第10話 運は天に在り〜同じ異世界転生者〜

 少年ことサラとたわいもない話をしていたら、玄関から物音が。

 「ただいまー!」と優しくて聞き覚えのある声がした。「おじさんだ!」とサラは言って、声のする方向に向かって行った。

 おじさん――つまり、ニボルさんだ。


「遅くなってごめんね」

「おかえりー! 大丈夫、お友達と一緒にご飯を食べたよ。あれ、オーちゃんは? 」

「そうか……! 彼は目が覚めたんだね、良かった。オウレンは午後の診察も担当することになったらしい。夕方戻ってくるよ」


(お友達って、俺のことか? 久しぶりだ。友達って言われたの……)


 「友達」って響きに懐かしさを感じていたが、ハッと考えを切り替える。何より今の俺はニボルさんに確認したいことが山ほどある……俺がいる部屋に来てほしい。そう思っていた俺の念が通じたのか――ニボルさんは洗面所で手を洗った後、サラと一緒に俺のところへ来てくれた。


「おっ、無事で安心したよ。ゆっくり休んでね」

「ニボルさん……。色々助けていただき、ありがとうございました」

「いいんだよ! それより、あのあたりは一人で行くの危ないから、歩いて行くのはオススメしないよ。次からはぼくが車を出すから、外出したい時はいつでも言うんだよ」

「わかりました……それより、色々聞きたいことがありまして。ちょっと整理させてください」


 頭の中でニボルさんに会ってからの流れを整理する。そうだ――昨日蜂に刺された後、なぜかわからんが下関ナンバーの車に乗っていたニボルさんと出会い、アナフィラキシー状態の俺を助けてくれた。そして今日の朝に目を覚ました俺はサラが作ってくれたご飯を食べた。その時食べたおにぎりとだんご汁について、サラは「おじさんが教えてくれた」って言ってた。さて……ここは異世界なのに、ニボルさんはなぜ日本の食文化に詳しいのだろう。一体何者なんだ? どこからどうやって聞けばいい?

 ずっと頭の中でぐるぐる考えてしまう。その様子を見たニボルさんが心配そうな顔をして、俺の顔を覗き込む。


「えっと、君の名前はアダムくんだっけ? 遠慮せず、思いついたことでもいいから言ってごらん?」


(そうか、なんでも聞けばいいか!)


 俺はニボルさんの優しさに甘えて、直感で疑問に思ったことを一から聞くことにした。


「じゃあ、ニボルさん。なんで、下関ナンバーの車に乗ってたんですか?」

「おぉ。いきなり面白い着眼点だ、実はね……」


 時すでに遅し――最初からぶっ飛んだ質問をしてしまったことに後悔する俺。ニボルさんはどう回答すればいいのか早速悩んでいる。

 そんな沈黙に耐えられなくなったのか、サラは俺たちに衝撃的な心中を打ち明けてきた。


「ねぇ、もしかしてさ。おじさんだけでなくアダムさんも前に同じ世界で住んでたの? さっき、『久しぶりのおにぎりだ』って、おいしそうに塩むすびを食べてたし! それに下関しものせきっていうぼくが知らない地名を二人とも知ってるから気になった! 」


「 「えぇ!」 」


 思わず、ニボルさんと声が被ってしまった。やはり、この世界には下関という場所は存在しない。なのに、ニボルさんも知ってたなんて――。


「あぁ……。サラちゃん、すごい。よく気が付いたね……ここまで分かったら言うしかないね」


 ニボルさんはサラのことを褒めつつ、覚悟を決めて俺に真情を吐露した。


「アダムくん。君がどこから来た子はわからないが、驚かないでほしい――僕は異世界転生者だ。この世界へ来る前に住んでた世界は……日本ってところだ。下関は僕の出身地だ」

「マジか。実は俺も異世界転生しました……前住んでたのも同じ日本だ……」


 驚いてしまい、所々敬語を使うのを忘れてしまった。まさか俺以外にも異世界転生者がいたとは。しかも同じ日本。


(でも納得できる。おにぎりなんて――まさに日本料理だ)


 ニボルさんも驚きながらも頷き、さっき俺がした質問に答えてくれた。


「すごい偶然だ。でも君は確かに……見た目も含めて日本人っぽいと思ったよ。そうだ! 話が変わるけど、車がある理由だよね。なぜか僕が日本で使ってた機械や漫画などの所有物がこの世界に置いてあったんだ……この家で。不思議だろう? なぜあったのか、それはね……異世界転生する前、僕は女神様とやり取りをしたんだ。その時、女神様に『願い事を叶えましょう』と言われて、『今までと変わらない生活をずっと送りたい』って正直に答えたんだ。そしたら、前世で使ってた車がここに置いてあったんだよ……他にもつい最近、驚いたことがあってね。僕じゃない――違う人のバイクや多くの資格証が突然、隣の倉庫に入っていたんだ〜」


