第21話 論文提出〜匂い松茸味しめじ〜

「女神様、白衣を!あと試薬と実験道具も!」


 そう言いながら俺は出現した白衣に着替えた後、収集したキノコを使って、研究室での実験を開始した。早速、成分分析セイブンブンセキや毒性の検証けんしょうを通じて毒キノコと通常のキノコの違いを明らかにしていった。面白いことに日本で馴染みのあるキノコしかなかったため、調べるのは簡単だった。

 まず、通常のキノコはえのき・しめじ・しいたけ・まいたけ・なめこ・ひらたけ・きくらげ・まつたけの8種類である。どれも食べられるし美味しいから、あとでニボルさん家に提供しようと思う。

 次に毒キノコだが、ツキヨタケ・クサウラベニタケ・ベニテングタケ・ドキツルタケの4種類である。

 ちなみにツキヨタケはひらたけ・しいたけに似てるし、クサウラベニタケはしめじに似ている。ベニテングタケは俺たちがこの前遊んだゲームに出てくるキノコのモデルになっているくらい毒々しい見た目をしている……。このキノコは前世で見る機会がなかったから、初めて見た。ドキツルタケはまつたけにそっくりだ。

 全12種類のうち4種類は毒キノコだから、人間だと食べられない。確かにエルフなら毒に関係なく全部食べることができるのだから、種類の詳細までは知らなくてもいいよなぁ……と改めて思った。しかし、人間は死ぬ場合もあるからそうはいかない。

 

 全12種類のキノコを特定してから、名人に貰った地図を確認したところ、面白いと思ったことがある。

 毒キノコが生えている場所がとある山の森林だけなのだ。どういう理屈でここにだけ現れてるんだろうか?

 ここは異世界だから、魔法が関与している可能性もゼロではない。エルフ族による魔法の影響を受けて毒性を帯びるのか、それともエルフの魔力が多く集まる場所でしか生成されないという環境要因によるものなのか。


(なんだろう……まるで、ファンタジーらしい科学の謎解きをしているみたいだ)


 気になりつつも考えていてはキリがないと思い、理屈についてはエルフ族のオウレン先生に聞けばいいと判断した。

 

 そして、早速俺はニボルさん家へ向かうことにした。サラとオウレン先生が「こんにちは」と出向いてくれた。中に入ると…………俺の大好きなクッキーの匂いがした。サラに思わず聞いてみる。

 

「もしかして……クッキー作った?」

「すごい嗅覚きゅうかく! クッキー大好きなんだね。作ったよ! 本当はね、今からアダムさん家に届けようと思ってたんだよ。来てくれてありがとう、アダムさんの分用意してるよ」

「食べる!」


 俺はオウレン先生に聞きたいことがあると思いつつ、すぐにクッキーを食べることにした。一方、先生は俺のソワソワしている様子に気づいたのか、俺にこう言ってきた。

 

「アダムくん、私に質問があってここに来たんでしょう?」


 俺はモグモグ食べながら、「あっ、はい」と即答そくとうする。


(オウレン先生は俺の顔を見て分かっちゃうんだよなぁ〜。次にわかった理由を教えてくれるんじゃあないかな?「そうね」って言いながら)


「そうね。玄関であなたの顔を見て……ずっと考え事してたから気づいたわよ」

「オーちゃんも思ったー? そろそろ論文提出のお話が出ると思ってたんだ〜」


 俺もオウレン先生のパターンは把握できるようになったが、サラの口から出た「論文提出」のキーワードに驚く。そんな俺はクッキーを喉に詰まらせて、「ゴホッ」とビックリした声を出してしまった。サラは「あっ、大丈夫ー?」と言いながら俺に飲み物を差し出してくれた。

 サラはまだ子供だから、色々幼い。一方、『論文』とか10歳は絶対に知らないだろうっていう単語を理解している。それに何を言うか予想できないことが多々ある……。


(まるで例の女神様と会話してるように錯覚さっかくするんだよなぁ)


