第34話 悪役令嬢向こう見ず〜アイスティーを濁す〜

 あの怒涛どとうの自己紹介を聞き終えた後、例の悪役令嬢あくやくれいじょうはあっさり席をゆずってくれた。でもとなりにいる。うーん、入学式初日からこんな騒々そうぞうしい感じになるとは思わなかったため、座りながら机に伏せていた。


 すると、前のドアから突然、担任の先生がやって来た。教室にいる生徒たちは先生が入ると、すぐ静かになった。


(さすがザダ校。進学校だから、物分かりの良い生徒しかいないのか……? 大学で授業したときは、こんなすぐ静かにならなかった。)


 担任の先生も俺と同様のことを考えてたみたいだ。

 

「みんな、静かに……なってるな?! えらい、さすがA組! このクラスは一般科いっぱんかの中で一番頭が良いから、俺は大当たりだ〜。初めまして。俺の名前はホルム・ゴブリーン。今日からよろしくな!」


(教師って感じでハキハキしているけど、これまたイケメンだなぁ……)


 見た目は灰色の髪の毛に水色の瞳と優しそうでさわやかな印象を受けた。そんな担任にちょっと熱視線を送っている人物――俺の右隣に座っていた悪役令嬢あくやくれいじょうが俺の方を向いて「へぇ……顔は整ってるじゃない」と感想を述べた後、先生に大声で身柄みがらを聞き始めた。


「先生って、もしかして王族だったりしますかー?」

「初めまして、ケイ・クマリーさん。ご明答、俺は第11王子だよ。でもここは学校だから、王族とか種族は関係なく、全員平等に扱います」


 「わかりましたぁ」と言って第4王女のケイは興味をなくしていた。小声で「二桁ふたけたかぁ〜」と呟く。まぁ、俺も二桁ってことに不満はある。なぜなら、10という数字のせいで、研究所設立の許可がりないし……。それより、俺と担任は一個違いなのか……すごい奇遇だ。まさかの数字で、お隣さんだったとは。それに俺は彼女が先生の容姿を見ただけで、王族だとすぐ特定したことに正直驚いた。かなりの自信家だが、直感が優れているのかもしれない。


 その第11王子である担任は「そうだ!」と何かを思い出したのか――まとまったプリントを持って、俺たちに説明を始めた。

 

「さっき、校長から話があっただろう? 王位戦について、詳細が書かれた紙を今から全員に配ります」


 そう言って全員分のプリントを渡す。


「必要書類は申込書、部活動確認票、身上書、成績表、健康診断書の5点が必要になる。提出は王位戦初戦日おういせんしょせんびの2週間前だ。よく確認するように」


 俺はわずかでも可能性があるなら、挑戦したいと思い、書類の中身を確認する。申込書は名前を書けばいいだけだし、健康診断は受診すれば良いから――余裕だ。成績表は、実際に学校の授業を受けてみないとなんとも言えない。

 

 俺にとって、ややネックなのは身上書と部活動確認票だった。

 身上書には身内からのサインが必要になる。両親のうち片方に、サインを貰えればいいのだが……10歳の時に家を出されてしまったから、オッケーを貰えない可能性がある。

 それと、部活動確認票は5人以上所属する部活である事と注意書きされていた。俺の目論見もくろみとしては実験部みたいな部活を作って、一人で活動しようと思っていた。あまり人と話し合ったりしたいタイプじゃないからだ……。

 

 王位戦おういせんというバドル戦に参加することですら、億劫おっくうなのに、書類段階でも達成しないといけない案件が2点もある。


(これはんだ……まだ、なんとかなりそうなのは部活の人数か?)


