第26話 二人だけの秘め事

 ニボルさんから聞いた――サラが秘密にしていることは2つ。

 1つ目は、本当の性別は女の子だけど男の子として生きていること、2つ目はニボルさんたちと血の繋がりがないから、一般家庭の子ではなく、本当は貴族生まれのお嬢さん――つまり令嬢れいじょうということだ。その事実を知った俺は、彼女をよく観察してみた。すると、食事の仕方が綺麗で、どこか上品な仕草も見られたため、そうなのかもしれないと思うようになった。


「そうだね……。おじさんの説明通りの認識で合ってるよ。アダムさんは大丈夫だと思ってるけど、内緒にしてね!」

「もちろん。命の恩人であるニボルさんとオウレン先生の前で秘密は守るって言ったから、安心して。それにしても、なんで異世界転生したいと思ったんだ?」

「アダムさんやおじさんがかつて住んでいた世界も楽しそうだなぁと思って。この漫画とか見て、遊びに行きたくなったの――雀荘ジャンそうとか!」

雀荘ジャンそう?!」


 思わず、二人しかいないのに、ざわ……ざわ……とした空気感になる。

 

「うん。この世界に雀荘ってないんだよ」とサラはクスッと笑いながら、倉庫にある漫画を俺に差し出した。懐かしい見覚えのある麻雀マージャン漫画に俺は驚き、「確かにニボルさん、麻雀マージャンとか好きそう……」とつい本音を漏らす。


「おじさん強いんだよ〜。ほら見て、麻雀卓マージャンたくもあるよ!」

「おぉ……懐かしいな、こりゃあ〜。俺の妹も麻雀マージャン好きだったわ……」


(言われてみると前の世界で、俺も妹がいた時は人生楽しかったなぁ……)


 妹の話がまた出てしまった。妹は商業高校に通っていたこともあって、数学とか数字関係のゲームが大好きで、実家でよく麻雀を打ってたなぁ。サラのように妹も「大学生になったら、雀荘行きたい!」なんて言ってたから、思い出してしまった。するとサラが面白いことを語る。


「ねぇ。妹さんって、もしかしてさ、この世界にいないのかな? アダムさんの話を聞いて……ぼく、会ってみたいと思ったの! それに……一緒に麻雀したいかも!」


 あぁ……それはなんて夢物語だろう――俺だって会えるんだったら会いたいよ。

 

 でも……前の世界で彼女は死んでいるから、この世界にいる可能性はゼロではないのかもしれない。もしかして、俺の妹も女神様のお力で異世界転生してたりして……。いや、そんなご都合主義みたいなことが起きるのか?


 ひょいと横からサラが俺をのぞき込む。


「アダムさん、何か思い当たるふしがあるの?」

「すまん、つい……。確かにサラの言う通り、妹がこの世界にいる可能性もゼロではない。ちなみに雀荘ジャンそうは18歳以上じゃないと利用できなくて……俺の妹も行きたいって言ってたけど、17歳で亡くなった……」


 サラは驚いて、「そっか……」と言って項垂うなだれている。正直に話しすぎたと思ったが、時すでに遅し。

 「大丈夫か?」と声を掛けようとしたら、彼女は顔を上げて、自身のほっぺたをパンと軽く叩く。


「ごめん、ぼく無責任なことを言っちゃったかも。異世界転生したいなんて、軽々かるがるしく言っちゃった……だからこの願い事は無かったことにする。そうだ! おじさんから聞いてるかもしれないけど、ぼくは……18歳になるまでは男として生きるって決めてるんだ。18歳になれば、親権がなくなるからね。今の親権は本当のお父さんらしいけど……会ったことが一度もない。でもいいんだ、ぼくはおじさんたちといるのが楽しくて……。今は制約せいやくが多いけど、18歳を過ぎたら、自由に旅したい! それがぼくの夢! ごめん、長く話しすぎた……」


 俺も両親が毒親で大変だったが、彼女は明るく話しつつも……本当の家族のことで俺とは方向が違う深刻な悩みをかかえていそうである。それに18歳までって……そこまでバレずに性別を上手く誤魔化ごまかせれるのだろうか。


(まぁ、それを俺がとがめるのはおかしな話だしな……)


「そうだ、アダムさんはどんな夢があるのー?」

「そうだな、俺は……研究者として活動するだけでなく、いずれは自分で研究所を作りたいと思ってる。あとは……結婚したい。前世で結婚できなかったから、この世界で経験してみたい……」

「けっ、結婚けっこん?!」


 サラは予想外の回答に驚き、猫のようにニヤけながらも、少女漫画の女の子みたいなキラキラした目で俺を見る。


「アダムさんおもしろい。恋愛れんあいをすっ飛ばして、結婚したいなんて! いや、待って……よくある少女漫画の展開でさ、王子様は結婚相手がいること多いんだよ! もしかして婚約者さんがいるの?」

「いない。それにまだ、10歳だから……お互いこれからだろう?」

「そうだね。あっ! アンズちゃんって女の子から手紙をもらっていたじゃないか!」

「アンズは……幼馴染おさななじみだ」

「そうなの? じゃあ今日話したことは二人だけの秘密だね!」

「そうだな……」


 くしゅん!


 ふと風が入ってきたこともあり、サラがくしゃみをした。彼女は寒いのか鼻が赤くなっている。

 俺はふと思いついた魔法をメガネの両端を摘んで唱えることにした。


「女神様、使い捨てカイロを!」


 すると上から袋に入ったカイロがなぜか2枚落ちてきた。俺の分もどうぞってことなのだろうか? ありがたくいただくことにした。


「うわぁー。何これ? 」

「これはカイロと言って……こうやって開けて、シャカシャカ振ると温かくなる」

「本当だー! この仕組みは魔法? それとも科学サイエンス?」

「おぉ……! いい質問だ」


 素晴らしい着眼点ちゃくがんてんだ――思わず感嘆かんたんの声を出してしまった。

 

「ちなみに温かくなるのは、の方の化学反応だ。このカイロの中には鉄とか色々入ってる。やぶいて外の空気に触れることで酸化鉄さんかてつになるから、その反応で熱が発生してこうやって温かくなるわけだ」

「すごい……なんてわかりやすい解説! 。ありがとう! 寒くなったから、おうちに戻ろっか」


 そう言ってサラは家の方に向かう。

 一方、俺は女神様とのやり取りで聞き覚えのあるフレーズだったこともあり、立ち止まってしまった。

 

 女神様の名前を忘れてしまったが、自分のことを新人だと言っていた。そして、ニボルさんの言葉が頭をよぎる――「サラちゃんのお母さんは産後すぐに……事故で亡くなってしまったんだ」


(もしかして……って、サラの亡きお母さんなのか……?)


 なぜそう思ったか――二人とも目の色と話し方がとても似ているからだ。しかし、髪の毛の色が銀髪と黒髪で異なるし、女神と人間で二人の生きている世界線が違い過ぎる。流石に安易あんいすぎる発想だと思った俺は気のせいだと思い、彼女と一緒にニボルさん家へ戻った。

 その後、サラは「お風呂に入ってから2階に上がるね」と言って、お風呂場に向かった様子であった。俺も家に帰って寝ようと思っていたが、朝早くて疲れていたこともあり、ニボルさん家のソファでつい寝てしまった……。

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