第十三話 勇者決定戦

 俺、愛洲玲寿は「勇者一歩手前」に昇格した。やったぜ。

 自分が人類の代表に成るかと思うと、優越感を覚えるし、緊張もする。

 しかし、普段の俺は飽くまで一般人、「啼鶯中学二年生、愛洲玲寿」だった。


 五月の瑞々しい空気が、俺達大王小中学生を優しく包んでくれている。そんな中、俺達啼鶯小中学生は、今日も今日とて朝から登山を強いられていた。


「「「「「くそがっ」」」」」


 俺は息も絶え絶えになりながらも、町内最高峰の山を登攀し切った。しかし、その代償は大きく、教室の自席に着くなり机に突っ伏した。

 俺としては、このまま始業のチャイムが鳴るまで寝ていたかった。しかし、後ろの席の生徒が、「それは許さん」とばかりに俺の背中をツンツン突いた。


 何か、用事でも?


 後ろの生徒が気になって、俺は振り返ろうとした。しかし、全身を襲う疲労感が、俺の行為を全力で妨害した。


 今は、無理。このまま、暫く寝かせて。


 俺はユラに背中を突かれながら、それを無視して、夢の世界に旅立った。しかし、夢の世界行きの切符を買ったところで、夢の旅は終わった。


「全員、起床っ!!」

「「「「「!?」」」」」


 壮年男性の野太い声が、教室中に響き渡った。それに驚いて、教室内にいた全ての生徒達が一斉に顔を上げた。

 その直後、俺達の視界に柔和な顔付きの男性が映った。


 俺達の担任、吉村栄一教諭。その姿を見て、俺は「授業が始まっている」と錯覚した。反射的に、教室の教卓側の壁の上部に設置された掛け時計を確認した。

 時計の針は、始業チャイムの「十分前」を指し示していた。


 未だ始まってないじゃないか。


 俺も、他の生徒達も、吉村教諭の蛮行に不快感を覚えていた。彼に向けけられた生徒達の視線は、殺意を覚えるほど険しかった。

 しかし、吉村教諭の顔は、俺達が向ける視線以上に険しかった。それを見詰めていると、「へ」の字に曲がった口が開いた。


「もう直ぐ、『大事な放送』が入る」


 大事な放送? 一体、どんな?


 俺達の睡眠を妨げたのだ。それなりの内容でなければ納得がいかない。生徒達は「ふざけるなよこの野郎」と不満を零しながら、教室の天井に設置された校内放送用のスピーカーを睨み付けた。


 すると、吉村教諭は何を思ったか、教室の前面を占める「黒板型巨大モニター」のスイッチを入れていた。


 えっ? そっちっ!?


 俺も含めて、全生徒が校内放送を予想していた。その為、吉村教諭の行為に批評を突かれて、皆鳩が豆鉄砲を食ったような顔にたった。

 皆が「ポカン」と間抜け面を晒す中、真っ暗だった画面に色が付いた。その直後、豪奢な造りをした「執務室」と思しき部屋の様子が映った。


 画面の中心には、巨大な木製の机があった。その奥に、革張りの椅子に座った中年女性の姿が有った。その顔には見覚えが有った。それを直感した瞬間、画面に映った女性の口が開いた。


「日本国首相、奥蘭奈留子(オクラン・ナルコ)です」

「「「「「!?」」」」」


 まさかの日本国首相。その正体を告げられた瞬間、教室内にざわめきが起こった。


 一体、今から何が始まるんだ?


 不穏な空気が漂う中、モニター越しに奥蘭首相の声が響き渡った。


「つい今しがた、『魔王』様から全人類宛にメッセージを賜りました」

「「「「「――――――――」」」」」


 魔王。その名前を聞いた瞬間、騒がしかった教室内が水を打ったように静まり返った。


 このとき、殆どの生徒がモニターの方を向いていた。そんな中、俺は一人で後ろを向いていた。

 俺の視線の先に、髪の毛塗れの女子がいた。俺は彼女に向かって小声で話し掛けていた。


(これって、どういうこと?)


 魔王は悪魔の眷属だ。魔王の発言の内容は、事前に聞いているはず。その可能性を想像して、俺はユラに質問をした。

 すると、長い前髪に埋もれ掛けた可憐な口が、不満げに尖った。


(それを言おうとしてたのに)


 ユラは、その表情に見合った不満げな声を上げて、「俺の背中をツンツン突いていた理由」を告げた。

 その回答から察するに、本当に直近で知らされた話なのだろう。

 

 一体、何をそんなに急いでいるのやら?


 魔王の話の内容は、現時点では何も分からない。しかし、内容が分からずとも、「俺に関わりが有る話」ということだけは直感していた。


 誰もが不安に怯える中、モニターの向こうにいる奥蘭首相が声を上げた。


「来たる七月二十一日」

「「「「「夏休み!?」」」」」

「人類の中から、『真の勇者』を決めるイベント――」

「「「「「真の勇者っ!?」」」」」


 真の勇者。俺の直感通り、思い切り関わりの有る話だった。その事実を知らされた瞬間、俺の全身に電流が奔った。それと同時に、俺は一つの可能性を想像していた。


 終に、「一歩前」に踏み出す機会が訪れたかっ!?


