第23話 一期一会〜発表試験〜

 俺は試験部屋に入った。すると5人の審査員がいた。

 俺の方から挨拶する。


「アダム・クローナルです。本日はよろしくお願いいたします」

「若いねー!」


 俺が挨拶し終わった後、一人の若い女性から率直そっちょくに感想を述べられる。この問いかけに、何か返事をする必要はあるのだろうか。すると、筋肉質でがっちりした体格の男性が指摘をしながら自己紹介をしてくれた。


「オオバコちゃん。『若い』ってそりゃあ、アダムくんは10歳で未成年だからね。初めまして、バク・オーガーだ。さて早速だが、発表の方を……こら! そこの二人。これから発表なんだから、タバコとお菓子はダメだよ」


 注意されている二人がいる。


 (二人とも口にタバコを入れてるように見えるけど……?)


 一人の男性は海のような青い髪色と目をしている。独特な雰囲気をかもし出している彼は20代に見え、何より顔が整っている。口にタバコをくわえていたが、「そうやなぁ……」と言って、彼は魔法で水の入った灰皿ハイザラを取り出して火を消していた。言葉を言わないで魔法を使うことができるみたいだ。人間ではないのだろう。

 もう一人の男性はふっくらした中年だがタバコ……ではなく、ペロペロキャンディを食べていた。彼も言うことを聞くかと思っていたが……。


「えぇ〜。バク閣下かっかのイジワル! 極力食べないようにするけど、甘いものを食べないとさ、頭が働かないんだよ〜。彼の論文読んだけど僕すごく発表見たいなって思ったから、ちゃんと聞きたいんだ」


 バクさんは『閣下かっか』と呼ばれていた……。どこかの貴族なのだろうか。しかし、俺は呼び方より気になったことがある。


(俺が書いた論文を読んでくれたのか。そうだ、審査員のうち3人は研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃって願書に書いてあったな……)


「私も論文読んだよ! 確かに発表見たい!」


 オオバコさんという初対面で俺のことを若いと言っていた女性もそう言っている。それに便乗して「ワシも!」と言っているおじいさん――まさかのランプ市長がいた。俺の顔を見て、ウインクをしている。相変わらずお茶目ちゃめなおじいさんだなと思いながら、俺は白衣を身にまとう。そして演台えんだいにキノコだけでなく、毒キノコも広げて、審査員の前で眼鏡の両端を摘みながら魔法を唱える。


「女神様よ、試薬を!」


 すると俺の手に今回実験を披露ひろうするにあたり、最低限必要な試薬が現れた。


「そっか。人間やから、言わんと出てこないんのか……」と青髪のイケメンお兄さんがぼやく。俺は突っ込まれるだろうなと思っていたので全く気にしていなかったのだが、ペロペロキャンディおじちゃんが「いや……むしろ人間で魔法が使える能力者は五人に一人の割合だから、彼は優秀だよ」とフォローを入れてくれた。


 そんな個性あふれる審査員の前で、実際に試薬を塗った後の色の変化を見てもらいながら、発表を終わらせた。


 どうやら面白いと興味を持ってもらえたそうで――拍手を送られる。その後、5人の審査員からそれぞれ質問を受けた。

 

 まずは、この場で女性であるオオバコさんからだった。

 

「ねぇ! 毒キノコだって、どうやって知ったの? もしかして、自分で食べたことある?! おいしかった?」


 俺の発表が面白かったのだろうか……? テンションが高く、質問数が多い。まあ……これくらいの質問量なら、俺にとっては朝飯前だった。

 

「俺自身食べたことないですが……知った理由ですか? 俺の家の近くにエルフ族の人と人間がいて、2種族で同じキノコを食べた時、人間だけに嘔吐おうとなどの症状が出ていたので不思議だなと思って。そこから自分で研究テーマとして、キノコと毒キノコの違いについて、今回発表したという形になります」

 

 彼女は背中まで伸びている淡緑色タンリョクショクの髪の毛をいじりながら話を聞いた後、俺のことをめつつもまた質問をしてきた。

 

