【幼少期編】

第2話 赤子の手を受け入れる〜研究者の道も一歩から〜

 とても暖かい日差しについ、うとうとしてしまう。


(ここは……どこ?)


 そう思いながら、ふと人影ひとかげを感じたため、声を掛けようとした。


「うわあああん」


 あれ、声が出ない。むしろ、自分は泣いているのか?


「あら大変。ミルクが欲しかった? うーん、ちょっと待ってね。鏡の前に移動するね」


(ミルク……? Why?)


 そう疑問に思いながらもなぜか目の前にいる女性によって、体を抱え上げられる。ちょっと待って――女性が抱えるのに、そんなに体重が軽かったっけと思い、ふと鏡をみたところ、赤ちゃんになった自分がいた。鏡越しに自分の姿を見て、さっきまでの出来事を思い出す。


(もう転生したのか!)


 女神様が言ってたように……新しい世界こと異世界へ転生したみたいで、やはり性別は男になっていた。

 そうだ――男であるのなら、これからは一人称を私ではなく、俺にしよう。今日から俺で。


(まぁ……赤ん坊だから、まだ言葉を喋れんけど)

 

 先ほどの女神様はちゃんと口約束も守ってくれたみたいで、俺の地毛は天然パーマになっていた。嬉しいことに赤ちゃんだけど、髪の毛量が結構あるから将来ハゲる心配はしなくて良さそう。


(ありがとう、女神様)


 そんな感じで、さっきから赤ちゃんが冷静に異世界転生した自分自身を分析している……とは誰も思わないだろう。ぼーっとしながらずっと鏡を見ている赤ちゃんの様子が気になったのか、お母さんであろう女性とその後ろに立っているメイドさんが会話をし始めた。


「第10王子様、鏡に興味津々ですね」

「そうね。私の息子は反射してる自分自身を見て、びっくりしてるみたい」


 (ん? 俺は王子様なのか……)


 王子という地位はもしかして、女神様が言ってた例のオプションなのだろうか。

 『おっと、いきなり出世コースですか〜』と思わず心の中でガッツポーズをした。まぁ……10という順番だから、他にも上位の王子様がいるのかもしれんが。


「それより、この子にはアダムって名前があるから、アダムって呼んでね」

「しかしメイドである私が、王族出身の方を呼び捨てで呼ぶのは……『アダム・クローナル様』と呼ばせてください」

「あぁ……私の前では気を遣わないで。アダム様でいいわよ。ね、アダムもそう思うでしょう?」


(え、俺の名前はアダム・クローナル?)


 何て言うんだろう。いかにも王道を行く主人公みたいな名前を付けられた気がする。しかも、俺の苗字がクローナルって。かっこいい……。

 自分の名前のかっこよさに見惚れながらも、ふと亡くなる前日に学生さんたちへクローナル抗体に関する講義をしていたのを思い出す。そうだ、俺は研究を始める前に死んじゃったんだ……。はぁ……早く研究したいなぁ。


(でも、今の俺にはできない――赤ちゃんだから。早く大きくなりたい)


 そう思いながら、前世の記憶が残っているだけでもありがたいと改めて女神様に感謝しつつ、やることもないため再び寝ることにした。

 

 その様子を見て、お母さんは息子が起きないよう、静かに呟いた。


「あら、同意してくれたのか寝ちゃったわ……」

「そのようですね……承知いたしました。アダム様とお呼びいたします。では早速、アダム様おやすみなさい」


 メイドさんも寝たのを見て、同意してくれたと思ったそうだ。

 

 元々研究者だった彼女――いや彼の好奇心と探究心はいつの時代でもどんな世界であっても変わりない。

 新たな世界で待ち受ける試練に胸を躍らせながら、第10王子アダム・クローナルとして、新たな人生を歩み始めたのである。

 


 そして俺が誕生してから5年が経過した。

 とある幼稚園の5歳児クラスで、園長が生徒たちに声を掛ける。


「はーい! みんな、おやつの時間ですよ〜。全員に渡せているか確認するから、ちゃんと一人ずつ名前を言ってね」

「俺はアダム。園長先生、いつもありがとう」

「おっ!率先して一番最初に来てくれただけでなく、感謝の言葉も言ってくれるなんて……嬉しいねぇ。それじゃあ、今日はみんなに2個ずつお菓子をプレゼントしましょう!」

 

 園長に名前だけでなく、前もってお礼を言ったことで、もう1個分お菓子がサービスになった。ちなみに今日のお菓子はクッキーだ。俺は前世からクッキーが大好きでお気に入りということもあり、園長の心を掴むためにお礼を言って倍もらえるようチャレンジしたのである。結果は大成功だった――要するに『計画通り』ってやつだ。思わずたくらんだ顔をしてしまったが、ここは幼稚園だ――幼稚園児がする顔つきではないと悟った俺はずっと手に持っているクッキーを注視することで、自分を取り戻すことに成功した。


