第5話 なんとまあ分かり易い悪役なのだろう

 それは午後の授業を受けていた時のことだ。いきなりどこからか、ドタドタという足音がこの教室に向かって慌ただしく接近してきたのだ。


「哀理ィ! 昨日なぜ会食に来なかった!? お陰で俺の面目は丸潰れだぁ!」


「チッ」


 授業中にも関わらず、知らない男が口の端から泡を飛ばしながら教室に怒鳴り込んできた。その体はぶくぶくに太っており、なんか妙にかっこつけた格好と髪型をしている。加えて、その顔面からはいかにも悪徳って雰囲気を感じる。なんというか、こう、リボ払いとかリボ払いとかリボ払いとか牛耳ってそう。あと無駄に金ピカ装飾マシマシ。

 対する央瀬哀理は顔を顰めつつ舌打ち1つ。なんというか、性格悪い同士の衝突は誰も幸せにならないね。


「せんせー、知らない人が不法侵入してまーす。警察呼んだ方がいいですよねー? あと多分ストーカーでーす」


 どうやら央瀬哀理は知らぬ存ぜぬを通すつもりのようだ。まあ、確かに入館証みたいなのをつけてないしな。普通に不審者だ。その証拠にクラスメイトたちも困惑している。


(話の流れから察するに、あの男が央瀬の婚約者なんだろうな。乗り込んで来たのは昨日俺が引き留めたから、か。あんな偉そうな奴が婚約者とか俺だったらまっぴらごめんだな。早々にゴールデンボールをナッツクラッシュしてる)


「哀理ィ! 俺はお前の婚約者だぞ! 知らないフリをするなぁ!」


「やだやだやだ、なにこの豚? 人のこと下の名前で呼んでさ。しかも、こ、婚約者だって。ヤバ、超怖いんだけど……。鳥肌たってきた。あとそのきったない唾飛ばすのやめてくんない? 息臭いんだけど?」


「なんだと!? 俺のどこに不満がある!」


「ハァ……。見ず知らずの豚がブヒブヒ話しかけてくるせいで今日1日が台無しっていうか、どこが不満って自意識過剰なんだけど。全部に決まってんじゃん。頭大丈夫?」


 めっちゃ煽るじゃん。


 このタイミングで怒鳴り込んでくるものだから、てっきり早乙女美鏡ミラ関係かと思ったが違った。ある意味当然の帰結だが、央瀬哀理絡みだった。

 当然、早乙女美鏡は支配してある。俺のことや央瀬哀理のことを他人に伝えられないようにして、直接間接問わず危害を加えることを禁止。あと俺は不良どもにパシられたわけだが、央瀬哀理の証言(もちろんウソ)で途中で逃げ出したことになった。


「……この代償は高くつくぞ」


「ちょっと出荷まだー? この豚さん脂っこいんですけどー」


(代償、ねぇ……)


 捨てゼリフを吐き、央瀬哀理の自称婚約者(多分事実)は苛立たしげな様子で教室を出て行った。

 とりあえず学校にいる間はなんの憂いもないと思っていたが、まさか婚約者が顔を真っ赤にして乗り込んでくるとは。全く想定していなかった。もうちょっと世間体とか考えないのかね。

 いや、もしや恥をかかそうとしている? 自身が醜悪ルックなのを活かして……いや、ねーわ。謎に自信満々だったし。どうしてあの悪人面と肥満体型と成金趣味でイキれるのか。せめてどれか1つにしろ。






 授業が終わり、掃除の時間。各々、決められた分担に従って教室を出ていく。ちな俺の分担は普通に教室だ。

 であるからして……。


「哀理、婚約者とかいたんだ?」


「でもあのデブはねーわ」


「ホントそれ。親からあんなのが婚約者って言われた時の気持ちとか、考えたことある? サイアクだったわ。しかも自分がイケてるって勘違いしてんのか、キモいことばっかり言うの。あー、どうにかして婚約解消したーい」


「アイちゃんさ、俺という彼氏がいながら婚約者いたの? 酷いなぁ」


「ごめんって。でも親同士が決めたことだしさ、勇樹じゃどうしようもないんだって」


(……ん? 今なんでチラッと俺を見た?)


「大丈夫、俺がなんとかしてみせるよ」


「あんがと」


(またこっちを見た!? まさか俺になんとかしろとそう言いたいのか……?)


 ……当然サボる連中がいる。

 そのメンツはいつもの不良チーム。見た目も言動も行動も不良な彼らだが、その攻撃性ゆえか超能力者としては優秀で身体能力も高い。まあ、座学がアレだからか(成績がいい順からクラスが決まるので)その立ち位置は最下層の6組だ。ちな1番優秀なのが1組。

 ちな俺はリラックス(笑)させるだけの超能力なので有無を言わさずに最下層。座学は結構いいとこ言ってたんだけどね……。


(婚約者、ねぇ……)


 ふと思いついたことを聞くべく、テレパシーを使ってある人物————というか早乙女美鏡に話を聞くことにした。


『なあ、早乙女は婚約者っているのか?』


『ひゃっ!? ……いきなり話しかけないでくれますか?』


 ながら掃除でも不自然に見えないために、精神支配で集中力とモチベを爆上げにする。本当なら使わなくてもいいのだが、不良どもが掃除をしないからその皺寄せが俺に来ているから使っている。

 こいつら、自分たちが楽するために別の人を脅して分担を交代させたのだ。そこに俺を加えて全部押しつけることでサボろうというわけだ。うーん、カス!