「そんな出来事があったとは。それで君はキノコについて調べたんだねぇ。実験方法だけでなく、実験に用いた試薬がどれも的確てきかくでバッチリだ。それに、ちゃんと根拠こんきょが記載されている――10歳、いやこの世界でここまで出来る子は君しかいないよ。どうやってこの知識を得たの?」

「図書館でいろんな本を読んだり、ネットで調べたり、あとは知り合いのドクターと話し合って知識を得た感じです。特に興味があることについては、深く掘り下げるのが好きな性分しょうぶんで」

 

 流石さすがに「異世界転生する前から研究者してました!」と言うわけにはいかないため、当たり障りのない回答をする。これで良いだろうかと思ったが、彼女は好奇心旺盛こうきしんおうせいでなかなか質問が止まらない。

 

「そっか。そこから君は色んな研究方法を試していったと。もし君が研究取扱者けんきゅうとりあつかいしゃになったとしよう――ルールや慣習にしばられず、新しい方法を試すことをどう思う?」

「そうですね。まず現状を徹底的に理解した上で、そのルールや慣習を根本から評価することは重要だと思います。実際に今回、俺はエルフ族の歴史や絵本を辿たどって慣習を把握できたんで。でも研究者になるのであれば、既存きぞんの枠組みを超えて新しい解決策を試し、進歩しなければならない。なので俺はこれからも挑戦します」


 「気に入ったー!」と俺に感心を持った彼女はまた質問をしようとするが、「オオバコちゃん。俺たちも質問するから、そろそろ引き上げてな〜」と隣にいる発表前までタバコを吸っていた方言をしゃべる青髪お兄さんに話を止められる。「ちぇー、わかったよー」と言って、オオバコさんは不機嫌そうにテーブルの上で肘をついた。そして、2人目の審査員から質問をされる。


「俺は第5王子のシアン。君は第10王子なんやろ? 種族が悪魔と人間とお互い異なるけど。王族同士仲良くしようなぁ。早速聞きたいことがあんねんけど……どうしてエルフ族の人の体を実験せんかったん? 王族の権力があれば……エルフ族を殺して、死体などから実験できたんちゃう?」


 なんと、その第5王子の言葉は倫理観りんりかんに外れていた。


(もしかして女神様が言ってた【悪魔アクマ】ってこんなやばいのしかいないのか? )

 

 しかし試験中であり、俺より順位が上の王子様からの質問という状況を考慮こうりょして、慎重しんちょうに返事をしないといけないと思った俺は相手を試すためにも逆質問ぎゃくしつもんをすることにした。


「その実験については倫理的な面を考慮して、考えていませんでした。もしかして、そういう方向で実験した方がいいとお思いですか?」

 

 するとその第5王子はニヤリと笑いながら、「君おもしろいなぁ。その質問は俺を悩ませるつもりなん?」と軽い感じで返された。彼がどういう考えの持ち主なのか意図がつかめないものの、この質問内容は研究取扱者として倫理観を持ち合わせているのか確認したくて質問したのだろう。

 俺も前世で研究員をやとう時に、研究者として最低限の倫理観があるか面接で確認していため、そういう背景をわかっていた俺は正直に伝える。


「いいえ。研究取扱者としての倫理観を確認する大切な質問内容だと認識しておりますので」

「倫理観の確認ね……なるほど。もしかして俺の倫理観も確認しようと思ってたん?」

「そうですね……あなたの雰囲気、俺と同様に研究者っぽいと思ったから聞いてみたって感じです」

「すごっ……!自分占い師もいけるんちゃう?」


 第5王子は俺とのやり取りを楽しいと思い始めたのか、前のめりでツッコんできた。なんというかオオバコさんとこの第5王子は研究者だなと思った。議論ぎろん好きで好奇心旺盛な性分なのか質問が多い。ちょっと疲れたなぁと思っていたら、ガタイの良いバク閣下かっかさんがフォローに入ってくれた。

 

「すまないね、アダムくん。疲れてきただろう。一点だけ質問しても良いか? 今後研究取扱者として、どのように貢献していきたいか教えてくれないか?」

「俺は研究取扱者として、新しい視点から問題を分析し、未解決の課題に取り組んでいきたいです。常に現存する理論や概念に対して疑問を持ち、再度検討することで新しい発見ができ、どの種族にも貢献できると思うんです」

