第7話 突然の別れ(2)

 移動当日――とうとうこの日が来てしまった。

 父親は明朝、飲み会から帰ってきて爆睡。母さんは朝から宗教活動で不在。

 薄い家族関係だ、下手したら二度と会わないかもしれない。俺は一応、家族に置き手紙を残して鍵も閉めずに家を去る。


 その後、俺は旧自宅から歩いて駅の方に向かい、切符を持って改札に入る。時計を見たところ、電車が来るまでまだ時間がありそうだ。大量の荷物が入ったリュックをベンチに置き、その隣に座って目の前に広がる風景を見渡す。

 生まれ育った家、通った幼稚園と小学校、そして通い詰めた図書館――どこも転生してから思い入れのある場所だった。


(そうか、異世界転生して十年経ったんだな……)


 【アダム】として生きてきた十年間について色々思い返してみるが、一番印象に残っているのは誘拐事件で爆発実験が成功したことだ。アンズのおかげで、魔法を用いて前世の時から使っていた道具を取り出せるようになったため、自分の好きな実験と研究ができるようになった。そのことについて、まだ彼女へお礼を言えていない。それだけが心残りである。「はぁ……」とため息をつきながら待っていたところ、遠くから声がする。


「アダム!」

「アダム様ー!」


(ん? もしかしてこの声は……)


 ふと声がする方へ振り向いたところ、驚いたことにアンズとアンズのお母さんが駅の入り口で手を振っている。二人は入場券を購入してから改札に入り、俺のところまで走ってきてくれた。どうやら別れの挨拶をしに来てくれたようだ。二人とも走ったせいか、息切れしている。


「アダム様、よかった! まだいらっしゃって……」

「アダム! これ、プレゼント! アンズが書いたお手紙も入ってるよ。お家に着いてから読んでね」


 そう言いながら、アンズはプレゼントと手紙が入った紙袋を俺に差し出す。実親からプレゼントを貰ったことがない俺にとって……異世界に来て大切な人から貰った――初めてのプレゼントだった。そのため、思わず確認してしまう。

 

「えっ。いいのか? いただいて……」

「もちろん! これから一人で頑張るのは大変だろうけど、アダムならやっていけるよ!」


 あれ……? 一人ってアンズには言ってないはずと思っていたところ、アンズのお母さんが補足をする。

 

「すみません、アダム様。あの……図書館長さんから話を聞きました。無理なさらず、元気でお過ごしくださいね」

「アンズのお母さん……色々お気遣いいただきありがとうございます。これからの生活は大変かもしれませんが、自分の好きなことをやっていきます」


 やりとりをしているうちに、電車……ではなく、蒸気機関車がやってきた。だからみんな、「汽車」と言ってたのか。

 出発まで――あと3分。


(そうだ。出発する前に、アンズに言わないといけないことがあったんだ)


 彼女の顔を見て、俺は話す。もしかしたら両親だけでなく、アンズたちと会うのもこれで最後になるかもしれないから……。


「アンズ、あの時魔法を教えてくれてありがとな。アンズのおかげで、人生が楽しくなったんだ」

「本当に? そう言われると、すごく嬉しい! 私もアダムと一緒にいて、毎日楽しかった。だからこうやって離れ離れになるのが寂しいよぉ……。もっと一緒にいたいのに……」


 喜んでいたのも束の間、彼女は涙を流し始めた。そんな彼女の姿を見て、俺は本心を伝えることにした。


「アンズ、泣かないで。その……ありがとう。アンズと過ごす時間は特別で、色んなことを学んだり、楽しい経験ができて本当に出会えて良かった……」

「こちらこそありがとう。私ね、魔法が大好きなの! それで15歳になったら、有名なザダ校っていう学校に通いたいの。魔法だけじゃなくて、実験とかもできる施設があるんだよ。だからさ、大きくなったらそこでまた会おうね……。アダム、お元気で!」


 俺の本心に彼女は泣きながらも明るく前向きな言葉をかけてくれた。それに、「また会おうね」と言ってくれた。確かに……最初からもう会えないと考えるべきではなかったし、「実験とかもできる施設」というキーワードがとても魅力的に感じた。『研究ができるのならば、俺もその学校に行きたい』と思ったため、こう返事をした。

 

「あぁ、また会おう――あとその時に歌声を聴かせてくれるか?」

 

 まさか俺から歌の話が出るとは思っていなかったそうだ――アンズは照れている。その勢いで、俺は彼女の前で自分の手を差し出す。すると彼女は笑顔で、すぐに俺の手を握ってくれた。お別れの前に二人で握手をしたが、誘拐されたあの時と違って今日の彼女の手は温かかった。

 

 そして――発車のベルが鳴ったため、俺は別れを告げて、汽車に乗った。


 ドアが閉まって出発した後も、アンズとアンズのお母さんはずっと手を振ってくれた。俺自身、感情があまり顔に出ないタイプだが、心の中は嬉しさと寂しさで満ちていた。そして、二人の姿が見えなくなってから、汽車のシートに座った。


 俺はお腹が空いていたため、アンズからのプレゼントに入っていたクッキーを早速実食した。チョコチップの入ったクッキーは、とても甘くておいしかった。その後、準備の疲れもあり、すぐに爆睡してしまったが、彼女の手の温もりだけは――まるでチョコレートのように優しく刻み込まれたようで……俺の心から離れなかった。

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