【研究取扱者試験編】

第19話 人間の芋づる、エルフの引き倒し〜湯の辞儀は実験になる〜

 論文提出に向けての2ヶ月はあっという間だった。

 

 俺は地元の図書館の書庫へ向かい、必要な資料を集めた。図書館には歩いていける距離ではなかったため、ニボルさんが都度車で送迎してくれた。図書館で本を借りた後は、自宅に戻って一通り内容を確認した。『この本は理論の補強に使える』『このデータは考察部分で引用しよう』といった形で使える文献ぶんけんについては判断できるよう、付箋ふせんにメモを書いてひたすら貼り付けていった。使わない書籍については、サラがニボルさんと出かける予定がある時に図書館へ寄ってくれてたそうで……返却してくれてたみたいだ。文献ぶんけんを元に自分の仮説を立てた後、オウレン先生と一緒に決めたテーマである『エルフ保護地域にある毒キノコとキノコの違いについて』に基づいた研究計画を練り、調査を行うことにした。

 

 そこで、俺はニボルさんと一緒に、エルフ保護地域にあるニボルさんのご両親宅におもむき、現地でキノコを採集し始めた。キノコの毒性は実験してみないとわからないため、持ち帰る必要がある。早速、その様子をエルフ族に見られていた。許可を取ってキノコを採取していたのだが、エルフ族のおじさん達は人間など外部の種族に対して警戒心が強いのか俺に声をかけてきた。

 

「そこの君! 君は人間なのか? なんでさっきからずっとキノコを採取してるんだ?」

「俺は人間で、今は調査研究をしているところです。なぜキノコを取っているのか――それは人間にとって毒キノコであるキノコをエルフの人たちはなんで食べられるのか、それを俺は知りたいんです」

「は? 何を言ってる……俺たちを馬鹿バカにしてるのかよ?」


(げっ……馬鹿にしてるつもりはないんだけど)


 俺は研究者っぽい理屈な話し方をしてしまうせいか誤解されやすい。この感じだと討論になりそうだなぁと思っていたが……ニボルさんが間に入ってくれた。

 

「皆さん、こんにちは。彼はエルフ保護地域であるランプ市の観光化に向けて、人間の方も気軽にいけるよう研究してくれてるんだ」

「ニボルさん、こんにちは。そうかい、観光が盛り上がるといいと思ってたんだよ。それはありがたい。せっかくだから温泉に行ってきなよ!」

 

 よかった。ニボルさんが話をうまくまとめてくれたおかげで、エルフ族の人たちが認めてくれたから調査を続けられそうだ。俺はニボルさんに「お手数おかけしました」と伝えた。するとニボルさんからこんな提案をされた。


「ねぇ、せっかくだから温泉に行かないかい!」


 俺は、突然の提案に少し戸惑いつつも返事をした。

 

「うーん……温泉? 正直、あんまり人が多いのは得意じゃなくて……。でも、静かでリラックスできるなら悪くないかもしれないです。温泉で何か話したいことでも?」

「そうだね、こっちに来てから温泉行ったことないでしょう? なんだかリラックスしたいな〜と思ってね。僕も人混みが苦手でさ、人がそんなにいない秘境の温泉に連れてってあげる!」

 

 言われてみれば、温泉自体この世界に来てから一度も行ってない。お誘いに乗った俺はニボルさんと一緒に温泉へ向かった。確かに俺たち以外には誰もいなかった。


 ふと気になったことがある。


(ここの温泉は酸性なのだろうか――それともアルカリ性?)

 

 好奇心に駆られた俺は、温泉だから眼鏡を頭の上に掛けていたが、メガネの両端を摘んで魔法を唱えてみた。


「女神様、pH試験紙しけんしを!」


 すると、目の前にpH試験紙が現れた。『女神様、いつもありがとう。俺は今から温泉でリラックスしますよ〜』と心の中で呟きながら、測ってみることにした。

 その様子を見て、ニボルさんは苦笑いしている。


「アダムくん、せっかく温泉に来たのに実験かい?!」

「ニボルさん、おもしろいことが分かりますよ……」


 そう言って、俺は手に持ったpH試験紙を温泉に入れる。そして、その紙全体をひたした後、紙の真ん中に現れた色を見て、酸性それともアルカリ性なのか確認した。


「ふぅーん……水色なんで、アルカリ性ですね。肌がツルツルするんで、俺の好きなタイプの温泉です」

「へぇー! おもしろいね! 確かに肌触りがいいんだよ〜」

 

 ニボルさんもノリノリで話を聞いてくれた。

 ここの温泉は無色透明むしょくとうめい、そして無味無臭むみむしゅうなので匂いもしない。さて、温泉の特徴がわかったことだし、ゆっくりかることにした。久しぶりの温泉で思わず「はぁー」とお腹の底から声を出してしまった。ニボルさんは笑いながら俺に質問をしてきた。

