第17話 三者面談(1)

 オーブンから音がしている。

 焼きカレーができたようだ。すでに……カリッと焼けたチーズの香りが、熱気と共に立ち上がっている。

 早速、4人で「いただきます」と言って食べ始めた。


 スプーンをそっと差し込むと、卵やトロリとしたチーズが絡み、下からはカレーの深い色合いが現れる。一口、口に運んだ瞬間、香ばしいチーズの塩気が最初に広がり、次に卵のまろやかさがやってきて……その後を追うように、カレーのスパイスの刺激がじわりと舌を包んだ。


あつっ……でも、うまいな……」

「美味しいよねー!」


 サラも相槌あいづちを打ってくれた。


 焼きカレーはチーズのクリーミーさが、カレーのピリッとしたからさを程よく和らげ、絶妙なバランスを生み出している。カレーの中には柔らかく煮込まれた野菜とご飯が隠れていて、それぞれの食感が心地よい。最後にほんのり感じる甘みが、余韻よいんとして残り、次の一口を誘う。定番のカレーとは異なっているが、特別な一皿に仕上がっていた。おいしすぎて、あっという間に全員で完食していた。

 完食後、サラは「お腹いっぱいで、眠たくなってきたよ〜」と言って、お風呂に入った後すぐ寝てしまったようだ。


 (やはり彼女はまだ10歳なんだな……この世界では同い年だけど、前世の年齢も加味すると俺が生きてきた年数は45年だもんなぁ)


 さて――俺の方はこれからニボルさんとオウレン先生の3人で面談することになった。その前に願書を提出する上で必要な書類を作成し終えたため、足りない資料がないか先生に確認してもらったところ、OKサインが出た。


「アダムくん、不備もないからこの内容で大丈夫よ。お疲れ様」

「先生、ありがとうございました。今回の試験、絶対受かりますので」


 俺は勝算しょうさんがあると見込み、つい本音で回答したが、それをニボルさんは強気の発言だと感じたのか優しい声で話しかけてくれた。

 

「アダムくん……この世界に来て色々あったんだろうけど、一人で気負きおわなくていいんだよ。そうだ。発表がある日とちょうど同じ日に、サラちゃんも剣術検定1級を受けるよ。二人とも受かったら、最年少だね」

「へぇー。サラも俺とは違うけど、資格を取る予定なんですね」

「そうだよ、この世界で資格を取っておくとザダ校の試験に受かりやすくなるからね。どうしても行きたいんだって」

「あっ……。サラの件で折り入った話になり、申し訳ないんですけど……彼女は女の子なのに、なんで男の子として生きてるんですか? ニボルさんのことを『おじさん』と呼んでるのも気になりました。本当のことを教えてもらうことはできますか?」


 ニボルさんは一瞬、目を伏せた。いつもの穏やかな表情の奥に、深い思案しあんが浮かんでいる。ニボルさんはゆっくりと椅子に座り、両手を膝の上に置いた。


「本当のことかい……」


 ニボルさんは静かに呟く。


「君がそれを本当に知りたいのなら、僕たちにも覚悟が必要なんだ……」


 その言葉には、重さがあった。だが、押しつけがましい威圧感はない。

 ニボルさんは微かに微笑んで、俺を見つめる。


「でも知ることが君にとって本当に必要であれば……僕たちは教えるよ。ただ、聞くかどうかは君次第だ。強制はしない」


 ニボルさんの声には、温もりと慎重さが入り混じり、まるで俺がどう感じるかを最優先に考えている様子だった。真実を語ることに躊躇ちゅうちょしないが、俺のことを大切にしてくれている――それが態度に現れていた。

 

 俺自身、好奇心旺盛な性格もあって、彼女のことを知りたいと思っている。それに同い年と言っても、俺は普段から彼女のことを弟や妹のように接している。


 「兄さん、安心して」と、ニボルさんの隣に座っていたオウレン先生が穏やかな声で静かに話しかける。

 

 「兄さんがサラちゃんのことを大切に思っているのは、ちゃんと伝わってるから」


 妹であるオウレン先生の声には、落ち着きと安心感がただよっていた。

 

 「兄さん……アダムくんもお話を聞く覚悟ができてるわ。私だけでなくアダムくんも。兄さんとサラちゃんの味方よ」


 先生は俺たちの表情も確認しながら、静かに微笑む。俺も「はい」と味方であることを肯定した。

 すると、ニボルさんは覚悟を決めたのか話を始めた。


「そうだね、まず僕とサラちゃんは血が繋がっていない。彼女は僕の大切な親友の娘さんなんだ」


 やはり――そうだったのか。髪や瞳の色が全然違うと思っていたから、この仮説は正しかったようだ。


「そうなんですね、でもなぜ男の子として育ててるんですか?」

「僕の親友――いや、サラちゃんのお母さんは産後すぐに……事故で亡くなってしまったんだ。亡くなる前に、僕とオウレンで救助していた時に彼女から遺言を預かったんだ。『娘が成人するまでは男の子として育ててほしい』とね。これには訳がある。そもそもサラちゃんの生まれは、優秀な貴族一家なんだ。貴族はね、特権で土地を所有することができるんだ……男であれば。女性しかいない貴族は……男性が土地を奪い取ろうとするから、権力争いに巻き込まれてしまうんだ。実際に、サラちゃんのお母さんはその争いを経験したんだ。だからこそ、娘には同じ状況になってほしくないと思ってたんだろうね。しかし、それが最後の遺言になるとはね……」


