に続いて跪いた。
すると、俺達の頭上から低音の美声が響き渡った。
(((其方らの中に、我が求める勇者がいる。何れが勇者に相応しいか? それを見極める為に――)))
不思議な声だった。聞こえているのに、俺の鼓膜が全く反応していなかった。その事実が、俺に一つの可能性を想像させた。
この声って、直接「脳内」に届いているのか?
魔王は「念話(テレパシー)」で会話している。その可能性を想像すると、自分達の脳内を覗かれている、或いは弄られているような気がした。
怖い。けど、ここは我慢。
俺も、他の勇者候補達も、不安で体を震わせながら、黙って魔王の話に耳(脳)を傾けていた。
すると、魔王は勇者決定戦の概要を語りだした。
(((其方らには、それぞれ一回ずつ戦って貰う)))
「「「!!!」」」
総当たりリーグ戦。それ自体は既知の情報だった。しかし、それを魔王から宣言された瞬間、俺を含めた勇者候補達の体がビクンと跳ねた。
この中で、勝ち上がるのは一人。
俺を含めた勇者候補達の間に、殺気をはらんだ剣呑な気配が漂い出した。その濃度が増すほどに、俺は戦闘中であるかのように錯覚した。
まさか、魔王様の御前で乱闘とか――無いよね?
どれだけ敵愾心が募っても、どれだけ戦いたくとも、この場には「魔王」という絶対的な強制力が働いていた。彼がこの場に立っている限り、俺達は戦うどころか、動くことすらままならなかった。
(((試合会場は、『ここ』)))
「「「…………」」」
(((試合は明日から、一日一戦ずつ執り行う)))
「「「…………」」」
俺達が黙っている間に、魔王は勝手に話を進めていく。それを聞いていると、何だか「魔王が大声で独り言を言っている」と錯覚した。
しかし、魔王が語る内容を無視することはできなかった。
メモメモ。
俺は前回(奥蘭首相の会見)の反省を活かし、油性マジック並みの集中力を発揮して、シッカリ記憶に刻み込んだ。その行為は無駄ではなかった。
魔王の話の中に、初耳の情報が含まれていた。
(((試合時間も、対戦相手も、当日まで『内緒』だ)))
内緒。俺にとっては嫌な言葉だった。しかし、ユラが使う「内緒」とは違い、魔王の意図はなんとなく想像できた。
これって、相手のことを知らないまま戦うことになるのかな?
敵のことを知らずに戦うことに、不安を覚えない者は少なくないだろう。俺は「敵場は欲しいよなあ」と念じながら、少しでも「それ」を得ようと、他の勇者候補達を見た。
すると、他の勇者候補達と目が有った。その瞬間、 とても気まずい思いがした。他の勇者候補達も同様だったらしく、俺達は揃って目を逸らした。
その直後、脳内に魔王の声が響き渡った。
(((開催期間中、君らには『魔界に滞在』して貰うことになる。宿泊場所は、それぞれの悪魔と相談して決めること)))
「「「えっ?」」」
魔界に滞在。俺は、てっきり「家から通うものだ」と思っていた。それは、他の勇者候補も同様だったらしく、皆(恐らく俺も含めて)鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
しかし、俺の脳内は、少しだけ「お花畑」になっていた。
これって、もしかして、期間中はユラと一緒に「魔界観光」できるのでは?
俺は、期待に胸を振らませる余り、ユラと繋いだ手をギュっと握ってしまった。すると、彼女もギュッと握り返してきた。
「!」
これって、これって、期待して良いのかな?
ユラの握力を意識するほどに、俺の心臓の鼓動が激しくなった。その痛みに比例して、俺の欲望が粗ぶった。
今から魔界観光に繰り出したい。
我ながら、「分を弁えない我が儘」とは思った。魔王の話の途中であることを鑑みると、打ち首獄門の刑に処されるほどの非礼だろう。
しかし、この我が儘な願望に、魔王が応えてくれた。
(((後のことは、悪魔達を通じて知らせる。さらば)))
「「「「「!?」」」」」
魔王は、唐突に別れを告げた。その瞬間、彼の体が眩い光を放った。
「「「!」」」
俺と他の勇者候補達は、咄嗟に目を瞑った。魔王の光が収まったところで、俺は直ぐに目を開けた。
すると、魔王の姿はどこにも無くなっていた。
「「「え? え?」」」
一体、何が起こったのか? 残された俺達は困惑した。しかし、現況の意味は直感していた。
開会式は――終わった?
俺も、他の勇者候補達も、鳩が豆鉄砲を食ったような間抜け面を晒したまま、呆然と立ち尽くしていた。
しかし、呆けていたのは俺達勇者候補だけで、悪魔達は全く平静だった。
「玲君」
「え?」
「行こっか」
「あ、うん」
ユラに促されて、俺は円形闘技場の出入り口へと移動した。すると、他の勇者候補達も、それぞれの悪魔達に促されて俺達の後に続いた。
かくして、勇者決定戦の開会式は閉幕した。
明日から勇者を決める戦い、その第一回戦が始まる。
他の勇者候補達は「明日からの試合の展開」を想像しているのかもしれない。
俺も、「そのこと」は考えていた。しかし、全く別のこと、「ユラとの魔界観光」を想像して、胸を弾ませていた。
皆が緊張した面持ちで颯爽と歩いていく中、俺は微笑みながらスキップしていた。
第十五話に続く。
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