第27話 酒は百毒の長〜研究王子の魂百まで〜<第一部完>

「オェエエエエ!」


 ニボルさん家のソファで寝ていた俺は誰かの吐いている声がして目が覚めた。時刻は午前2時を回ったところである。


(こんな夜中に誰だ……?)


 声がする方へ向かったところ、洗面所で吐いているニボルさんの姿が――二日酔いと言ったところだろうか?


「ニボルさん、大丈夫……じゃないですよね?」

「あっ、アダムくん……ごめんね。飲み過ぎて、あの……情けない大人で……」


 そう言いながら、にじのように吐いている。


(オウレン先生と2人で、赤ワインのボトルを1本全部飲んでカラになってたもんなぁ。そりゃあ吐くわ……)


 俺はニボルさんの吐き気がおさまるように、背中をさすりながら会話を続けた。


「いや、った場所が家でラッキーでしたよ」

「そうだね……嬉しすぎていっぱい飲んじゃった……」

「ニボルさん、まるで大学生みたい……」

「そうさ、僕の心は永遠の二十歳はたちさ……ヴッ」


 「二十歳はたちさ」と言ってるけど、吐いている時の声はおっさんである。でも……こうやって研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃの試験に受かったのはニボルさんのおかげだし、色々サポートしてもらったから、今の症状しょうじょうをなんとか緩和かんわさせてあげたい気もしてきた。


「ニボルさん。俺が今から水とビニール袋を持ってくるんで、そこで待っていてください」


 俺はすぐにキッチンへ向かい、目的の2つを見つけ出した。それから、ふと持ってきた白衣のポケットを探ってみる。何かを掴む感触があり、ごそっと音がした。取り出してみると――今のニボルさんにぴったりな薬が入っていた。白衣ごと手に持ち、そのままニボルさんのところへ向かう。


「ニボルさん、ありました」


「えっ?」とキョトン顔をするニボルさん。


「説明しますね、薬です。【沢瀉タクシャ】・【蒼朮ソウジュツ】・【茯苓ブクリョウ】・【猪苓チョレイ】・【桂枝ケイヒ】に【茵蔯蒿インチンコウ】――計6種類の生薬しょうやくから構成されています。これで吐き気とむくみが改善されるはず」


 俺は説明してから、ニボルさんに薬を飲ませた。説明を受けたこともあって、ニボルさんは落ち着きを取り戻した。

 

「ありがとう。すごいね、アダムくんは。お薬を持っているなんて……さすがだ。前世で薬剤師の資格を持ってたんだよね……」

「そうですね。まぁ研究一筋ひとすじだったんで、薬剤師っぽい仕事はあんまりしてないです……。それに今の俺の父親がアルちゅう野郎なんで、前のお家にいた時、よく作ってました。実際父親が飲んでたかは不明ですが」


 自分から始めて家族の話をしたかもしれない。それだけニボルさんに心を開いていた。なぜなら、この世界で俺が出会った同じ異世界転生者はニボルさんしかいないからだ。

 ニボルさんは水を飲みながら、俺の話を聞いて悲しむ。


「本当お家のことで色々大変だったんだね……。あっ、僕はアルちゅうじゃないからね!」

「それはいつもの生活を見てたら、わかりますよ」

「えへへ。ありがと! また横になるから、アダムくんも寝てね!」


 ニボルさんの顔色は、当初よりだいぶ良くなっているようだった。その言葉に甘えて、俺は再びソファで寝ることにした。



 そして、起床後にニボルさんの家を出ようとしたところ、洗面所に白衣を置きっぱなしにしていたことを思い出した。慌てて取りに戻り、ノックもせずに扉を開けた瞬間――お風呂上がりで上半身を何も身につけていないオウレン先生と目が合ってしまった。なんと先生の胸が俺の目の前に……本当はこういう時、すぐに扉を閉めないといけないが、前世の俺は女性だったこともあり、女性の体を見ることに抵抗がなかった。それに、胸の膨らみが前世の俺と全く同じ大きさをしていたため、おのれとの久しぶりの再会のように感じて、思わず「Bカップぐらい?」と本音をらしてしまった。


(ヤベッ……勝手にサイズを言ってしまった。それに今の俺は男だ! 目をらさないと)


 先生は驚いている上に、かなり照れている様子だ。お互いぎこちない雰囲気であるが、俺はすぐ近くに置いてあった白衣で顔を隠し、冷静をよそいながら対処する。


「えっと……すみません。あの、見なかったことにしますので……」

「あら、気にしなくていいのよ。あなた、前世女性だったんでしょう? でも……まさか、いきなり胸のサイズを当てられるとはね……」


 やはり俺の勘は大当たりであったが、当てられたことにやや不満な様子である。


「お気になさらず……俺も前世はBカップだったんで。胸って大きすぎると肩凝るらしいですよ、ちょうどいいと思います」


 さも、おっぱいの大きさだけが全てではないと包み込むようにフォローをしたところ、先生は思わず吹き出した。

 

