第6話 イェーイ☆ 婚約者クン見ってるぅ?

 放課後、央瀬哀理が獅子院セイハの家へと向かうべく急いで家に帰り、そして身支度を整えていた時のこと。

 学校の時と同様の唐突さで婚約者の男が現れ、己の邸宅へと招いた。央瀬哀理は断りたかったが、両親が勝手に了承して男が待たせていた高級外車へと押し込んだ。さらには会食に出なかったことを咎められ、彼女の機嫌はさらに悪化の一途を辿る。

 そしてそこそこの時間をかけ、趣味の悪い外観と内装の屋敷へと案内された。これなら獅子院セイハの住む安アパートの方が億倍居心地がいいと、さらにイラつきながらも内心で溜め息をつく。


 そんな不機嫌さMAXの央瀬哀理に、男の自意識過剰とも言える口調の質問ラッシュが降り注いだ。


『なぜ会食に来なかった?』

『……あぁ、そうか分かったぞ。恥ずかしかったんだろう』

『心配するな、俺がいるんだからなんの問題もない』

『どうだ? 今日これから2人きりの夕食と洒落込もうじゃかいか』


『あ゛? あんたみたいな豚に話すことなんかなにもないんだけど? 養豚場にでも行ってろ。お仲間が待ってるってさ』


 キレた央瀬哀理は肥溜めを食料とする豚を見る眼差しでそう吐き捨てると、1ミリも振り返ることなく部屋を、屋敷を出て行った。


 それがおよそ30分前の出来事。男はそれから1分経つ毎に機嫌が悪くなっていった。それもそのはず、先の発言もあるが、央瀬哀理のスマホへ各種さまざまな手段で何度も連絡しているがなんの返事もないのだ。(実際は全て着信拒否になっている、返事がないのは当然だ)

 しかも婚約者がこれからの己にとって非常に重大な意味を持つ会食をほっぽり出して、翌日になってもしかも連絡の1つすら寄越さなかったのだから憤りを覚えるのも無理はない。

 挙げ句、先程の発言だ。妻は夫を立てるもの、という時代錯誤としか言えない価値観を持つ彼からすればそれは許されない行為であった。

 央瀬哀理、その美しい顔と恵まれたプロポーションは道行く人を振り向かせる。また超能力も彼女の家の格である砂塵級の枠に留まらず、その上である果実級でも上位に食い込むほど。まさに類い稀なる資質を持つ金の卵。もし両家の婚姻がうまくいきさえすればこの男、山本の家はさらなる栄達を手にし、果実級の中でも特に優秀とされる序列上位100位以内に食い込むことは不可能ではなかった。

 だが現状は違う。会食がご破算になり、周囲に険悪と噂されては他家につけいる隙を与えたも同義。早くこの婚姻の不和を解消しなくては序列100位以内が遠のく。

 でないとの期待を裏切ることになる。それだけは避けねばならないと山本は決意を堅くする。


「……必ず俺のモノにする。その顔を俺への恋慕一色に染め、そして自ら孕ませるよう懇願させるのだ。まずはこの俺の妻になる者として身の程を、女は夫に尽くす、この常識を叩き込んでやらねば。……でないと、お、俺の、立場も……。ちっ、おい! 追跡はできているんだろうな!」


「は、はい! 問題ございません。このモニターでご覧いただけます」


 部下の1人が部屋の壁にかけられたモニターを起動する。そこにはいずこかへと向かって歩く央瀬哀理の姿が。その様子はどこか楽しげであり、それは山本にはけして見せない女の顔でもあった。


「ちっ、哀理のヤツどこへ行くつもりなのだ? まさか連れでもいるのか?」


「はい。クラスメイトで名前は————」


「いや名前はいい。俺の妻に手を出しているんだ、どうせ始末する。それにむさ苦しい野郎の名前なんざ知りたかない。……まさか女だったりするのか?」


「いいえ。男です」


「ならどうでもいいな。成る程、その連れの家にしけ込もうってわけか」


「……いえ、方向は真逆なのでこちらではないはずなのですが……」


「ん? なら哀理は……ラブホか」


「いえ、そういった目的の施設もまた近場では逆方向となっており……」


 そうこう山本と部下が話している内に央瀬哀理はあるアパートの前で止まった。新しくもなく古くもない、そして大した特徴もない無難オブ無難なアパートだ。

 普段の山本なら貧乏人臭くなると視界に入れるのすら拒む。だが今だけは話が別であった。


「成る程、ここが密会場所か。自宅もラブホもバレるリスクがある。だからこそ誰も見向きもしないアパートを借りたというわけだ。卒業後はここで2人で慎ましく暮らすつもりだったんだろうなぁ。全く、愚かしい。人のモノに手を出すカス野郎も、自分の立場を理解しない哀理も。やれやれ、俺が手ずから————ん?」