(……精神支配って他人に使うより自分に使った方が便利に感じるんだが気のせいかな?)


『それで? 話とはなんですか? 1組かつ1年生で生徒会長になった私は忙しいんですよ。落ちこぼれの貴方と違って』


『そんな落ちこぼれに完全敗北アヘ顔ダブルピース失禁してんのはどこのどいつだ?』


『ッ!! それは貴方にあんな卑怯な超能力があるからでしょう! 本来ならこんな支配など……! と、というか! アヘ顔なんてしてませんよ!?』


『はいはい負け惜しみ乙。そもそも、その実力で負けてんの。今度は超能力そのものの強さが違うから負けたとか言い出さないよな?』


『ぐぬっ……!』


 テレパシーで話を聞くことにしたのは、対面で会った結果他の人にバレるリスクを回避するためだ。なんたって精神支配は最強だからね。使わない手はない。無論、身の安全のため表立っては使えない。だから不良を洗脳して掃除させていないのだ。いきなり真面目に掃除し始めたら怪しまれるのは確定だからな。

 っていうか、俺は口喧嘩をするためにテレパシーをしたんじゃないんだが? いや、売り言葉に買い言葉ってヤツか。俺は偉そうな奴とは相性がよくないんだよなぁ……。


『ところで早乙女に婚約者っている?』


『なっ!? なぜ貴方なんかに————』


『“いいから言え”』


 このままでは埒があかないので獅子院セイハが精神支配でもって命じることに。別に口喧嘩したいわけじゃないからな。


『いませんよ。……これで満足ですか?』


『“その理由は?”』


『私が当時決まりかけていた婚約者候補を、両家と関係者の前で決闘してボコボコにしたからですね』


『……そりゃ物騒だな。それで? その後、早乙女の立場はどうなった?』


『本当に意地が悪い。聞かなくても分かるでしょう? 外聞が悪過ぎて婚約は解消。私の家での立場もかなり悪く……。でも後悔なんてしてません。あんな……! 2番目なら空いてるなどと宣うような輩の妻になるなど! しかもあんなカス以下の実力の……!』


(……うーん。婚約をボコって解消とは、日本は修羅の国なのか? それに倣って央瀬も彼女自身の手でボコれば解決☆ ————なんて、甘い世界じゃないか。当たり前だが、約束の横紙破りなんて誰も納得しないだろうし……)


 って、なにを考えてるんだ俺は……。


 そしてなぜか央瀬哀理は俺に期待してる雰囲気がある。まあ、だからなんだというんだ。俺が彼女になにかしてあげる、なんてありえない。だって昨日まではパシリ扱いしていたのだ。それを激しく抱いて(実感はない)しおらしくなったからって、対応を即座に変えるほどチョロくもないしお人好しでもない。

 それに彼氏がいるんだし、そいつが央瀬のこのを心の底から想ってるんだったらそいつがなんとかするだろ。


『まあ、貰い手がなかったら俺が貰ってやるよ。…………なんちゃっ————』


『えっ!? 本当ですか?』


『……ん?』

(えっ? なんでこいつこんな喜んでんの?)


『むへへへへへ……』


 表情は見えないのに、喜色満面といった様子なのがなぜか伝わる声色が俺の脳内に響く。妙だな、支配下にあることをいいことに他人には言えないだいぶキショい冗談を言ったはずなのに……。俺の予想だと、「キッショ、なんでお前と結婚するんだよ」とか返されると思ってた。

 しかもなんだその謎の笑い声は。


『げふんげふん。まあそれは傍に置いといてだな。そのボコった件なんだが、円満に婚約解消することはできなかったのか?』


 って、なにを考えてるんだ俺は……。(2回目)


 これじゃあヒロインの意に沿わない婚約をなんとかしようとする主人公みたいじゃないか。くそぅ、自分への対応がちょっとマシになっただけで気にかけるようになるなんて、我ながらチョロすぎだろ……。


『というか、なぜそんなことを聞くのですか? まさか、既に婚約者が!? 私という者がありながら……!!』


 結婚したのか? 俺以外のヤツと、みたいなこと言うのやめーや。


『いや、いないから。ってかいるわけねーじゃん。リラックスさせるだけの超能力だぞ。……表向きは』


『ということは婚約者いないんですよね? あの央瀬哀理とかいう砂塵級の女とはなんの関係もないんですよね?』


『いや、なんでそんなしつこく……いやいい。央瀬とはただのクラスメイトだ。それ以上でもそれ以下でもない』


『ならよし』


(なんでこいつの許可がいるんだ……)


 いかにも当事者な早乙女に話を聞きはしたものの、結局大した収穫がないまま掃除の時間は終わるのだった……。

 というか、早乙女は一体どうしたんだ? なんか対応がおかしい。……妙だな、俺は「相手を好きになる催眠」みたいなのはかけてないはず。


(うーん、謎)




===あとがき===


テレレレレレレー↑

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る