「あなたって……そんなふうに言うところが面白いわね」

「いえいえ。それに先生は才色兼備さいしょくけんびです! いっぱいほこれるところがあります」


 俺は当たり障りなく、先生を褒めてこの場を乗り越えようとする。オウレン先生はそんな俺の無礼ぶれいに怒ることなく、くすくす笑っていた。本当に素敵な女性だ。

 

「いやー、本当にあなたらしいわね。でも、次はちゃんと声をかけてから入ってね? 私はまだいいけど、サラちゃんを見たら……」


(うん。素敵な先生だけど、サラのことになるとすごく圧をかけてくるなー)


 これ以上、穏やかなオウレン先生を怒らせるわけにはいかないと思い、「わかりました! じゃあ見なかったことにします! 失礼します〜!」と叫びながら、全速力で自宅に帰った。

 

 

 そんな感じで研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃの資格を取った後も、俺はニボルさん一家と楽しく過ごしながら、毎日自分の好きな研究と実験に没頭する生活を送っていた。

 ちなみに、研究取扱者試験けんきゅうとりあつかいしゃしけんで取り上げた毒キノコと食用しょくようキノコの違いについての研究結果はランプ市民のエルフ族だけでなく、人間など他種族の観光客にも大好評だったらしい。その影響で、キノコ取り名人が案内する「キノコツアー」が観光の目玉となり、ランプ市への観光客は激増。さらに、エルフのおじいちゃんことランプ市長の誠実で親身な人柄も後押しし、観光PRは大成功。市税もうるおい、街全体が活気づいている――素晴らしいことだ。


 

 

 それから5年後――15歳になった俺とサラはザダ校を受けて無事合格を勝ち取ったのである。

 研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃと剣術検定最上級保持者――お互い最年少資格保持者ということもあり、受験応募段階で大幅に加点されていたし、サラに至っては特待生枠で合格していた。特待生だと学費免除なんだとか――さすが貴族生まれのご令嬢だ。


(これを言ったら、本人がおこりそうだから言わない)


 ちなみにザダ校は4年制だから、その間、サラが女の子とバレずに男子生徒として乗り越えられたら良いのだが……大丈夫だろうか。ニボルさんからは「面倒をかけるけど、サラちゃんのこと見守ってくれると嬉しいな」とお願いされた。命の恩人からのお願い事だから、最低限サポートできることはしようと思っている。

 

 なお、本来であれば、ザダ校に行って合格発表を見に行きたかったところだが、風邪を引いて高熱を出して行けなかったため、残念ながらアンズには会えなかった。でも、サラがアンズらしき人物とたまたま会って会話をしたと言っていたから、受かっているのかもしれない。学校で会えるのが楽しみである……もちろん、彼女の歌も聴きたい。

 

 来月からはとうとうザダ校に進学できるのだ。俺は自宅の中で、いつものお気に入りの実験室にいた。今日もクッキーを食べながら、高麗人参茶コウライニンジンチャたしなむ。


 異世界転生して、こんなに充実した人生が送れるなんて思いもしなかった。


 でも、俺一人ではここまで達成することはできなかったと思う。10歳の時に実家を出されたのは不本意だったが、父親が購入していた家で一人暮らしをする中で、研究に没頭ぼっとうする時間が増えたのは事実だ。母親も口約束通り、毎月仕送りをしてくれたおかげで、ザダ校の入学金や授業料を問題なく払えた。王族に生まれたという背景は、間違いなく人生の大きなアドバンテージだった。

 そして、ニボルさん一家との出会いも忘れられない。あの時、図書館長のおじさんと仲良くならなければ、きっと叶わなかったえんだ。図書館長とは今もニボルさんを通じて手紙を交換している。遠く離れていても、つながりを感じられるのは幸運だと思う。


 振り返ってみると、これらの巡り合わせはすべて、女神様との契約があったからこそ始まった人生だ。本当に不思議なものだと思う。

 

 さて研究取扱者の資格を取った俺の次なる目標はザダ校で開催される王位戦おういせんにて、第10位からランクを1桁に上げる――それが研究所を設立するという夢を叶えるための道標みちしるべだ。

 

 どんな困難な試練があろうと、俺は必ず突破してみせる。この世界で、誰もが平等に過ごせる未来のために。


『女神様、引き続き俺のことをサポートしてください』と心の中で誓ったその瞬間、まるで女神様が後ろから「試験よく頑張りました! でも、これからはもっと楽しい人生を送りましょう。次は学園生活――あなたの青春を見届けるわ!」と言いながら、両手でグータッチして応援してくれている気がした。



 ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜転生王子:異世界研究の道を歩む〜 第一部完!

 

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