 そう思いながら俺とサラが話している様子を見て、オウレン先生はツッコミを入れる。


「サラちゃん! 図星ズボシよ、それは……」

「へっ、そうだった?! でもアダムさんなら最年少で合格できるって思ってるし、ぼくも今回剣術検定けんじゅつけんていに受かりたい。頑張るよ〜!」

「おぉ……。一緒に頑張ろうな」


 彼女も今回で受かりたいのか気合を入れている様子だった。ちなみにクッキーだが、ココア味で美味しすぎて完食した。それにずっと箱詰めで実験をしていたため、甘いものを欲していた俺にとってクッキーは最高のご褒美だった。


「そうだ! ぼくは二階で勉強するから、2人はリビングで話し合っていいよ〜」


 そう言ってサラは階段を上っていった。俺はクッキーのお礼を伝えて、オウレン先生と一緒に彼女が上がる様子を見届けた。


「サラちゃんね、あなたに色々助けてもらったからって言って今日クッキーを作ったのよ。かわいいよねぇ」


 知らなかった。もしかしてサラは色々迷惑かけたと思って、気にしてしまうタイプなのだろうか? それに前から思っていたが、オウレン先生はサラのことをかなり溺愛できあいしているような……。


「そうだったんすか……むしろ、サラはかなり気を遣ってくれてる感じがします。そうだ。俺のこと、さん付けだし……」

「色々気配りができる子なのよ、サラちゃんは。あっ!さん付けしてるのには理由があるのよ。サラちゃん曰く、『この世界へ来る前に生きていた年数も含めるとぼくよりお兄さんだ! だからアダムさんって呼ぼう!』って言ってたよ。それでじゃない? でも敬語は使ってないから同級生だと思ってるし、名前だけでもって感じなのかもね。うちのサラちゃん、かわいい……。そうだ、差し支えなければ……あなたここに来る前は何歳まで生きてたの?」


 なるほど。俺が異世界に来る前の年数も踏まえてくれて、年上だと判断したってわけか。面白い着眼点ちゃくがんてんだ。それに、やっぱり俺の予想は当たっていた。オウレン先生はサラのことを娘のように可愛がっているみたいだ。そんなオウレン先生は前世での俺の年齢を聞いてきた。俺も先生の年齢を知りたかったから、女性に聞くのは失礼かもしれないが、聞いてみることにした。


「35歳です、ちなみに先生は?」

「そっか……。えっ、私?! 32よ。私はエルフだし、まだ若いからね!」

「あっ、先生は20代でいけますよ」

「えぇー! 本当に」


 オウレン先生は喜んでいた。確かに見た目は20代っぽい。精神年齢はちゃんと32歳で大人なんだろうけど。お互いの年齢を知ったことだし俺は話を切り上げて、ランプ市の地図を取り出して質問を開始した。


「先生、すみません。この付近にだけ、毒キノコが生えていることがわかりました。何か理由があると思うんですが、わからなくて……」

「そうなんだ……。すごい、よくここまで分かったね。そうだ、『エルフのキノコ伝説』って児童書は読んだ?」

「あっ、それはサラの部屋に置いてあったので読みました」

「えっと、その物語の主人公はエルフの子でさ、外からやってきた悪者が住んでいた森を荒らして、動物たちを追い出そうとするじゃない。それで主人公が神聖なキノコを食べて、森を守るために立ち上がるってシーンがあったでしょう。その住んでいた森は……まさにその毒キノコの生えている場所がルーツなのよ」


 「面白い」と素直に感想を述べる。児童書だけど、ちゃんと根拠があるとは思っていなかった。

 

「しかもその森がある【三族山さんぞくやま】って、ちょうど他の種族が住んでいる地域と境目なの。エルフ族以外にも鬼族と吸血鬼族が住んでたから、どう領土を分けるか大変だったんじゃないかな、昔は。そもそもこの国ってエルフは昔からいたんだけど……悪魔とか他の種族が増えてきて、土地の奪い合いが起きたのよ。でもエルフの人たちはその三族山さんぞくやまにはとても思い入れがあったの。だから、毒キノコが生えたんじゃないかしら?」