 話を聞くに、ニボルさんは俺と全く同じ流れで異世界転生をしたようだ。そして、ニボルさんは『違う人』って言ってるけど、俺は前世でバイクを持っていた。それに薬剤師免許だけでなく、研究者向けの資格もいっぱい取っていた……。居ても立っても居られない。倉庫に置いてある実物をこの目で見たい。


「ニボルさん、俺は元気になったので……その倉庫にあるバイクや資格証を見たいです」

「いいけど、歩けるかい? あの時、アナフィラキシーショックでしんどかっただろう……?」

「歩けます。サラが作ってくれたご飯も完食したんで、大丈夫です。どうしてもこの目で確認したい」


 俺の強い意志に、ニボルさんは所有物の持ち主が俺なのではないかと察してくれたようだ。


「わかったよ。続きの話は後にして向かおうか――倉庫に」


 またニボルさんと二人で緊迫した雰囲気になってしまった中、サラが追加で大切なことを言ってくれた。


「あっ! アダムさん家は倉庫のお隣にあるから、倉庫に行った後、一緒に案内するね」

「そっか。ニボルさん家と俺の家の間に倉庫があるんだな。行こう」


 早速俺はニボルさんたちと一緒に外へ出ることにした。ニボルさん家を出た瞬間、潮風のいい匂いがする。海が近く、とても良い景色だ。

 すぐ隣にあるプレハブ倉庫へ向かう。ニボルさんに倉庫の鍵を開けてもらい、俺とサラも含めて三人で中に入る。電気を付けたら、目の前に懐かしいバイクが置いてあった。


「ニンニン!」


 つい久しぶり過ぎて、愛称で呼ぶ。そして、ニンニンことバイクの隣に、数々の免許証も置かれていた。運転免許証に薬剤師免許、危険物取扱者免状と……どの免許証も俺の前世の名前で記載されていた。免許証を1つずつ、丁寧に確認している俺を二人は急かそうともしないで、優しい目でずっと見ている。


(いかん。つい、過去の自分を思い出してしまった。でもここはもう異世界なんだ……)


 俺はニボルさんにバイクの今の状態について確認する。


「このバイクは……まだ使える感じで?」

「あっ、使えるよ! 前に住んでたお隣さんが直してくれたんだ」

「えっ、素人が直したんですか……?」


 自分の所有物を弄られたと思い、やや不機嫌になる。慌てて説明をするニボルさん。


「あぁ、アダムくん。安心してくれ、その人は凄腕エンジニアで発明家だ。僕の車も彼女が点検してくれたんだよ〜。彼女は倉庫にあった乗り物を応用して、新しい発明開発をしてるんだって。そうだ、途中電車に乗ってここに向かったでしょう。あの電車は彼女が、僕の家にあった模型を元に再現したみたいだよ〜。すごいよね」

「ふーん。それなら……オッケーとします」


 なるほど、この世界には発明家がいて、女性も活躍してるのか。良いことだ。しかし、模型から完全に再現できるのもすごいな……。前世であの電車に乗ってたけど、かなり再現性が高かったぞ。


(まぁ、電車やバイクのことは置いといて、資格類はただの紙切れになるよなぁ。一応ニボルさんに確認してみるか)

 

「バイクは16歳になったら乗れると思いますが、この免許証は使えないですよね」

「そうだね。でも頑張った証なんだから、保管しといてもいいんじゃないかな? 僕自身、前の人生で調理師とふぐ処理師の免許を取った影響もあって、こっちの世界でも両方取ったよ!」

「へぇ……すごいっすね」

「でもねぇ、今はその資格を活かしてないんだよ。働くって大変なんだ。あっ、ふぐは好きかい? 家にふぐがあるから、昼ご飯は僕が唐揚げを作るよ!」


 ニボルさん曰く、資格を取るのは楽しいが、会社に属して働くのがあまり好きじゃないそうだ。まぁ、俺もその気持ちはよくわかる。研究者として個人プレーで活動してる時は楽しかったけど、研究室での人間関係がキツかった。ニボルさんと前世の話も踏まえて意気投合した後、倉庫を出た。残念ながら、この世界には薬剤師という資格はないらしい。俺の今後の展開としては、研究者をメインでやりつつ薬剤師らしい活動も出来れば良いと思った。


 なお、ニボルさんからお昼も一緒に食べないかと提案された俺。昼までいただくのは図々しいかもと思ったものの、食べたかったため、遠慮せず「お願いします」と即答した。何故かって?――俺はふぐの唐揚げが大好きだから。

 ニボルさんは嬉しそうに「今から昼ご飯の仕込みするね!」と言って、家に戻っていった。その間、俺はサラと一緒に自宅へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る