 ニボルさんの話をすべて聞き終えた後、頭の中でいくつかのシナリオを描きながら、俺は話を深く分析していった。しばらく沈黙が続いていたが、俺は目を細めながら思いついた質問をする。


「それって、法的な部分だけが問題なのでは? 女性でも土地を所有できるように制度を変えるとか、他に方法はなかったんですか?」


 俺はニボルさんの顔を見上げながら、続けて問いかけてみる。


「サラを男の子として育てるっていうのは、確かに最善な解決策だったのかもしれないけど、それだけで貴族の権力争いがなくなるとは限らない気が……。むしろサラの性別が大勢にバレてしまった場合、どうするのかとか方針は決まってるんですか?」


 俺の指摘にニボルさんだけでなく、オウレン先生もポカンとしている。確かに10歳の見た目で議論しているのが滑稽こっけいだったのかもしれない。

 しばらくすると、ニボルさんは右頬に手を当てて、「ほぉ……」と感心の声を上げていた。

 

「さすが……するどくて的確な指摘だよ、アダムくん。君は王族の子だから、法律を変えることもできるかもしれない。しかし、僕やオウレンは一般市民であり、制度を変えることなんて不可能に近いんだ。性別に関してはバレないように、人目がつかないよう奥地に移住するといった感じで……人と接することがないように対策はしているよ。そうだね、僕はサラちゃんに無理強いさせてるのかもしれない……」

「兄さん……」

 

 ふと頭を抱えるニボルさんを見て、思わず反応する妹のオウレン先生。しかし、ニボルさんは「大丈夫」と言い、話を続ける。


「サラちゃんには『女の子として生きたいと思ったら、いつでも言ってね』と伝えている。今まで男の子として育ててきたこともあり、彼女も自分の境遇きょうぐうについては理解を示しているみたいなんだ。本人も『貴族にはなりたくない、おじさんたちと一緒がいい』って言ってくれて……僕たちは優しくて素直なサラちゃんと一緒に過ごしていて楽しいんだ」


 下を向いていたニボルさんだが、顔を上げて俺のことをまっすぐ見つめる。


「法律や制度に関しては、王族の血筋を持つ君だからこそできることがあるはずだ。もちろん、無理強いはしない。これまでのサラちゃんの努力と、彼女のお母さんの遺言を無駄にしないためにも……協力してもらえたら心強い。そして……彼女の秘密だけは誰にも言わないとこの場で約束してくれ」

「わかりました……誰にも言いません」

 

 ニボルさんの強い言葉に即答してしまった。確かに、王族として俺には特権がある――それを使えば、法律を変えることは可能かもしれない。しかし、感情に流されて行動するのは違う。冷静に、計画的に物事を進めるべきだ。まずは知識を蓄え、自分がどんな影響力を持ち、どう対応できるのか理解する必要がある。


「ニボルさん、オウレン先生――今の俺には強い権力があるわけでもないし、制度を変えることはできない。だが、王族の立場を利用して制度を変えるには、知識と影響力が必要だ。まずは、研究取扱者の資格を取ることから始めます。それが、俺にとって……サラだけでなく女性を守るためにできる第一歩だ」


 (そうだ、女神様からも「平等社会を叶えて」って言われたんだ……前世で達成できなかった夢を達成するためにも、絶対に取ってやる)

 

 俺の言葉にオウレン先生は静かに頷きながら、俺を励ますよう柔らかい笑みを浮かべていた。


「アダムくん、その決意は本当に立派よ。サラちゃんや女性のためにできることから始めようとする姿勢、そして知識と影響力の重要性を把握しているなんて……すばらしい。まずは、自分のペースで進んでいけばいいわ」


 そして、ニボルさんは優しく俺の頭を撫でる。


「君も突然の一人暮らしを始めたりと……色々あって大変だったね。でも同じ異世界転生者に会えて嬉しいよ。それに、君だけじゃない。僕たちがついているから、共に乗り越えていこう」

「そうですね。それに同じ異世界転生者同士、転生前の話とかもしましょう」

「いいねー」


 このようにニボルさんたちの面談を終えた俺は自宅に戻り、2ヶ月後の論文提出に向けて本格的に行動を開始した。

 

 なお、俺は今回の三者面談でニボルさん家の事情がよくわかった。実の両親よりも圧倒的にニボルさんたちは優しくて……良い人だ。そして、俺のことを信頼してくれている。だからこそ、俺は結果を出さないといけない。覚悟を決めた俺は、目標に向かって進むことにした。

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