「これは……?」


 央瀬哀理が無難なアパートのとある一室をノックする。するとそこから出てきたのは、可もなく不可もない、加えて言えば目立った特徴もない彼女と同年代の男。まるでこのアパートのような男だ。


「……なんだ、あの冴えないボンクラは」


「彼は獅子院セイハ。確か央瀬哀理様と同じクラスに在籍しております」


「し、しししし獅子院だと!? バカな、なぜいきなり星座級と出会す!?」


「そ、それは……すぐに調べさせま————」


「……いや、やはりいらん。よく考えるとあんなアパートにいる時点で脅威足り得ないカスなのは自明の理だ。女じゃない上にボンクラな時点で興味なんぞ持てるか」


 獅子院という、この国の頂点の一角に座する正に雲上人とでもいうべき血族が出てきた際には、驚愕の余り立ち上がり声を震わせて冷や汗を流した山本。だが星座級が優秀な子息をあんなアパートに放逐するはずもない、とすぐに興味を失い、どかっと革張りのソファーに座り直す。

 一方のモニターに映る央瀬哀理は、獅子院セイハの部屋へと消えていくのだった。


「別視点に切り替えます」


 画面が切り替わると、どうやら窓から見た映像のようだ。別の追跡者が撮って送信しているものであり、別の視点で撮れるよう先回りしていたのだ。


 そしてその映像には————。


『『んちゅう♡ ちゅぱっ♡ じゅるれろっ♡』』


 なんと、お互い正面から抱き合って激しく舌を絡ませて唾液を送り合うという、オトコとオンナになった2人がそこにはいた。


「な、なんだこれは!?」


 だが行為はそれで終わることはない。


『んっ♡ そこぉっ♡ あっ♡♡————はーっ♡ はーっ♡ …………ふふっ、気持ちよくしてくれた分、今度はあたしの番ね♡ たくさんご奉仕するからさ♡』


 2人はお互いの熱を高め合い、露出した肌を紅潮させては、その熱を確かめ合うように愛を込めて探り合う。


「なっ、なななななな!?」


『あんっ♡♡ んっ♡♡ はっ♡♡ ちょっ♡♡ そこぉ♡♡ 弱いのっ♡♡ ら、らめっ♡♡ くるぅ♡♡ きちゃうぅ♡♡ んっくぅぅぅぅぅ♡♡♡♡』


「なんなのだこれはぁぁぁぁ!?!!?」


 そこにあるのは激しく踊り狂う肌色だけだった。央瀬哀理と獅子院セイハの行為は高校生のそれとは思えない程に熟練しており、今日昨日の関係でないことは山本の目には明らかだった。

 彼は推測する。恐らく、婚約が決まるよりも前からこの関係は始まっていた。つまりこの背信は最初から行われていたのだ。自分にはつれない態度を取りつつ、表向きの彼氏とは適度な距離を保ち、しかし本命の獅子院とは濃厚な関係を構築する。

 つまり本命は獅子院セイハだった。自分はサブプランに過ぎない、そうモニターの映像は物語っていた。昨日会食にこなかったのも獅子院セイハと愛を育むためだろう。いつでもできるであろうただそれだけのために、山本一世一代の婚姻のための会食は負けたのだ。

 獅子院セイハは放逐されたボンクラで、大したことない存在。その考えは既に消し飛んでいた。


 だがなによりも山本のプライドを傷つけたのは、男に跨って乱れる央瀬哀理のオンナの顔であり、愛しい男に向けるその表情だった。体だけの関係なら、権力だけが目的なら、ここまで傷つくことはなかった。

 だが、あの悦楽の中にも確かに愛が籠ったあの表情を見て、男としても超能力者の血族の立場としても青二才に完全な敗北を喫したと悟り、そして深く傷ついた。

 初めての挫折だった。


 しかも————。


「クソッ! クソゥ! ちくしょぉぉぉぉ!!!」


 己の分身が元気に起立していたのだ。過去最大レベルで。

 それでも央瀬哀理を悦ばせる獅子院セイハのモノには到底及ばない。その事実がズタボロのプライドをさらにボコボコにする。


「こ、こんなの、こんなの————」


 悔し涙を、別の涙も流しつつ彼は叫んだ。






NTRねとられではないかッ!!!」




===あとがき===


 唐突なNTRにより脳が破壊されました💥

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