第八話 魔王殺し
「『妖刀ムラマサ』って――」
「うん」
「何?」
当時(小学五年生)の俺にとって、「ヨウトウムラマサ」とは全く初耳の言葉だった。「分からないことを直ぐに聞く」という素直さは、俺の長所だろう。
しかし、この質問をしたことに関しては、悪手だった。
それまで笑顔だったユラの顔から、唐突に表情が消えた。
「え?」
俺の視界に映ったユラの美貌は、能面のような無表情になっていた。それを見た瞬間、氷の手が俺の心臓を鷲掴みにしたように錯覚した。
もしかして、俺は「ユラの地雷」を踏んだのか?
俺は怯えながらユラの様子を窺っていた。すると、能面の裂け目と化した口が開いて、そこから「無機質な音」が漏れ出した。
「今から話すことは、他言無用でお願い」
それは、確かにユラの声だった。しかし、その声からは全く感情を覚えなかった。宛ら「機械音声」といった印象を覚えていた。
一体、ユラはどうしてしまったのか?
これまで一度も見たことの無い、ユラの「裏の顔」。それを曝け出した理由が気になって仕方なかった。それを尋ねたい気持ちも沸いた。しかし、
「…………」
俺は何も言えなかった。ユラの迫力に気圧されていた。俺のできたことは、「黙って唯々諾々とユラに従う」以外無かった。
俺はユラから提示された「他言無用」の約定に、頷くことで同意した。すると、見詰める先の「裂け目」が開いて、そこから「他言無用の秘事」が紡がれた。
「これは、『私達の故郷』の昔話。でも――」
私達の故郷。その言葉は、俺に「魔界」を想起させた。その想像は、半分当たりで半分外れだった。
「この地球ではない、『別の星』の話だよ」
別の星。その言葉を聞いて、俺は自分の勘違いを直感した。しかし、「それ」がどんなものかと想像すると、俺には何も閃かなかった。そもそも、「別の星の魔界」のことなど、俺の知識に皆無なのだ。だからこそ、「それは何なのか?」と気になった。尋ねたい気持ちも沸いた。しかし、
「…………」
このときの俺は、俺にしては珍しく賢かった。学習能力が仕事して、沈黙を続けていた。
尤も、俺には「今のユラ」の話の腰を折る勇気は無かった。「死にたくない」という一心で、必死に自制していた。そのはずだった。ところが、
「魔界には、元々悪魔はいなかったの」
「?」
「そこにいたのは、玲君達みたいな『人間』だったの」
「ええっ!?」
魔界に人間が住んでいた。俺は「魔界は悪魔や魔王、魔物の棲み処」と思い込んでいた。その為、ユラの告げた言葉に違和感を覚えて止まなかった。その想いが、思い切り口から飛び出してしまった。
ああ、やってしまった。
俺は自分の失態に気付くや否や、直ぐに「お口チャック」した。すると、ユラは、
「…………」
チラリと俺を一瞥した。しかし、それだけだった。
ユラは、俺ではないどこか遠いところに視線を向けながら、俺達の知らない「魔界の過去」の続きを語り出した。
「私達の先祖であった人間は、様々な努力と試行錯誤の果てに、『想像を具現化する力』を手に入れたの。それが――」
想像を具現化する力。全く初耳の言葉ではあった。しかし、俺には「それ」と思い当たる節が有った。思わず手を上げて答えたい衝動に駆られた。しかし、その機会は得られなかった。
「『魔法』、或いは、それを可能にするエネルギー、『魔力』」
魔法や魔力を生み出したのは、俺達と同じような人間だった。その事実を知って、俺は人類の未来に希望を覚えた。俺の脳内に「天国のような世界」が閃いていた。
実際、魔界の人間達も全力で天国を創造する気満々だった。
「魔法を得た人間は、より多様な、より大掛かりな奇跡を望んだ。その為に、より多くの魔力を望んだ。だから――」
より多くの魔力を得る方法。それが何なのか、俺には分からなかった。しかし、答えは直ぐ目の前に有った。
「自らの体を変質させて、体内で魔力を生み出せる存在へと進化した。それが――私達、『悪魔』だよ」
「!!」
悪魔とは、人間の進化形態だった。
もしかして、俺達も悪魔になるのだろうか?