 いつものまし顔をしながら椅子に座った俺はすぐ袋を開ける。そして今から大好物のクッキーを食べるぞと心の奥底でワクワクしていたのだが、目の前に女の子がやって来た。


「アダム、さすがだね!」


 彼女の名前は確か……アンズ? だっけ。淡紅色のボブヘアで、頭にリボンが載っている同じクラスの女の子っていう認識しかしてなかった。なぜか、黄色の目を輝かせている。

 『俺のクッキーが取られるかも……』と大人気ないことを思い、つい険しい顔をしてしまった。彼女は案の定驚いていたが、俺に感謝の言葉を伝えてくれた。


「安心して。取らないよ! アンズはね、お礼を言いにきたの。アンズもこのクッキーが好きだから、2つもらえてうれしかったよ」


(あぁ……すまない。前言撤回しよう……なんて良い子なんだ)


 俺は心の中でそう思いながら、彼女に返事をする。


「それはどういたしまして」

「ねぇ、私と一緒にクッキー食べよう?」

「え。いいけど……」

「やったー!」


 俺は異世界転生前と同様に、この世界でも顔に喜怒哀楽の表情があまり出ないタイプで冷たく見られがちなので、あまり人が寄ってこないし、話しかけてもすぐに避けられてしまう。しかし、この女の子は違った。その上、なんと驚いたことに彼女の方から『一緒にクッキー食べよう』と誘ってくれたのだ。同性いや俺は転生して今は男だから、異性に誘われたの生まれて初めてかもしれない。前世ではろくに恋愛もしないで、結婚せずに亡くなってしまったし、この世界だと第10王子という立場は高尚なイメージがあるのか話しかけづらいみたいで、他の幼児たちからは距離を取られている。まぁ、別に一人の方が楽だからそれはそれでいいんだけど。

 もしかしたら、彼女は俺が単独ぼっちだったのを気にしてくれて……いや、気を遣ってくれているのかもしれない。いずれにせよ、気が利くし裏表のない良い子だと判断した俺は彼女と仲良く、クッキーを食べることにした。


 さてクッキーを食べ終えたことだし、今の俺の状況について整理してみる――前世と同じように幼稚園という教育機関があるみたいで園児として知恵を絞りながら日々過ごしている。見た目に関しても前世の影響か、黒髪黒目の天然パーマで日本人のような外見をしている。こちらの世界でも視力が悪いみたいで、メガネがないと物が全く見えないから、メガネは生活必需品になっている。なお、年齢が5歳ということもあり、研究者としては全く活動できていない。ましてや実験器具等に触れる機会もないのだ。それに女神様から授かった能力も今のところ、転生前の知識があることぐらいしか活かしきれていない。

 

 つい俺は自分のことを振り返ることで無我夢中になり、自分の世界に入っていた。その様子をずっと見ていた彼女は痺れを切らしたのか、「アダム、考え事してるね?」と俺に話しかけてきたのだが、別の人物が現れたようでアンズはその人物がいる方へ走って行った。

 

 「あっ! お母さん!」


 「お母さん」と言っていたので、彼女が向かった方向を椅子に座りながら、ジッと見てみることにした。すると、そこにはアンズのお母さんであろう女性がいた。


 (あれ……? あのお母さん、俺が赤子の時から勤務しているメイドさんじゃないか?)


 俺はその女性に見覚えがあった。なるほど……世間は狭い。俺のところで働いているメイドさんはアンズのお母さんだったのか。そのアンズのお母さんはアンズと二人で園長のところに行って挨拶をしていた。

 

「園長先生、こんにちは。いつも娘がお世話になっております。今日はアダム様と娘の二人を迎えにきました」

「こんにちは、アンズちゃんのお母さん。アダムくんも一緒なんですね。お気をつけてお帰りください。さようなら〜!」


 そう言ってアンズのお母さんは園長にきちんと挨拶をした後、アンズと共に俺のところへやって来た。


「こんにちは、アダム様。ここでお会いするのは、初めてですね。私のこと、わかりますか?」

「わかります。確か……俺が生まれた時から母のことサポートしてますよね。いつも母がお世話になっております」


 アンズのお母さんは「えっ!」と驚かれている。俺の回答はおかしかったのだろうか。ありのまま事実を言っただけだが……。


「さすがです、アダム様。素晴らしい認識力と記憶力ですね。実はアダム様のお母様のご意向で……帰る前に図書館へ寄ってほしいと指示が出ております。もしよろしければ、二人も一緒に行きませんか?」


 まさかアンズのお母さんに褒められるとは。しかも図書館に行けば、この世界に関する知識や自分の好きな研究についての本が見つかりそうじゃないか――めちゃめちゃ行きたい。

 

 「アンズのお母様。俺、図書館に行きたい!」と思わず大声を出してしまった。俺に釣られて、アンズも声を出す。


「アダムが行くなら、アンズも行く!」

「かしこまりました。それでは行きましょうか」


 俺ら二人の大声に、アンズのお母さんは微笑んでいる。三人で一致団結したため、図書館へ向かうことにした。俺は顔に出さなかったが、とても気分が良かった。元々俺自身、本を読むことが好きで図書館に行く機会が欲しいと思っていたが、異世界転生してからは一度も図書館に行けていなかった。『今日は研究者としての一歩が始まる』とウキウキしていた。


 まぁ……こうやって浮かれていたこともあり、この時は事件が起きるなんて思ってもいなかった。

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