第六話 召喚魔法
俺とユラは「家の中」にいた。そのはずだった。ところが、ユラの部屋に入った瞬間、俺の視界に屋外の光景――「砂浜」が映っていた。
砂浜、いや、それと錯覚するほど広大な「日本庭園」だった。その周りをぐるりと見渡すと、俺の視界に白亜の城が飛び込んできた。
それは、中世日本の建造物、「城(平城)の天守閣」だった。
初めて城を見たとき、俺は時代劇の撮影所を想像していた。しかし、それは全くの見当違いだった。
そもそも、ここは日本ですらなかった。
ここは、「魔界」の東方に在る地方都市、「色欲地獄(アスモダイ)」。
俺の家(ユラの部屋)は魔界と繋がっていた。その摩訶不思議機構が、俺が家に留まらなければならない最大の理由だった。
ここ(色欲地獄城)が、勇者に成る為の修行場所だから。
白亜の色欲地獄城を中心とした地方都市。そこを俺の修行場所に選んだ理由は、俺の隣に立っている悪魔にとって、最も都合の良い場所だからだ。
色欲地獄城は「ユラの持ち家」だった。彼女は、この色欲地獄の支配者だった。
俺と同い年なのに、既に魔界の地方を任されている。その話をユラから聞かされたとき、俺はアングリと口を開けたまま、暫く間抜け面を晒していた。
どうやら、ユラは悪魔の中でも特別な存在のようだ。それがどんなものかと気になって、彼女に尋ねたことも有った。ところが、
「ふふっ、秘密」
教えて貰えなかった。これ以外にも、ユラの秘蜜は沢山有った。それに対して不満を覚えた。その溜まったうっ憤を、俺は「今から晴らそう」と考えていた。
そこに、隣のユラから声が上がった。
「それじゃ、早速始めよっか」
ユラは俺と繋いでいた手を離して、意地悪そうな笑みを浮かべた。その表情は、悪魔らしい小悪魔的な笑顔だった。それが目に入った瞬間、俺の背筋に氷のような悪寒が奔った。その感覚の理由が、俺の脳内に閃いていた。
ああ、これから「殺し合い」が始まるのか。
悪魔対人間。彼我の実力差を鑑みると、俺が負け、殺される可能性は高いと予想できた。しかし、それでも、
「お手柔らかに」
俺は、敢えて紳士的な態度で、悪魔の挑戦を受けて立った。すると、ユラは一層可笑しそうに口の端を吊り上げた。
「さって、どうしようかな?」
「…………」
ユラは思わせ振りな台詞を吐きながら、俺の許から離れていった。俺は遠ざかる彼女の背中を黙って見詰めていた。
ユラは、どんな対戦相手を呼び出すのだろう?
これから始まるのは、俺と、ユラが呼び出す魔物との戦闘だ。その事実を想うと、これまで戦った様々な魔物の姿を幾つも想起した。
大きいのとか、小さいのとか、不気味なのとか、格好良いのとか、手強いのとか、それほどのものでもないのとか――諸々。
俺が魔物い付いて考えている間に、視界に映ったユラの姿はドンドン小さくなっていった。
彼我の距離が二百メートルほど開いたところで、豆粒大に小さくなったジャージ姿の悪魔がクルリと振り返った。
「最初はあああ『何』があああ良いいい?」
ユラは大声を上げて、俺に「対戦相手」のリクエストを尋ねた。その気遣いは、嬉しく思った。それと同時に、少なからず恐怖も覚えていた。
ユラは幾つもの魔物を従えていて、それを自由に呼び出すことができるんだよな。
悪魔が使役する魔物を全て倒す。それが、魔王の提示した「勇者の証明」だった。
しかも、例え倒したとしても、まぐれは許されない。より強い魔物を召喚されたとき、まぐれは通用しない。
実力で圧倒するしかない。
俺は心中で「自分には、その力が有る」と言い聞かせ、自分を鼓舞した。その空元気を心の支えにして、本日の最初の対戦相手を選択した。
「『石人形(ストーン・ゴーレム)』でえええっお願いしまああああすっ!!」
石人形。それは、文字通り全身「石」でできた人形だった。
ユラが召喚する石人形は、全長三メートルほどもあった。しかも、「筋肉の塊」と錯覚するほどムキムキだった。その外観だけでも、「強敵、難敵」と直感できた。
ユラによると、「核ミサイルでも破壊できないほど強固」とのこと。絶対に、人間が敵う相手ではない。
しかし、俺は敢えて石人形を選んだ。何故ならば、俺には勝つ自信も、それを裏付ける必勝の策が有ったからだ。それを、これから「顕現」する。
俺は目を閉じ、大きく息を吸って心を落ち着けた。十分に心を静めたところで、脳内に一つのイメージを思い描いた。
それは、簡潔に言えば「鎧武者」だった。
武者の腰には一振りの「打刀」が差してあった。普通の鎧武者は「脇差」という刀も差しているのだが、俺のイメージのそれには無かった。
俺は「打刀を差した鎧武者」の姿を、精緻に、明確に、実在しているかのように想像した。
すると、俺の腹の底の奥で、「得体の知れない何か」が蠢き出した。それは、俺の体を這い上がり、終には頭、脳内に入り込んだ。
「!」
俺の脳内が「得体の知れない何か」で満たされた。その不気味な感覚を意識すると、胃の中から胃液が逆流し始めた。その不快感に耐えながら、俺は一心に鎧武者のイメージを念じた。
すると、俺の鎧武者に「得体の知れない何か」がとり憑いて、そのまま「一体化」した。
その瞬間、鎧武者が、俺の脳内から「外」に向かって飛び出した。
俺はユックリ目を開けた。すると、俺の視界に「さっきまで無かったもの」、或いは「有り得ないもの」が飛び込んできた。