勇者を目指している身としては、複雑な気分だった。それでも、皆が幸せになる世界が創れるのならば、「それも良し」と思えた。
しかし、悪魔となった人間達が創造した世界は、天国ではなく「地獄」だった。
「悪魔となった人間は、凄く傲慢になったよ。自信が神のように錯覚して、世界を見下し、他者を虐げるようになったの」
「え……?」
進化した人間は、精神的に成長しなくなってしまった。そんな世界で、一体、誰が幸せになれるというのか?
俺が覚えた不安は、現実になった。
「誰しもが自分の都合を押し通そうとして、相争う羽目になったの」
魔界戦国時代。その結末を想像すると、俺の脳内に「滅亡」という最悪の可能性が閃いた。
しかし、そこは元人間。日本の戦国時代に「天下人」がいたように、魔界の戦乱を終息させる存在が現れた。それが――
「より強大な魔力を持つ者、より強力な魔法を使う者が、他の悪魔を従えた。その頂点に立った者が――『魔王』様」
魔王。その言葉を聞いて、俺は「白金の鎧をまとった騎士」を想像した。それは、「一応」正解ではあった。しかし、満点ではなかった。
「『六名』の魔王様が、世界を六分割して支配されたの」
「!?」
魔王は複数いた。その事実を知らされて、俺は驚愕して息を飲んだ。
あんな凄い人が、六人もいるなんて!?
俺達が知る魔王は、たった一人で世界各国を無力化した。それほどの力を持っているからこそ、他の悪魔達を従えることができた。
しかし、「魔王が複数存在する」という事実に付いて考えると、嫌な予感がしてならなかった。
俺と同じ不安を覚えた者は、魔王達の中にもいたようだ。
「魔王様方は、互いを脅威に思っていたの。だから、『他の魔王を制する力』を欲したの」
魔王を征する力。「そんなものが有るのか?」と考えると、「無い」と、全力で断言したくなった。
しかし、魔王の力は俺の想像力を超えていた。
「魔王様方が望むと、それは現れた。その『武器』の名を――」
魔王が創った、他の魔王を制する武器。それが何なのか興味を覚えた。「どうせ何も思い付かない」と思いながらも、駄目元で考えてみた。
すると、俺の脳内には一振りの「打刀」が閃いていた。
まさか、ムラマサ?
我が愛刀の名前を想像した瞬間、「最悪の忌み名」が耳に飛び込んできた。
「『魔王殺し』というの」
「!!!」
魔王殺し。魔王が支配する世界に於いて、「これ以上無い」といえる不吉な忌み名だった。それを聞いた瞬間、俺は強い忌避感と恐怖に襲われた。
その名前は、もう、本当に、嫌な予感しかしない。
正直、他所の世界のことはよく分からない。しかし、「魔王」というトンデモ存在を殺す武器となると、「核兵器以上にヤバいもの」と思えてならなかった。その直感は、残念ながら思い切り正鵠を射ていた。「有ってはならないもの」が存在した結果、「有ってはならない事態」が引き起った。
「その魔王殺しを使って、或る魔王が別の魔王を――『殺した』」
「!」
「その事件が切っ掛けになって、魔王様方は、それぞれの魔王殺しを使って戦争を始めた。その結果――」
俺は耳を塞ごうとした。しかし、間に合わなかった。
「魔界は滅んだのよ」
「!!」
「だから、私達は『ここ』にきた」
故郷を無くしたユラ達は、移転場所として「俺達の地球」を選んだ。その事実を知ってしまうと、俺の心中にユラ達に対する同情の念が湧いた。その一方で、真逆の感情が、より勢いを増して湧き上がっていた。
魔界が滅んだのは自業自得じゃない? 何でこっちに来るの?