 俺が覚えた直感は、またしても正鵠を射た。それを示唆する言葉が、奥蘭首相の厳めしい口から飛び出した。


「『勇者決定戦』が開催されます」

「「「「「おおっ!!」」」」」


 勇者決定戦。そのど真ん中の直球なイベント名を聞いた瞬間、教室中、いや、中学校の全生徒、及び隣の小学校の児童達から大声が上がっていた。

 そんな騒がしい状況の中で、俺は一人口をへの字に結んで奥蘭首相の顔を見詰めていた。


 勇者決定戦に付いては、大昔(三年前)にユラから聞かされていた。その内容も、俺の記憶に残っていた。


 確か、「勇者候補同士で戦う」って言われたな。


 勇者候補、即ち互いに人間。人間同士の殺し合いは、俺にとって余り気分が良いものではなかった。


 できれば穏便に済ませたい――って、それは無理なんだろうな。


 俺は人間同士の召喚魔法合戦を想像した。

 実際に戦う者は。互いが呼び出す「分身」だ。殺し合いになろうとも、分身であれば幾分か気が楽だろう。そう思った。そう思い込みたかった。

 しかし、そこは中学二年生。完全に気が晴れることは無かった。


 やるしかない。勝つしかない。


 俺は弱気に負けそうな自分を叱咤し続けていた。その為か、集中力が散漫になっていた。

 このとき、俺は「普段の俺ならば絶対犯さないミス」をやらかした。


 何と、俺は愚かにも「メモ」を取り忘れていたのだ。その迂闊さが、「俺に対するユラからの評価」を下げる一因となった。


 それは、夕食後に起こった。

 俺は台所で食器も片した後、居間に戻って、ユラが淹れた茶を啜っていた。


 ああ、幸せ。


 ユラの茶には薬効が有る。啜っているとポカポカと体が温まってくる。何だか風呂に入っているように錯覚して、俺は無上の幸福感を覚えていた。

 しかし、俺の極楽気分は長くは続かなかった。


 暫く夢心地で寛いでいると、ふと脳内に「今朝の出来事」が閃いた。それが気になって、どんな内容だったか思い返そうとした。ところが、


「勇者決定戦って、いつだったかなあ?」


 有ろうことか、俺は肝心なことを覚えていなかった。その事実を、幸福感で緩み切った俺の口からポロリと零れ出た。その直後、


「玲君」

「はい」

「ちょっと、そこに座って」


 ユラは、既に胡坐を掻いている俺に向かって、「座れ」と命じた。それは、俺にとっては無茶で意味不明な命令だった。その為、「理不尽」と思った。しかし、俺は、いや、俺の体は理解していた。

 俺は崩していた足を畳んで正座した。

 すると、ユラは俺の方を向いてニッコリ微笑みながら、「俺を座らせた用件」を告げた。


「さっきの質問なんだけど――」

「はい」

「もしかして、私に『勇者決定戦のことを、もう一度説明しろ』って言ってるのかな?」


 ユラは、俺に先程の独り言の真意を質した。それを聞いて、俺は「できれば」と、お願いしたい衝動に駆られた。しかし、


「えッと――」


 俺は認めるのを躊躇った。

 俺の本能が、ユラの笑顔を見た瞬間から「逃げろ、今直ぐ逃げろ」と警鐘を鳴らし続けていた。俺の脳内では最悪の可能性が幾つも閃いていた。俺としても、「それらを全部避けたい」とは思う。しかし、


「その、はい」


 俺の逃げ場所など、最初からどこにも無い。その事実をシミジミ噛み締めながら、俺は控えめな物言いで事実を認めた。

 すると、ユラの顔から表情が消えた。それを直感した瞬間、俺の心臓が凍った。


「「…………」」

 互いに無言になった。俺はユラの冷たい視線に晒されて、生きた心地がしなかった。

 しかし、悪魔は存外に優しかった。


 ユラは「はぁ」と溜息を吐いた後、俺が零した独り言に応えてくれた。


「勇者決定戦の日時は、今年の七月二十一日」


 ユラは続け様に、勇者決定戦に関する情報を早口に、矢継ぎ早に、次々教えてくれえた。


「場所は魔界の『憤怒地獄(サタン)』。そこの円形闘技場(コロシアム)。出場者は玲君を含めて三人しかいないの。だから、総当たりリーグ戦、勝率の高い人が勇者」


 ユラは話を終えるや否や、俺の鼻先に右手の人差し指を突き立てて、


「二度と忘れないでね」


 ニッコリ笑顔を浮かべながら、俺の心に「言葉の五寸釘」を突き刺した。その高圧的な態度に対して俺は、


「わ、分かりました」


 首を何度もブンブン縦に振って、ユラの言葉を肝と脳内に命じ込んだ。


 その後、俺は自室に入るや否や、机の引き出しからノートとサインペン(太字)を取り出して、


「えッと、確か――」


 ユラから聞いた内容を思い返し、一字一句違わぬよう気を付けながら、ノートに書き込んだのだった。


 第十四話に続く。

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