 

「ねぇ、アダムくんはさ、今好きな人っているの?」

「えっ。いませんが、突然恋バナするなんて……どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ〜。確かにまだ10歳だから、これからだよね」


 突然恋愛の話をされるとは思っていなかったため、何か裏でもあるのかと勘繰かんぐってしまった。

 そもそも気になっていたことがある。


(ニボルさんって結婚してるのか? せっかくだし、聞いてみよう)

 

「あの、失礼なことを聞くかもしれないんですが、ニボルさんって結婚してるんですか?」

「いやぁ……。実はさ、好きな人はいて婚約こんやくまではしたんだけど……いろんな事情が重なって結婚しなかったんだ」

「あぁ……大変だったんですね。そうだ。前世では俺、独身どくしんでした」

「一緒だね、僕もだよ〜。しかも僕はこの世界でも独身なんだ。大丈夫。アダムくんは頭が良いからモテるよ〜。気になる人がいたら、教えてね」


 意外だった……。ニボルさんが独身だったとは。サラの面倒を見ている様子から既婚者きこんしゃっぽい余裕があるなとは思っていた。

 そもそも今の俺は試験に受からないといけないため、恋愛どころではない。

 

 すると、ガラリと誰かが入ってくる音がした。エルフ族のおじいさんがやってきた。


「おやぁ……珍しい。先客がいらっしゃるのは」


 その声を聞いて、ニボルさんは「こんにちは、お邪魔してます」と丁寧に挨拶をしている。エルフのおじいさんは俺のことをじっくり見て、話しかける。


「あれ? 君は初めてお会いするんじゃないかね〜?」

「初めまして。アダムです。キノコの調査研究でこの地域にお邪魔してます」


 俺はリラックスしていたため、あまり角の立つ発言をしないで、自分のことをスラスラ話した。


「おぉ〜。面白いことをしてるのぅ。確かに、キノコはこの市の産地なんじゃよ! なぜキノコに興味があるのじゃ?」

「研究取扱者の試験がありまして……それで研究テーマを『ランプ市におけるキノコと毒キノコの違い』についてしようかなぁと思いまして」

「アダムくん、正直に話し過ぎだよ! そのテーマをエルフ族の誰かが真似するかもしれないよ」


 ニボルさんの言う通りだ。俺はおじいさんだから言っても大丈夫でしょうというノリで……正直に話してしまった。俺たちのやりとりを見て「ハッハッハ!」と爆笑している。


「安心したまえ。ワシはこの通り、爺さんだから研究はできんよ。それにとても興味深いテーマじゃ。もっと人間の皆さんには、このランプ市へぜひ来てほしいと思っとる。でも、ワシらが食べることはできても、人間にとっては体質的に食べられないキノコがあるみたいで……実際、これまでに何十人か亡くなってるんじゃ」

「やはり……毒キノコは亡くなる可能性もあるから、そこが怖いんですよ。実際にこのおじさんも食べて死にそうになりました」

 

 俺はニボルさんのことを示して言う。すると、ニボルさんはどこかバツが悪そうな顔をしていた。


「それは大変だったのう〜。そうじゃ! 良いことを考えた。ワシはこの市の住民について詳しい方だから、キノコに詳しい人を紹介しよう」

「えっ、良いですか?! ランプ市に存在するキノコを全種類集めるのは時間がかかると思っていたので……その情報に詳しい人からお話を聞けるだけでも、大変助かります」

「わかった。んじゃ、ニボルくん家に行くようワシから言っとくのぅ。じゃあのぼせそうだから、お先に〜。少年、頑張るのじゃ」


 初対面でよくわからんおじいさんに話しかけられたが、その詳しい人物に会うことができれば良い情報を聞けそうだ。

 それに……おじいさんは住民に詳しいと言っていたが、一体何者なのだろうかと気になっていたら、ニボルさんが驚きの事実を教えてくれた。


「いやー、アダムくんって強運だね」

「えっ? なんでですか」

「さっきのおじいさんはランプ市長しちょうだよ――この市のトップだ」

「えぇ! そんなトップがこんな秘境に現れるとは……」


 いやーすごい偶然だ。前々から思っていたが、ニボルさんが絡むとなんでも効率良く進んでいる気がする。これまでたくさんニボルさんに負担をかけてしまっているけれど、参考文献さんこうぶんけんを集めることができたし、調査研究も進みそうだ――本当に感謝している。

 ニボルさんがいてくれて良かったと思いながら、温泉からニボルさんのご両親家へ戻り、泊まることにした。

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