「わかりました。それって魔法の影響とか関係ありますか……?」

「まぁ、魔力の影響はあるかもしれないけど……その魔力との関係性については何もわかっていないわ。それに人間は魔力がないから、それを論文に書くとむしろ発表の時にツッコまれると思う。書かないほうがいいかも……」


 まさか、そこまでハッキリ言われるとは思っていなかったため、聞き直すことにした。

 

「魔力? 俺自身、魔法を使うことはできますが……それは違うってことですか?」

「そうね。魔法が使える時点で才能はあるんだけど、魔力って……人間以外の種族しか持たない能力なの。えっと、エルフとかが魔法を使う際、声に出して唱えないのは魔力があるからなのよ。その話って聞いたことある?」

「あー。確かサラと一緒にパソコンで調べたら、人間は道具を使って口頭こうとうで魔法を唱える必要があるって書いてあった気がします。そういうことだったんですね……。人間にとって、この世界は生きづらい世の中ですなぁ〜」


 何が平等社会だ――女神様はどうして俺をこの世界に案内したのだろうか?

 ふと下を向いてしまう。しかし、オウレン先生は「こっちを向いて」と俺を見つめながら言う。


「でもあなたには誰も真似できない研究者としての好奇心と探究心があるじゃない? だからこそ、今回の試験であなたの素晴らしさを他の種族にも知ってもらいたいと思ってる!」


 珍しくオウレン先生が熱弁ねつべんしている。それに便乗して、「ぼくも同意見!」とサラがひょこっと後ろから現れる。どうやらいつの間にか階段を降りていたみたいだ。

「あら!」と驚くオウレン先生。


「ごめん……途中からお話を聞いてた。それに人間だからって……種族にとらわれる必要はないんだよ。種族より大切なことは自分が何してきたかとかどういう人物なのかってことを知ってもらうことだと思うんだ! だって、ぼくはアダムさんを……人間だとか王子様だって意識したことは一度もないよ」

「確かに。サラの言うとおり、個人の行動や性格が重要ではある。でも種族や歴史的な背景を完全に無視することはできないのかもしれない……」


「そっか……」と言って、『アドバイスしたけど、ちょっと的外まとはずれなことを行ってしまったのかな……』という表情をしてへこむサラ。そんなサラの様子を見て、オウレン先生は膨れっ面ふくれっつらで俺をにらんでいる。


(しまった、俺の言い方が悪かったかもしれない……)


「いや、俺のことを分かってくれてそう言ってくれたんだろう。それに今日二人からいいアドバイスをもらったから、それを発表で積極的にアピールしたいと思う」

「そうね……!サラちゃん、私たち良いこと言ったわ!」

「本当にー?! それなら良かった!」


 そんな感じでオウレン先生とサラをなだめてから、俺は自宅に帰ったのである。


 オウレン先生から人間はそもそも魔力を持っていないという背景を知ったため、論文には魔力のことは触れない方向で作成することに決めた。残念ではあるが、エルフ族の歴史を理解できたので、そういった背景を書いていければいいと切り替えることにした。そして、キノコ全種類の特定もできたことから自分の実験研究に関して、いよいよ論文の執筆シッピツに入った。


 まずは序論じょろんを執筆し、続いて各章を段階的に書いていく。この過程で、参考文献さんこうぶんけんからの引用インヨウを用いながら、自分の研究がどのように先行研究せんこうけんきゅうと異なるのか記述していくことにした。まぁ……キノコの研究してる人間はこれまでにいなさそうであった。文献ぶんけんとか見ても、エルフ族しかいない。


 (だから、あのキノコ名人は俺のことを見て感動したってわけね)


 逆にいうと……エルフ族以外の種族にはなかなか理解されにくいかもしれないため、「序論じょろんはしっかりと背景を説明しておかないとな〜」と思いながら、集中して文章を構成していった。単なるキノコの種類について述べるだけでなく、エルフ族の人々が支えてきた自然と歴史の共存についても触れることにした。「この研究が、エルフの文化と人間との関係を変えるきっかけになるかもしれない」と思いながら、俺は論文を完成させ、無事提出した。あとは1ヶ月後の試験に向けて、研究発表の準備を開始した。

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