第3話 図書館

 俺たちは図書館に辿たどり着いた。中に入ったところ、身分の高そうなおじさんが待ち構えていた。

 アンズのお母さんは「こんにちは」と挨拶をした後、俺たちの方を向いて説明を始めた。


「アダム様、アンズ。こちらが図書館になります。さぁ、図書館長さんに自己紹介をお願いします」

「初めまして、こんにちは。アダムおぼっちゃま、アンズちゃん」


 図書館長のおじさんは穏やかな表情をしながら、俺たちに挨拶をしてくれた。

 

「こんにちは。第10王子のアダムです」

「初めまして、アンズです!」


 ちゃんと図書館長へ挨拶を返したことだし、早速本でも読もうかなと思い案内マップを見ようと移動したところ、アンズのお母さんからくぎされた。


「アダム様。好奇心こうきしんがあることはとても良いことですが、私以外の大人の人について行ってはダメですよ」

「もちろん……」


 流石に知らない大人の人に声をかけられても、ついて行ってはいけないことぐらいは百も承知だ。この世界へ来る前に、俺は元々35歳まで生きていたのだから分かっている。


 (まぁ、それは言わないけどな)

 

 さて、図書館長のおじさんが案内してくれるとのことなので、四人で移動する。


 そうだ――俺は研究について本で調べる前に知っておきたいと思った事がある。女神様とのやり取りで気になったこの世界の種族や男女差が生じた理由、王族についての経緯だ。そこで図書館長にそういう系統の本を取り扱っているのか確認したところ、次のように言われた。


「要するに、この国の事情や歴史についてですか? それでしたら、おすすめの絵本がありますのでご案内しましょう」


 早速該当するコーナーに案内してもらい、この国――【新生しんせいナイテイ王国】に関する絵本を読んでみたところ、『この国にいるのは、悪魔族・天使族・鬼族・吸血鬼族・エルフ族・人間です』と人間以外にも様々な種族が存在している旨の内容が記載されていた。バラエティ豊かである。


 (悪魔アクマとか実在を見たことないから半信半疑だったけど、女神様が言ってたことは本当だったのか……)


 ちなみに俺はこちらの世界でも人間だった。未だ人間以外の種族に会ったことがないし、実際に魔法を見たこともない。そういう背景もあって、異世界だと言われても信じられないでいた。


 (まぁ……5歳という年齢からしてまだ子供だし、これからの人生は長い。どこかしらのタイミングで他の種族に会えるだろう)

 

 続いて過去の歴史に関する絵本を読んでみたところ、『元々この国では女性の方が少なかった』と書かれてあった。ただでさえ女性の数が少なかったのに、【魔女狩りマジョガリ】と称して女性を狙った人体実験などの事件が起きたらしい。詳細は絵本ということもあり、残酷な表現を記載できないだろうから明確に書かれていなかった。しかし、『かつてこの国を治めていた悪魔の前王様が女性を嫌っていたから、この事件は起きたのです』と理由はきちんと述べられていた。どこの世界でもこういう独裁者がいると国としての価値が下がるし、絵本に理由まで書かれているから、本当に理不尽過ぎる出来事だったのだろう。


 (女神様も言ってたな……悪魔のせいで大変だったって。この事件が関係しているのかもしれない。決めた、女性は大切にしよう)


 そう心に誓った俺はふと女性というキーワードで確認したいことを思い出す。目次を見て、該当するページを開く。


(あった! これだ)


 女神様が言っていたことを再確認するため、現代における男女比の割合図を見たところ『女性が男性と比べて、1000人に1人の割合しかいません』と記載されていた。

 確かに今住んでいる場所が田舎っていうこともあるけれど、それでも2歳から6歳までいる幼稚園で女子はアンズしかいない――圧倒的に女性が少ないのである。その内容に付随ふずいして『現在は数少ない女性を取り合うために王族の力によって、差別化及び階級分けが行われている』と本に書いてある。王族、貴族、一般市民の順でランクがあり、王族はさらに王位という階級があるらしい。俺は王族ではあるけど、第10王子という王位が階級的にどういう扱いを受けるのかよくわかっていない。


 (まぁ、こうやってメイドさんを連れて図書館に行けるから、恵まれている方なのか?)