「すごい心構えだ。アダムくん、何の分野に興味があるのか聞いてもいいか?」

「はい。俺は……特に薬学や科学の分野において、新しいデータや理論を提案したいと考えています。それに共同研究を通じて、他の研究者の方々とアイデアを交換し、相互に刺激し合うことも重要だと思います」

「いやぁ。アダムくん、本当に10歳? 自分のことだけでなく、他者と協力し合うことも考えていて素晴らしい。うちの息子よりしっかりしてるなぁ……」


 しまった。つい自分のことについて、10歳だという建前たてまえを忘れて熱弁ねつべんしてしまったと反省したところ、4人目の審査員がペロペロキャンディを食べ終わったのか棒を取り出して、バクさんに相槌あいづちを打ちながら質問をする。

 

「そうだね〜。バク閣下の言う通り、アダムくんはしっかりしてるよ。僕の名前はニカ。同じ研究者として、僕も聞きたいことある。君が考える理想的な世界はどんなものなんだい? どの種族にも貢献したいと言ってただろう?」


 もうここまで本心を伝えてしまったからには……俺は異世界転生して叶えたいと思っている世界について、想いを公言することにした。

 

「理想的な世界は、種族に関係なく、すべての人が平等かつ自由に自分の考えやアイデアを表現できる環境だと思います。知識と情報がオープンに共有され、異なる視点でも尊重そんちょうされる社会が理想的です。科学や技術が進化し、人々の生活が向上することも重要ですね」

「こりゃあ、驚いた。研究者のかがみみたいだ」

「褒めていただき光栄です。あっ、一点補足させてください。その世界を実現する際には倫理的な側面も必要です。知識の使い方や、他者への配慮が欠かせないと思います」


 そう言いながら、第5王子の方をチラッと見たところ、「せやなー」と心にこもってない感じでつぶやいていた。

 

「いい考えだ。僕は吸血鬼きゅうけつき族なんだけど、僕たちの種族だけ唯一ご飯を食べることができなかったんだ。僕はそれが嫌でさ、吸血鬼でもご飯が食べられるようにワクチンを開発したんだよ。それでこうやって、このキャンディも食べられるのさ」


 そう言って、吸血鬼族のニカさんは新しいペロペロキャンディを取り出した。ワクチンか――薬学に通じるものがあって面白いと思った。それに俺はこの場で、どの審査員に対しても一貫した価値観を伝えるだけでなく、自分の考察も正確に回答できたため、自信が確信に変わった。

 審査員全員が俺の発表だけでなく俺の思想についても、無我夢中むがむちゅうになっている――そんな気配を感じた。

 

 最後に5人目の審査員ことランプ市長からは謝礼シャレイと俺自身に関する質問をされた。

 

「ふむ。歴史のことをしっかり理解した上で、ランプ市にある全てのキノコを調べてありがとう。きみのおかげでキノコを選別できるようになったから、人間の方々が今後ランプ市へ観光に来た時、安心してキノコ料理を食べることができるのぅ。ところで、君はこういう実験や研究をして、苦痛に思わんかったかね? ワシは研究とか苦手なタイプだから気になったのじゃ」

「いや、苦痛に思ったことは一度もないですね。新しい発見ができると思うとワクワクします」


 これは偽りではなく、本心だ。俺にとって、研究者は天職なのだから。


 俺の回答に、ランプ市長は目を見開いていた。

 

「落ち着いてるように見えて、自分の興味があることについては情熱的……はは。やはり君は素晴らしいのぅ! ありがとう。これで試験は終了じゃ。結果が出るまで、待っとってくれ」

 

 そう言われた俺は「ありがとうございました」とお礼を言ってから、部屋を退出した。


(最後まで発表できたし、論理的な思考を踏まえて自分の意見をしっかりと伝えたから、好印象を与えることができたのでは?)

 

 そう思いながら、結果が出るまで指定された待合室でぼーっと椅子に座って待つことにした。

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