悪魔と魔王の所業に対して、文句の一つも言いたくなった。しかし、それを許される立場に、俺達地球人類は立っていなかった。
「…………」
俺は文句の言葉を堪えた。その代わり、ユラを睨み付けていた。すると、それまで能面のようであったユラの顔に、感情の色が滲み出た。
ユラの眉が、「八」の字に歪んだ。ユラの口が、「へ」の字に歪んだ。
今のユラの顔を見ていると、「ごめんなさい」という幻聴が聞こえた。その声は、もしかしたらユラではなく「魔王のもの」だったかもしれない。
「魔王――私達の魔王様は、『地球人との共存共栄』を考えているの」
「共存、共栄」
「その為に、『障害になるもの』を排除した。その上で、人類に『恩恵』を与えた」
ユラが言った「障害になるもの」とは、各国が保有していた「戦力」だった。「恩恵」の方は、俺や他の勇者候補に与えられた「魔法」、若しくは「魔力」だった。
「玲君が召喚した魔物は、『生ける鎧』って言うの」
生ける鎧。その名の通り「鎧だけ」の魔物だ。それを召喚する能力を得たことは、俺にとっても、人類にとっても、進化に繋がる「大きな一歩」だった。
しかし、俺が悪魔から賜った恩恵は、「それ」だけではなかった。
「生ける鎧は、それ自体の戦闘力は低いの。だけど――」
ユラは、俺の鎧の右手、そこに握られた打刀を見詰めていた。その視線の意味が、彼女の口から零れ出た。
「妖刀ムラマサは、『魔王殺し』なの」
「えっ!?」
俺の直感は、当たっていた。ムラマサは魔王殺しだった。その可能性を予想していた。しかし、
「…………」
俺は強い衝撃的衝撃を受けていた。俺の思考回路が、再び短絡した。その為、後から聞いた情報は、殆ど俺の耳に入っていなかった。
「私が、『たった一つだけ知っている魔王殺し』」
「…………」
「ムラマサは、私の――ううん、『最初に殺された魔王様が創った魔王殺し』だよ」
「…………」
ユラが知る唯一の魔王殺し。それは、最初に殺された魔王の魔王殺しでもあった。その情報もまた、とても重要なものだった。
しかし、今の俺は「それ」に付いて考えられるほどの精神的余裕が無かった。
「何で?」
「ん?」
「なななっ、何で? どうしてっ? 俺がっ?」
俺は混乱した。訳が分からなかった。
そもそも、俺は人間なのだ。悪魔でもなければ魔王でもない。「勇者候補」と言われても、悪魔に魔力を貰わなければ魔法も使えない半端者だ。魔王殺しを創造する理由も、道理も、俺には全く思い付かなかった。
俺は混乱する余り、「なんで? どうして?」と喚き散らしながら頭を抱えて蹲った。
すると、俺の頭上から、ユラの嬉しそうな、それでいて、どこか不気味さを覚える朗らかな声が降ってきた。
「私の目に狂いは無かった」
「!」
「玲君は魔王――ううん、勇者になるべき存在なの。だから――」
抱えた頭付近に、ユラの気配を覚えた。顔上げると、ユラの顔が直ぐ目の前に有った。
「玲君」
ユラは、俺の前にしゃがみ込んでいた。その状態のまま、息が掛かるほど顔を近付けて、俺の向かって嬉しそうに声を上げた。
「絶対に、勇者になってね」
ユラは満面の笑みを浮かべていた。それは、真夏の向日葵のように明るく輝いて見えた。
しかし、それを見る俺の心境は、真冬の枯れ木のように陰うつになっていた。
俺は、とんでもないことに巻き込まれてしまったのでは?
俺は恐怖と後悔の念に駆られた。ユラに向かって「無理」とか、「嫌」とか言いたかった。
しかし、俺に許された選択肢は、最初から一つしかなかった。
「分かった」
俺達勇者候補は、「この世界」で人類に残された唯一の希望を託されている。無理でも、嫌でも、全力で前に進むしかなかった。
第九話に続く。
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