"元"異世界勇者の奥様の簡単な晩御飯

星野 願

"元"異世界の勇者、今日の晩ご飯は生姜焼き

◆序章

 

 静かなキッチンで、エプロン姿の奥様・遥(はるか)は小さな冷蔵庫を開けた。

 そこにあったのは、使いかけの卵と野菜数種。

 これではお腹を空かせて帰ってくる旦那様を満足させられない。


「……よし、今日はちょっと気合を入れるか」


 遥は心の中で決意を固めた。

 夫の剛(ごう)が帰宅前に必ず交わす恒例のLINEで、こう答えてきたからだ。


 簡単な物でいいよ


「簡単な物ね……」


 遥は呟くと、自然とその視線は棚の奥、埃を被った一冊の古びた魔道書に向けられた。


 日本で暮らすようになり、もう使うことはないだろうと思っていたが……異世界への転移魔法は今も確かにそこに眠っている。


「簡単に『狩れる』やつ、行ってきますか」


 遥の口元にかつての勇者の笑みが浮かんだ。

 軽く指を鳴らすと、エプロンが光に包まれて消え、異世界の戦闘衣装に変わる。

 全身を守る硬質なレザー装備、大剣を背負うたくましい姿が鏡に映し出された。


◆第一章:異世界での狩り


 遥が降り立ったのは、緑豊かな森。

 鼻腔をくすぐる独特の匂いが、遥の冒険者の感覚を蘇らせる。


「さて、今日のターゲットは……豚型モンスターのオーク。食材として最高よね」


 かつてこの地で数多の魔物と戦い、人々を救った英雄――遥。

 だが今日は、英雄ではなく「家庭の主婦」として食材を調達するだけだ。


 足音を殺しながら森の奥へ進むと、低い唸り声が聞こえてくる。

 背丈を超える巨体、豚のような頭に太い腕を持つオークが数匹、群れを作っている。


「ちょっと多いけど……まあいいか。手早くやっちゃいましょうか」


 遥は軽く肩を回すと、背負っていた大剣を引き抜いた。

 その動きはまるで重さを感じさせない。


「お肉、いただきます!」


 遥の叫びとともに、大剣が唸りを上げた。


 オークの一匹がこちらに気づき、怒号を上げながら突進してくる。

 しかしその巨体も遥にとってはただの的。

 彼女の剣は無駄な動き一つなく、オークの首元を斬り裂いた。


 倒れたオークを横目に、次の標的に向けて地を蹴る。


「ほら、もうちょっと頑張りなさいよ!」


 オークの群れは仲間を失い恐れを抱くも、彼女の前では逃げる隙さえ与えられない。


◆第二章:帰還と料理


 狩りが終わると、遥は素早く手際よくオークの解体に取り掛かる。

 内臓は地面に埋め、血抜きを済ませると、肉だけを魔法のバッグに詰め込む。


「これで十分ね。さ、帰って料理しなくちゃ」


 魔法陣が光り、遥の姿は再び日本のキッチンに戻った。

 手早く下ごしらえを済ませ、タレに漬け込んだオークの肉をフライパンで焼き上げる。

 甘辛い生姜焼きの香りがキッチンに漂い始めた頃、玄関の鍵が回る音が聞こえた。


「ただいま、いい匂いだな」


 剛が笑顔で帰宅する。


◆第三章:晩ご飯と夫婦の時間


「おかえりなさい。今日の晩ご飯、生姜焼きよ」


 遥はテーブルに料理を並べる。

 大きめに切られた肉に甘辛いタレが絡みつき、見た目も食欲をそそる仕上がりだ。


 剛は箸を手に取り、一切れを口に運ぶ。


「……これ、めっちゃうまいな!今日のお肉、どこで買ったんだ?」


 遥は笑顔を浮かべ、さらりと言う。


「ちょっと狩ってきたの」

「狩った……?」

「うん。簡単に狩れるやつってことでね!」


 剛はポカンとするも、すぐに笑い出す。


「お前、ほんとすごいよな。異世界に行って肉調達してくる奥さんなんて、世界中探してもお前しかいないよ」

「そうでしょ?だから大事にしてね、剛君」


 遥の満面の笑みに、剛もまた心からの笑顔を返した。

 二人の笑い声が温かく響く中、テーブルの上の生姜焼きはすぐに平らげられた。


終わり……?

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"元"異世界勇者の奥様の簡単な晩御飯 星野 願 @hoshino_negai

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