第十一話 竜殺し
俺、愛洲玲寿は真面目だった。少なくとも、大人達からはそのような評価を受けていた。
しかし、今日の俺は不真面目だった。
どうやったらドラゴンを倒せる?
啼鶯中で授業を受けている間中、俺は延々竜退治の秘策を練っていた、
一応、授業内容は板書している。教諭が零した発言も、本人が「重要」と言ったものはノートにメモしている。
しかし、肝心の授業内容はサッパリ頭に入っていなかった。
後でノートを見返しておかないと。
自分の将来、「社会人となった自分」を想像すると、「それなりの成績は必要だ」という結論に至る。成績が良ければ、職業の選択肢が増える。その可能性を、今の社会が全力で保証している。
しかし、社会そのものが無くなってしまえば、ここまで耐え続けた苦労は何の意味も無い。それどころか、「今日」という日を生きて行くことすらままならなくなる。
人類の未来の為に、今の社会を維持する為に、誰かが勇者になるしかない。
俺に「その可能性」が有るならば、「やる」以外に選択肢は無い。しかも、「勝つ」以外の結果は認められない。それを強いた悪魔ユラも、俺が勇者に成ることを望んでいる――と、思う。
「玲君ならできるよ。勇者に成るのは玲君しかいない」
ユラは、俺と出会ったときから、俺に対する期待の言葉を告げていた。それらの言葉を聞いたり、想起したりする度、「やってやるぜ」とヤル気が湧いた。
今も、その言葉を支えにして、「うむむ」と唸りながら、無い知恵を絞っている。
俺は「授業中」といわず、休憩時間、昼休み――と、考えに考え続けた。しかし、中々良いアイデアは閃かなかった。
疲れた。
疲労したままでは良いアイデアは浮かばない。俺は慰労を企図して、昼休みに空模様観察を実行した。
今日の天気は――快晴。
空は真っ青で、殆ど雲が無い。見上げているだけで、心が晴れ晴れする。
「…………」
俺は茫洋と空を眺めながら、精神力を回復させていた。
すると、俺の視界に「飛行機」という邪魔者が飛び込んできた。
無粋だなあ。
飛行機は「キイイイイン」と騒音を撒き散らしながら、尻尾から白い筋、「飛行機雲」を吐き出して、青いキャンバスを切り裂いていた。
「…………」
俺は飛行機をジト目で睨んだ。その存在を疎ましく思った。
しかし、俺にとって、飛行機との邂逅は幸運だった。
ジト目で飛行機、及び飛行機雲を睨んでいる内、俺の脳内に天啓が下りてきた。
もしかして、ムラマサの魔法は「空」を斬ることができるのではあるまいか?
俺は残された時間全てを使って、ムラマサの新必殺の構想を練った。その果てに、終業間際で「これだ」と直感するものを編み出すことができた。それを試すべく、俺は放課後を迎えるや否や、啼鶯中学生生活に別れを告げて、武者修行の旅に出た。
決戦の場は、例によって魔界の色欲地獄だった。
このとき、俺は「見慣れた日本庭園」を想像していた。
ところが、ユラの部屋の先に待っていたものは、黄土色の大地が広がる「荒野」だった。
え? どこ? ここ。
俺は首を傾げながら周囲に視線を巡らせた。すると、離れた場所に「中世日本の城下町」を発見した。
あれって――色欲地獄か。
俺とユラは、色欲地獄の「郊外」にいた。その事実を直感した瞬間、ユラが声を上げた。
「今日からは、こっちで」
現地に着いてからの、唐突な場所変更宣言。理不尽だと思った。しかし、こうなった理由は、直ぐに思い当たった。
昨日、ドラゴンが城を焼いたよな。
色欲地獄城は再建中。その事実と、これから起こる出来事を考えると、「ユラの言うとおり、『ここ』でなきゃ駄目だな」と、首が曲がるほど頷かざるを得なかった。
「それじゃ――」
俺が納得したところで、ユラは俺から離れていった。所定の位置に辿り着いたところで、彼女は直ぐ様魔物を召喚した。
今日の俺の最初の相手。それは、山のように巨大な黒い蜥蜴だった。
いきなりドラゴンか。
ユラが召喚できる魔物の中で、「最強」の座に君臨する化け物。初戦の相手がそれである理由は、何となく想像できた。
こいつ以外の魔物は――まあ、うん。有体に言えば「俺の敵ではない」からな。
恐らく、「これ」が勇者に成る為の最後、いや、その一歩手前の試練。その事実を意識しながら、俺は「我が分身」である鎧武者を召喚した。
できる。俺なら、俺達なら勝てる。
俺は心中で自分を鼓舞しながら、鎧に向かって「秘策」を念じた。すると、俺の肉眼に映った鎧武者が、超速で振り返った。
「…………」
鎧は、何も言わなかった。実際、俺の聴覚は何も反応していなかった。ところが、
(本気か? 正気か? 馬鹿か?)