 俺はあんまり出世欲があるタイプではないため、階級分けに関しては深く考えず、引き続き自分が惹かれた箇所のみ読み進めることにした。

 

 一方、アンズのお母さんは俺たちの様子をずっと見ていたが目的を思い出したのか、図書館長に話しかける。

 

「図書館長さん、すみません。私、アダム様のお母様より指示を受けておりまして……この本を探しに行ってきます」

「あっ、その本は奥の書庫に入っているんです。私が今からそこに案内いたします」

「しかし、子供二人を置いて……」

「ご安心を。警備員がこの辺りを定期的に巡回しています。それに、ここから書庫は遠くないので時間もそんなにかかりませんぞ」

「ならば……承知いたしました。二人とも大人しくしてね」

「はーい!」

 

 アンズが思わず、幼稚園で呼ばれる時のように大声で返事をしたため、図書館中に声が響いた。その声量にアンズのお母さんは焦って、「静かにしてね」と注意していた。


 

 

 アンズのお母さんと図書館長のおじさんがいなくなった後の様子だが、アダムは本を読んで深い思索しさくひたっていた。そう、転生前の彼はかつて研究者として働いていたため、興味深いことに関しては永遠に探究できるのだ。彼の目はページから離れず、知識の海に没頭しているかのようだ。

 

 一方、静かな空間で退屈なのか、アンズはひたすら図書館内を歩き回っている。本を手に取りながらもすぐ戻しているため、読書に興味がない様子である。


 とうとうしびれを切らして、アダムに声をかける。

 

「アダム、その本面白い? アンズ、ここつまらない!」

「この本は王族についての絵本だから、説明がわかりやすい。読むか? 」

「興味ない!」


 アンズは立ちっぱなしで疲れたのか、椅子に座ってつまらなさそうにしていたところ――突然知らないおじさんに声をかけられる。


「お嬢ちゃん、パパが呼んでたよ」

「本当に?今日パパも来てたんだ。会いたい!」

「俺が案内するよ」


 このおじさんは嘘をついている。しかし、アンズはまだ5歳の女の子でお父さんのことも大好きなので、来てると信じちゃったのだ。

 この場から離れるため、アンズはアダムに声をかけようとしたが、彼は読書に夢中で全く気づいていない。すぐに戻ってこれるだろうと思い込んだアンズは、おじさんの後をついて行くことにした。


 


 アンズがいなくなってすぐ――図書館では成人男性の怒鳴どなり声が響いていた。


「待て! お前はこの女の子と一緒に来てないだろう? 何者だ!」


 俺は思わず、自分の世界から現実に戻る。


 (しまった……つい夢中になってしまった。あれ、アンズがいない。どこへ行った?)


 ふと周りを見渡すが、彼女の姿が見当たらない。嫌な予感がする。もしかしてと思い、声がしたところまで急いで向かう。すると、誰かに殴られたのか横になっている警備員さんの姿が。「大丈夫ですか」と話しかけたところ、さえぎられる。


「あなたはアダム様ですか! 大変なことになりました……。あなたと一緒にいた女の子が怪しいおじさんに連れて行かれました。止めようとしたのですが……」

「マジか……」


 思わず本音を漏らしてしまったが、まだそんなに時間が経っていないから近くにいるはずだ。そう前向きにとらえた俺は警備員さんにどっちの方向へ行ったのか聞いたところ、出口側とのことだったので、図書館内にいないか見回しながら、駆け足で向かった。残念ながらいなさそうである。そのため、図書館から出ることにした。すると、すぐ近くの裏道の方で変なおじさんに連れて行かれそうになっているアンズの姿が――これは明らかに誘拐ゆうかいである。


 アンズも怖くなってきたみたいで、おじさんに確認している。


「おじさん、ここ来たことない道だよ。本当にパパいるの?」

「はぁー。お嬢ちゃんはカンがいいな。お嬢ちゃんが女の子ということもあり、これから王族の子なのか確認しようと思っているんだ……報酬金ほうしゅうきんが貰えるからな」


 そう言いながら、アンズをかついでビルの中に入ろうとするおじさん。アンズは怖いのだろう――大声で泣き始める。さすがにこの状況で声をかけないといった薄情はくじょうなことをするわけにはいかない。そのため、『マズいなぁ』と思いながらもおじさんに「待って!」と声をかけてしまった。すると、おじさんが俺に近づき、不満そうに呟いた。


「おい! このガキ、見てたんだな。お嬢ちゃんと一緒にこっちへ来てもらおうか」


 おじさんに腕を掴まれて抵抗したが子供の力では太刀打ちできず、そのままビルの中へ入ってしまった。扉が鉄格子状になっている趣味の悪い部屋にアンズと二人で閉じ込められる。最悪なことに鍵も掛けられてしまい、逃げ場がない状況である。


(しまった……アンズのお母さんから、変な大人について行ってはいけないって前もって注意を受けていたんだが……)

 

 とりあえず中に閉じ込められてしまっては仕方がない。果たして、生きて帰れるのか。どう逃げるか脱出方法を考えることにした。

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