それは、俺が想像していた「鎧武者」だった。その腰には一振りの「打刀」が差してあった。
俺が想像したものが具現化した。それは、紛れもなく「魔法」だった。
ユラ曰く、「召喚魔法」。それが、俺達勇者候補に許された、たった一つの魔法だ。
俺が念じれば、いつでもどこでも魔物が現れる。その可能性を想像すると、自分が人間を超えた存在のようと錯覚する。
しかし、勇者候補とは言え、俺は飽くまで人間だった。
俺が魔法を使えるのは、全て悪魔(ユラ)のお陰だ。
俺が鎧武者を念じた際、腹の底で「得体の知れない何か」が蠢き出した。あれが、俺の想像を具現化した主因だった。
あの「得体の知れない何か」は、魔法を発動するエネルギー、即ち「魔力」だった。それを持っているのは、現時点では悪魔と魔王だけ。
俺はユラから魔力を与えられて、それで漸く魔法を発動することができた。しかも、俺達勇者候補が呼び出せる魔物は、「たった一種類」だけだった。何故かと言えば、「そのように悪魔側で設定されている」からだ。その事実を鑑みると、「打倒悪魔など夢のまた夢」と言わざるを得ない。
しかし、今の俺には「もしかして」と期待できる可能性が有った。
それが、俺の召還した魔物、「生ける鎧(リビング・アーマー)」だ。因みに、俺は「鎧」と呼称している。
生ける鎧。それ自体は、実はそんなに強くない。鎧単体の戦闘力は石人形に遠く及ばない。その事実は身に染みて理解している。これまで何度も何度も何度も苦汁を舐めさせ続けられていた。
しかし、それでも、「勝てる」と確信する力が、「俺の鎧」には備わっていた。
今日こそは、俺は悪魔を超える。
俺は必勝を念じながら、「鎧の視界越し」にユラを見た。
俺と鎧は「五感を共有」できた。俺は主に視覚・聴覚・触角を活用しながら戦闘を行っていた。
鎧の視覚から、身長三メートルほどの巨人の姿を確認した。その瞬間、俺の脳内に奴と対戦した記憶が閃いた。
或るときは弾き飛ばされた。或るときは踏み潰された。或るときは握り潰された。或るときは――……もう、止めておこう。
記憶の殆どが敗北の瞬間ばかり。実際、対戦する度に敗北を喫し続けていたのだから、仕方ないことだと思えた。
しかし、全て今は昔の話。俺は必勝の策を発動するべく、鎧に向かって念じた。
十メートル前進して、その場で抜刀。
俺の肉眼に映った鎧武者がユックリ前進した。俺から十メートル離れたところで立ち止まり、ユックリ打刀を引き抜いて――「正眼」に構えた。
まるで、中に人が入っているかのような滑らかな動作だった。しかし、鎧の中には実は誰も入っていなかった。
生ける鎧とは、その名の通り「鎧だけ」の魔物だ。中身は伽藍洞だ。彼を動かしているのは、俺の魔力そのものだった。例え手足を千切られようと、頭を飛ばされようと、鎧は動き続けることができた。
しかし、「如何に致命傷を負い難い」と言えど、全身ペチャンコにされたら成す術は無い。それを可能にする力が、対戦相手の石人形には有った。
流石に掴まる訳にはいかない。その前に、決着を付ける。
俺は、鎧が持つ「打刀」に意識を集中した。その直後、ユラの声が耳に飛び込んできた。
「それじゃあああっ、行っくよおおおっ」
ユラの声が上がると同時に石人形が走り出した。
三メートルの石の塊が、地響きを立てて突進してきた。その様子は、俺に「トラック」とか、「新幹線」を彷彿とさせた。可能であれば回避したい。
しかし、それを許すほど、相手は甘くは無かった。
彼我の距離は二百メートル。そこを時速三百キロで走ったならば、「みはじ」で計算すると――ええっと、時速三百キロなら、分速五キロで、秒速八三三メートルだから――と、考えている間に、石製の巨人は鎧の眼前まで迫っていた。
「!」
俺は「死」を直感した。
しかし、俺が直感した運命は、「自分のもの」でもなければ、「鎧のもの」でもなかった。
斬れっ!!
俺は鎧に向かって念じた。すると、鎧は即座に反応して、打刀を超速で縦横無尽、滅茶苦茶に振り回した。
傍から見れば、鎧の行為は滑稽に、或いは気が狂ったかのように映っただろう。
何しろ相手は三メートル超の石製の巨人。そんなも化け物に対して鉄の棒を振り回して何になる? 質量差を鑑みれば、自ずと答えは導き出せた。
しかし、「そのように」はならなかった。
石人形は、鎧の手前で粉微塵、バラバラに分解されていた。
足といわず、手といわず、何もかもが、細切れになって宙を舞っていた。その様子を、俺は鎧の視覚越しに確認した。
その瞬間、俺の脳内に鎧が放った「技名」が閃いた。
愛洲「妖刀」流奥義、斬鉄剣微塵斬り。
技名は兎も角、現況を見た誰しもが「夢」と思い、視覚、或いは正気を疑うかもしれない。何しろ俺自身、初めて「この力」を目の当たりにした際、視覚を疑ったし、正気も疑った。
しかし、全て現実だった。それを可能にする力が、「鎧の打刀」に宿っていた。
ユラ曰く、「あらゆるものを切り裂く魔法」。
その魔法は、魔界でも他に類を見ない特別なものだった。それを宿した鎧の打刀には、特別な呼称が付いていた。
その名を、「妖刀ムラマサ」という。
ムラマサは、「もう一人の魔王」が創った、「魔王を殺す武器」だった。
第七話に続く。
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