俺は「鎧の声」が聞こえたように錯覚した。それを意識した瞬間、俺は直ぐ様返答した。
馬鹿は否定しないが、マジです。
俺が念じると、鎧は「できるかなあ?」と言いたげに首を傾げた。それでも、鎧は俺の命令に従って、打刀を抜いて大上段に構えた。
その直後、ユラの涼やかな美声が荒野に響き渡った。
「それじゃあああ始めるよおおおっ!!」
「おっけえええっ!!」
ユラの最終確認に対して、俺は大声で返事をした。その直後、ドラゴンは背中の蝙蝠の羽を開いて、ロケット花火のように勢い良く飛び立った。
やっぱり、今日も「その手」で来るのか。
ドラゴンは、誰も手の届かない上空に舞い上がった。残念ながら、「生ける鎧」という魔物には奴を追い掛ける手段は無い。
しかし、俺に下りた「天啓」が正しければ、妖刀ムラマサには「空中の敵を攻撃する手段」が有った。
ムラマサっ――「空気」を斬り裂けっ!!
鎧は大上段に構えた打刀を振るった。その行為は、傍から見れば「頭上の空間を薙ぐ」という、奇妙な素振りに過ぎなかっただろう。
しかし、素振りではなかった。「俺が念じた対象」は、確かに斬れていた。
鎧の頭上の空間に「亀裂」が奔った。
亀裂は更に上へ、上空へと伝播した。その様子は、例えるなら稲妻。しかし、通常のそれとは進行方向が真逆だった。その光景を目の当たりにした瞬間、俺の脳内に新必殺技の名前が閃いた。
愛洲妖刀流奥義、「虚空剣真空斬り」っ。
俺が技名を念じている間に、真空斬りの凶刃は上空にいるドラゴンの左翼に届いていた。
そのまま斬り裂けええええええっ!!!
俺は「脳内の魔力」を総動員して、ドラゴンの翼、その薄膜に奔った亀裂に向かって念じだ。
すると、亀裂は遠目にも「それ」と分かるほど拡大した。その事実を直感して、俺は更に念を込めた。
しかし、残念なことに、ここで俺達の攻撃時間(ターン)は終了した。
ドラゴンは、翼を裂かれながらも大きく口を開いた。その奥から真っ赤な炎が噴き出した。
火山の大噴火。真下に向かって吹き上がる炎は、宛らナイアガラの大瀑布。その直下に、俺の鎧がいた。
しまったっ!?
俺の脳内に昨日の記憶、「一瞬で灰と化した鎧の姿」が閃いた。しかし、「それを知っている」という事実と、そのとき覚えた「悔しい」という感情が、俺に「悪足掻き」という選択肢を与えていた。
残り全ての魔力を懸けて、虚空剣――「火柱割り」だっ!!!
俺の悪足掻きに、鎧が全力で付き合ってくれた。
鎧は再び頭上で打刀を振り抜いた。その直後、炎の大瀑布が鎧を飲み込んだ。
「うわああああっ!?」
鎧のいた位置を中心に、辺り一帯が火の海に包まれた。その光景を目の当たりにして、俺は情けない声を上げてしまった。
負けた?
ドラゴンの炎を浴びた黄土色の地面はタールをぶちまけたかのように真っ黒に染まった。その光景は、俺に「鎧の最期」を直感させた。
しかし、俺は諦めが悪かった。
何とか何とかなんッとかあああ――何とか生きてっ!!!
俺は必死に念じながら、肉眼で鎧の姿を探した。すると――
いたっ!!!
