第8話 しかめっ面に蜂

 ふと目を醒ます。いつの間にか……終点についたようだ。

 

 終点の駅は【ザダ校前】という駅名だった。さっき、アンズが言っていた学校である。15歳から入れるって言ってたから高校みたいな扱いなのだろうか?


(どういう学校なのか全く知らないから今度調べてみよう……)

 

 ここからまた違う汽車に乗り換えないといけない。しかも、次は1時間30分ほど乗るみたいだ。その汽車が来るまで20分ほど時間があるため、ベンチに座る。

 

(こういう時に、タクシーとかバスがあると便利なんだけどなぁ……)


 この世界では車道のような道は存在しているものの、タクシーどころか自動車やバス、バイクすら通っていない。汽車以外の乗り物については、開発途中なのだろうか?


 前世の俺は、よく家と研究室をバイクで行き来していたため、またバイクに乗りたいなと思いながら汽車が来るのを待っていた。そう考えて待っていたところ、次はなんと汽車ではなく、前世でお馴染みの電車がやってきた。しかも、この電車……関西地方で有名な電車にそっくりで懐かしく感じた。


 異世界は俺の想像を超える出来事が多く、不思議なことばかりである。


 ずっと座りっぱなしできつかったが、さっきの汽車より座り心地は良かった。そして、ようやく最寄り駅に到着した。最寄りと言っても、ここから2時間ほど歩かなければならない。

 

 最初は平坦な道で海も見えるため、とても良い風景だと感銘を受けていたが、橋を渡ってから俺の目の前に広がるのは当たり一面――森だった。

 俺は後悔する。森であれば、長袖長ズボンで行くのが当たり前なのだが、2時間歩くという苦行に気を囚われてしまい、通気性の良さを重視した半袖半ズボンスタイルで来てしまった。リュックが重たいし、坂を登っているせいか汗が止まらない。


(どうしてこんな辺鄙なところに家買ったんだろう……あの父親)


 そう思いながらも、ふと近くを見たところ、気になる植物を発見してしまった。


(おいおい!これって【高麗人参コウライニンジン】じゃないか。うひょー! 珍しい〜。こっちの世界にも生薬ってあるんだ、キタコレ。疲労回復に抜群だから、採っていこう)

 

 この世界ではどうなのかわからないが、前世では高価な生薬なので高く売れていた――しかも美味しいのだ。ニヤリとしながら採ろうとした瞬間、最悪なことが起きてしまう。


 ブスッ――そう、俺は半袖の服を着ていたが故に、左腕をハチに刺されてしまった。


(クソ……暑い上にハチ刺されとは)


 俺はえていた。ちなみに、高麗人参コウライニンジンはちゃんと回収した。とりあえず、刺された箇所を水で流したいと思い、水源のあるところへ向かうことにした。地図を見た感じ、後30分ほど歩けば、例の家に辿り着けるだろうか?

 

 しかし、それよりもっとまずいことが……皮膚にブツブツが出来てかゆいし、息苦しい。


 俺は虫が多そうな場所を避けて、車道沿いに移動した。すると、後ろからブォンと車が通る音だろうか――懐かしい音がした。振り返ると自動車が後ろから1台やってくる。こちらの世界に無いものだと思っていたが、自動車自体は存在していたらしい。しかも、よく見ると車にプレートが貼ってある。どんな表記がされているのか見てみたところ、『下関しものせき』と漢字で書かれていた。


(えっ? 異世界にも下関って地名が存在するのか? 日本の方はフグがおいしくて有名だけど……)

 

 いや、そんなことを考えている場合ではない。最悪なことにだんだん体がフラフラしてきた。

 どうやら、この体はハチアレルギーらしい。もしかして、このままハチに刺されて死ぬのか……。今回はまだ、研究者らしいこと何もしてないぞ。

 

 とうとう限界を迎えて立つのが厳しくなり、しゃがんでしまう。その様子を見られたのか、自動車に乗ってた運転手のおじさんが降りて、俺に声をかける。


「どうしたんだい? 顔色が悪いけど、体調が悪いのか?」

「顔色が悪いのは……ハチに刺されたせいだと思います」

「えぇ……?! 大変だったね。この辺りは水源がないんだよ、でも安心して。車の中に空いてないペットボトルの水があるから、刺されたところを流すよ」


 そう言いながら、車からペットボトルを持ってきてくれて、俺が刺された左腕に水を流してくれた。


(助かった……このおじさん、すぐ手当してくれた。話が早いな……)


 しかし、世の中には図書館長みたいに優しいおじさんもいれば、誘拐事件のようにヤバめのおじさんもいる。森の中には俺とおじさんしかいない。ちょっと警戒けいかいしてしまう。お礼だけ言って、離れよう。


「おじさん、ありがとう。ここで休めば良くなると思うから、車に乗って大丈夫ですよ……」

「本当に? もし何か気になることがあれば、気軽に話してくれてもいいんだよ」


(あれ、意外といい人かも? )


 優しいおじさんだと信じて、図書館長に紹介してもらった人物――ニボルさんについて聞いてみることにした。すると、衝撃の事実が。

 

「えぇ! ニボルって……僕の名前だよ。そうか、彼は図書館で勤務してるんだ。出世してるね。しかし、君は一体どこに向かおうとしてるのかい?」


 このおじさんが名刺に書かれているニボルさん本人だということを知って安堵した俺は……ぐったり倒れてしまった。


(ボーッとする。もうダメだ……)


 俺の様子を見て、重症だとニボルさんも悟ったようで心配される。


「大丈夫かい? まずいな……もしかして、アナフィラキシーショックかな? オウレンに電話してみるか……もしもし。男の子がハチに刺されて、倒れているんだ。呼吸も乱れている。どうすればいい? なるほど、車の中にアナフィラキシー用の注射薬が入ってるんだね。分かった、打ったらそっちにすぐ行くよ」


 ここから先の記憶は曖昧あいまいだが、ニボルさんは誰かと電話でやり取りをしていたみたいだ。そして俺の太ももに注射を打った後、俺を車の後頭座席に乗せてくれて……そのまま車で移動した気がする。移動の最中もニボルさんは優しく声をかけてくれた。


「僕の妹はお医者さんなんだ。すぐ診てもらうから、絶対大丈夫。でも、何かあったらすぐに言って。無理しないでね」

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