 とりあえず、担任の説明が終わって休み時間になったら、アンズたちに何か部活に入るのか聞いてみることにした。



 キーンコーンカーンコーン。


 俺はまず、前の席に座っているアンズの肩を右手でぽんっと叩く。アンズは担任の説明が長過ぎて疲れたのか……寝ていたみたいだ。

 

「アンズー、アンズ?」

「きゃあー! どうしたの? アダム」


 アンズは驚いて、ビックリした顔をしながら、俺の方を向く。


「あのさ、アンズは部活なんか入るの?」

「えっ。私は軽音けいおんとか、音楽系の部活動に入ろうと思ってる!」

「そうか、歌のレッスン習ってたもんな。聴きたいなぁ〜」


 残念ながら、アンズは……俺が作ろうとしている実験部に入らなさそうだ……。

 一方、アンズは歌の話が出たことを恥ずかしく思ったみたいで、顔を隠している。


「アダム、ここで歌うのはさすがに恥ずかしいよ〜。でもどこかで披露するから、楽しみにして」

「へーい、了解りょーかい


 次は……俺の左隣に座っているサラに聞いてみるか。

 彼女はお腹が空いたのか、うさぎのポーチケースからチョコレートを取り出して食べていた。その様子を見ていたら、俺にチョコを3つ渡してくれた……なぜだ?


「サラ、こんなにいっぱいは食べない」

「あー、アンズちゃんとケイちゃんにも渡して〜」


 なんとアンズだけでなく、悪役令嬢あくやくれいじょうにも大好物のチョコレートを渡すのか――なんて人たらしだ。そう言われてしまったら、受け取るしかない。


「そうするよ。それよりサラは……部活、どこに入る予定?」

「ぼくは剣術部けんじゅつぶに入ろうと思ってたけど……。もしかしてアダムさんは部活を新しく作る予定を立てていて、人数が必要な感じなの?」


 サラはさっき配られた部活動確認票を見て、俺が王位戦おういせんに出たいことをちゃんと察したようだ。

 

「その通りだ……」

「そっか、いいこと考えた! 先生のところに行って、兼部けんぶできないか聞いてみるよ!」


 そう言って、サラはすぐ職員室に行った。


(さすが、こちらの男装令嬢は協調性がある上、行動力の塊だ。一方……)


 チラッと俺は右隣の悪役令嬢あくやくれいじょうを見る。すると彼女も俺のことを見ていたようで……。

 俺はとりあえず、サラが渡してくれたチョコをケイに渡す。うさぎの形をしているチョコレートだ。


「ふぅーん。さっきの男の子、ウサギみたいな……かわいい顔してたわね」


(意外だ。サラのことは『かわいい』と思うのか)


「それより、あんた。もしかして王位戦に出ようと思ってる?」


 ギクッ。


 俺は図星だったこともあり、全身揺れてしまったため、人の感情に鈍感どんかんそうな彼女にもバレてしまったようだ。


「やっぱり〜。アタシもあんたと同じ王族だけど、王位戦おういせんはパス! だって、相手は上位トップよー! 無理っしょ!」

「そうだー!」

「ケイさんのおっしゃる通り!」

「無理、無理ィ!」


 なぜか彼女だけでなく、前の席から男子生徒たちのヤジが入る。


「ホル先生や俺たち――悪魔族が王位戦おういせんに参加するっていうならわかるけど……。もしかして、人間の分際ぶんざいで、このイベントにチャレンジするわけ?」


 なるほど……こいつらは例の悪魔アクマ族なのか。俺は研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃ試験を受けた時に、初めて第5王子という王族かつ悪魔族である人物に会ったけど、彼は独特だった。彼らはその第5王子と比べると、大したことない気がするし、くっするつもりもない。

 

「受けるかは未定だが、誰だって挑戦する権利はあるだろう?」

「ウケるー! 前に座ってるのは……アンズ?ちゃんだっけ。あとケイさんもそのメガネから貰ったチョコレートじゃなくて、こっちを飲まない? アイスティーなんだけど……どう?」


 そうか――このクラスに女子はアンズとケイしかいないのか。それで、この悪魔たちは数少ない女性陣を狙っているのか。

 それにチョコレートは俺が渡したのではなく、そもそもサラが渡したものだ。色々勘違いされているし、なんでアイスティーを用意していたのだろう……。初対面の女の子に飲み物を渡すバカがいるのか?


 アンズは「いらない……。私、冷たい紅茶は苦手で……」と断っている。さすが、アンズだ。


 一方、悪役令嬢あくやくれいじょうは「気がくじゃない?」とそのコップを持ち始めていた。

 俺は『飲めばいいや』と思いつつも、ふととある疑念ぎねんいだいたため、彼女が飲む直前、魔法を使うことにした。

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