鎧は健在だった。全身を真っ黒に庫が付かせながら立っていた。その事実を目の当たりにして、俺は「奇跡」だと思った。
しかし、奇跡を起こしたのは神様ではなかった。それを起こしたのは俺と鎧、そして、「ムラマサ」だった。
鎧直上の炎に「亀裂」が奔っていた。それを肉眼で視認した瞬間、俺は「炎の亀裂」に向かって念じた。
裂けろおおおっ!!!
天空から降り注いだ炎の大瀑布が、今度は地上から天空に向かって裂けていった。その先に火山の噴火口、ドラゴンの大口が有った。
炎の亀裂は、滞空していたドラゴンまで届いた。それに止まらず、開きっ放しの大口の中に飛び込んでいた。
斬って、斬って、斬りまくれっ!!!
俺は「ここが勝負所」と思い込んで、気が狂ったように念じ続けていた。その想いに、妖刀の魔力が全力で応えてくれた。
俺が念じていると、ドラゴンの喉に亀裂が奔った。それが拡大すると、中から炎が漏れ出した。
後で知ったことだが、ドラゴンの喉には炎を生成する器官、「火炎袋」が有った。それが、妖刀の魔力によって斬り刻まれていた。
ドラゴンの喉の亀裂から、炎と共に血飛沫が吹き上がった。
血飛沫は炎に焙られて蒸発した。しかし、炎の方は消えなかった。益々粗ぶった。そのままドラゴンの巨躯に飛び火して、各部位を焼き尽くしていた。
暫くすると、頭上から「肉が焼ける香ばしい匂い」が漂ってきた。それを嗅いだ瞬間、俺の腹が「ぐぅ」となった。
ああ、焼き肉食べたい。
俺は炭火で焙った肉を想像していた。すると、天空から「山のような焼肉」が降ってきた。
火球と化したドラゴンが、地上に舞い降り――いや、墜落した。
凄まじい衝撃が荒野を揺らした。俺は立っていることもままならず、情けなくも地面の上に尻餅を搗いていた。俺の鎧も、俺と一緒に転んでいた。
後から考えれば、「情けない格好を晒した」と、恥ずかしく思う。しかし、他所事を考えられる精神的余裕は、俺には無かった。そもそも、体裁を気にしている場合じゃなかった。
墜落し、地面を揺らした焼肉の山が、炎をまといながらユラリと立ち上がった。それを直感した瞬間、俺は鎧に向かって攻撃を念じた。
虚空剣真空斬りっ!!!
俺が念じると、鎧は打刀を袈裟懸けに振るった。すると、前方の空間に裂け目が奔った。
ムラマサが創った亀裂は、ドラゴンの喉を掻き切った。確実な致命傷だ。それでトドメを刺したはずだった。
ところが、ドラゴンはもげかけた首を捻りながら、こちらを向いて、炎に塗れた大口を開けた。
しまったっ!?
俺はドラゴンのブレス攻撃を直感した。
しかし、奴の炎が俺達を焼くことは無かった。
ドラゴンの口から吹き上がった炎は、本人の口の周りから燃え広がって、その厳つい顔を焼いた。
ドラゴンの顔は、そのまま焼け崩れた。それに遅れて、首、上半身、翼、下半身――と、次々崩れていった。
ドラゴンだったものは、「灰塵の山」になっていた。それは風に吹かれて、空気に溶けるように消えてしまった。
ドラゴンは、ユラの想像の世界に還った。その事実を目の当たりにして、俺は――
「…………」
無言のまま、茫洋とドラゴンが消えた辺りを眺めていた。
えっと、あれ? これって、俺が勝ったの?
最初、実感が全く沸かなかった。しかし、俺の本能は「勝利」を直感していた。
暫くすると、俺の心底から歓喜の気持ちが沸き上がってきた。それが募りに募って、終に臨界点を突破した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
俺は吠えた。すると、鎧が反応して、その右手に握ったムラマサの切っ先を突き上げた。それを見た俺は、鎧に合わせて右拳を突き上げた。
「えい、えい、おう。えい、えい、おおおおおおおおおおおおおっ!!!」
俺は勝ち鬨を上げた。鎧は無言ながらも、全力で応えてくれた。
かくして、俺達は「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)」の称号を得た。その事実は「俺が悪魔の試練を乗り越えた」という証明でも有った。
しかし、これで終わりではなかった。俺には未だ越えなければならない試練が残っていた。
その名も「勇者決定戦」。選ばれし勇者候補(人間)同士の――殺し合いだった。
第十二話に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます