第3話 昨夜の全貌を思い出したい今日この頃

「それであの肉ダルマのヤツ、あたしになんて言ったと思う?」


「……な、なんだろうなぁ」


「『俺に釣り合う女になれ、そうしたら目一杯愛してやる』とかとかキメ顔で言ってきやがったのよ。超ウケる、鏡見たことなさそう」


 朝気づいたら事後だった、しかもなんでかは分からないが、央瀬哀理と友達みたいな距離感で会話をしている。いや違う、これは一方的に話しかけられているだけだ。陽キャに絡まれる陰キャ、これ以上の事実はない。だというのに愚痴を言う央瀬哀理は結構楽しそうだ。

 妙だな? 俺は「俺と話してると楽しくなる催眠」みたいなのはかけてないはず。にも関わらず今、ハイパー気まずい空気感を感じているのは俺だけ。……なるほど、これが常識改変が起こっている中でそれをくらってない人が見る異常な世界か。実際に体験するとその異常さがよく分かる。いや、誰にも常識改変かけてないけど。


「……セイハ、なんかつまんなさそう。まあ、他人の愚痴なんて退屈だろうけどさ」


「それは……」


「それになんか距離ってーの? 感じるんだけど————もしかして昨日のこと、覚えてないって感じ?」


 不和の原因に思い至ったのか、いきなり声のトーンが低くなる央瀬哀理。元々鋭い瞳がより鋭くなり、威圧感が滲み出始める。端的に言えばガンを飛ばしている。返答を間違えるとぶん殴られそう。しかしここで嘘をつくのはちょっと……。苦手だしあまり好きじゃないんだよなぁ。


「……悪い。覚えてないんだ。だからなんで央瀬さんがこんなに親しげなのか分かんなく————んぐっ!?」


「んちゅ♡ れろっ♡ じゅるっ♡」


 言い終わるのを待たずに央瀬哀理は俺との間を詰めたかと思えば、背伸びをして高さを合わせると肩を掴み、キスをしてきた。しかもその上で口の中に舌を捩じ込んできてもいる。

 昨夜のことなんてぼんやりとした夢みたいな認識のはずなのに体はしっかりと覚えているのか、彼女に導かれることなくその口内を舌でまさぐり、味わう。

 美少女って不思議。なぜかその唾液が甘い気がする。


「ふーっ♡ やっぱ体は覚えてんじゃん。なら昨日あたしに言った、たくさんの情熱的な言葉も思い出すでしょ。大丈夫、今は分かんなくてもあたしはすぐにキレるタマじゃない。待ってるからさ。まあでもなるべく早いうちに頼むわ」


 唇を離してなお、お互いの口を唾液の架け橋が繋いでいた。そして央瀬哀理はそういうと、何事もなかったかのようにニヤリと笑い、学園へ向かって歩いて行った。

 あ、あかん、えっち過ぎる。なんだ、その挑発的な笑みは! 妖艶な雰囲気は!

 ————っていうか、「ふへへw 催眠中の記憶はなくても体は俺のこと覚えてんじゃんw」みたいなセリフは本来俺の役割のはず……。






 夢っぽいけど夢じゃなかった初体験を経て、俺は男として一皮剥けた。けしてえっちな意味じゃ————いや、えっちな意味なのか。まあ、それはさておき、そんな体験をした俺の学園生活は歯車が動き出したかのように、それはもうラノベかっていうくらいすごい変化が————


「おいパン買ってこいよ」


 ————起こるはずもなく、いつも通りにパシリ扱いされていた。いや、実際に言いなりになって買ってきたことはないんだけど。というか、これでまだ入学してまだ1ヶ月と経っていないんだよね。パシリからの童貞卒業とか怒涛過ぎる。


「ねぇー、哀理はどうするー?」


「ん? あたし? そうだな、じゃあこいつ自体を持ってくわ」


 央瀬哀理はそう言いながら俺の首根っこ————というか制服————を掴み上げつつ、いつもの取り巻きに答えた。朝の態度は一体なんだったのか、そう言いたくなる。


「おっ、とうとうかぁ」


「アイちゃんと、俺たちの財布になれたことを感謝しろよ!」


 俺は彼女に半ば引き摺られながら教室を出る。その際央瀬哀理にやけに親しげな様子の、金髪でチャラくて運動部っぽい男が声をかけてきた。

 ええい! 俺は前世からお前みたいな、運動部ってだけでモテて悪いこと=カッコいいみたいな考えを持ってそうで誰彼構わず手を出してそうなヤリチンが嫌いなんだ!(偏見)

 いつか絶対に、超能力がバレないシチュエーションがきたら〆る。あとそのあんまり似合ってない金髪を黒く染めたあとに短く整えてすっきり爽やかな大人コーデにしてやんよ!






 教室から引き摺られて出た俺は央瀬哀理に連れられてそのまま購買に————行くのかと思えば、目的地は屋上前の階段だった。屋上に行かないのは、施錠されてて開かないからだな。


「ところでなんでこんなところに? パシるために連れて来たんじゃないのか?」


「はぁ? パシられそうになってたとこ助けてやったんじゃん。感謝してよね」


(昨日までお前もパシリ扱いしてただろ……)

「……ということは昨日のこと隠してくれてたのか」


「は? あたしだってそんなバカじゃないし」


 その鋭い目をより鋭くし、腕を組んで怒ったようにこちらを睨みつける。ただ俺にはそれは拗ねているように見えた。なんかちょっと可愛い。抱いたからかな? 俺って単純。


「いや、そうは言ってないが?」


「でもセイハ、あたしのことバカだって思ってたっしょ?」


「ぐっ……否定できない……!」


「うわ、ひっど」


 そうは言いつつも彼女の頬は緩んでいる。にしても僅か1日にしてここまで距離感と印象が変わるとは。昨夜のアレコレが夢でなかったというなら、おそらくめちゃくちゃキザなことを言っていたように思える。

 いや、肝心な内容は覚えてないのだ。けれども、クッソ恥ずかしいことを宣ったという記憶と実感がある。

 アレだ、深夜妄想で自分がイケてると思った発想が翌日思い返してみると、内容は朧げなのに阿呆の産物だったという妙な確信がある、みたいなそんな恥ずかしさだ。

 ……うん、例えがもう恥ずかしい。ちょっと横になるね。


「どしたの、急に」


「いや、ちょっと嫌なことを思い出してたんだ」


「……ま、それはさておき、これからもあたしとセイハの関係は今まで通りでいくわ。もちろん、表向きの話な。いきなり変わったら胡散臭いでしょ?」


「そうだな……」


 いきなり行動を変えない辺り、理性的というか、意外と地頭がいい。それに客観的な視点もある。いや、政略結婚とかあるんだから当然か。つまり彼女は獅子院レベルでなくとも、それなりに名家の出なのだろう。

 それにしても横になってるせいか、今の俺は央瀬哀理を見上げるような体勢だ。その短めのスカートから繰り出されるむちむちの太腿が素晴らしい。

 ……マジで昨夜堪能したんだよな? くそぅ、現実らしいのに記憶の中では夢っぽいのが恨めしい。もうちょい現実感と昨夜の記憶をくれ。


「じゃ、昼飯一緒に食べよっか」


「えっ? 一緒に?」


 気づけば彼女のその手には、タッパーに詰められたおかずとご飯がそこにはあった。そして片方をちょっと照れたような表情で勢いよく俺に差し出す。

 くそぅ可愛い。性格クソなはずなのに、自分に対してまともな対応をされると普通に美少女って感じに思えるからズルい。


「そ。ほら、美少女の手作り弁当とか嬉しいっしょ?」


「美少女って、自分で言うのか……?」


「自覚ないわけないし、謙遜とか誰得よ?」


 っていうか、今朝まで俺の家にいてしかも朝の短い時間で2人分の弁当作ったのか? なんかすごいな。


「(なんか付き合いたてって感じで甘酸っぱいな……)」


「ぶふっ!?」


「!?」


 何事かあったのか央瀬哀理は急に咽せる。もしや、小声とはいえ思わず本音が零れてしまったのが聞こえたのだろうか?


「もしかして今のき————」


「そそそそういえばさ! セイハの精神支配って超能力ヤバくない? 世界征服とかできそうじゃん。……もしかしてあたし以外にも関係持ってる女いたりする?」


 聞こえた? と問おうとしたが、凄まじく重要な問いが彼女の口から発せられたために、それを聞くどころではなくなった。

 というか、最後辺りで若干目の光が消えてて怖い。ちょっと前まで関係最悪だったはずだが、一体昨夜の俺はどんな情熱的な言葉を囁いたんだ? 記憶がないのはなんかのエロゲ主人公でも憑依してたとか? 


「……一応聞くが、誰にも言ってないよな?」


 聞いておいてアレだが、この世の中相手の心を読むみたいな超能力もある以上、黙秘は必ずしも有効な手立て足り得ない。

 まあでも大丈夫だろう。もしバレてたら今頃、特殊部隊が俺へと差し向けられ、俺と日本の全面戦争になっているはず。つまり、そうなっていないならまだバレてない。央瀬哀理の俺の超能力についての認識を他者から読めなくして、うっかり口外できなきようにすればいいだけ。あとは俺以外の精神干渉を受けないようにもする。

 うん、ちょー簡単。なんなら今終わらせた。


「誰にも言ってないって。それよりさ、セイハの家に放課後にまた寄っていい? あと、あの感度上げたりするヤツとか、絶頂禁止からの解除で一気にイクの癖になるっていうかさ〜」


「ちょっ!? まるで昨日も同じ目的で来たみたいな言い方はやめたまえ!」


 っていうか昨夜の俺、なにやってんだお前ェ! 調子乗りすぎだろ! 精神支配をそんなご都合催眠モノみたいな使い方をするのはよさないか! めっちゃえっちだから、現実になったらやりたくなるのは分かるけど!


「……今の話、どういう意味ですか?」


「「————ッ!?」」


 突如現れた闖入者により、冗談抜きでその場の空気が凍りついた。そこにいたのは生徒会長の早乙女美鏡ミラ。外見的には野暮ったい眼鏡をかけた、いかにも真面目で優等生っぽい堅物美少女。

 そして性格がクソだ。


「こんなとこになんの用?」


 マジで心臓が飛び出たかと思ったし、冷や汗ダラダラ。対する央瀬哀理は全く表情を変えない、圧倒的とも言えるポーカーフェイスだ。さすが婚約者がいるだけのことはあるな。もしかしなくてもすごい人なのでは?


「貴方には関係ありませんよ。1年6組の央瀬哀理さん」


「あ゛? 喧嘩売ってんの?」


「不純異性交遊をしておいて偉そうですね」


「ちッ!」


(あっ、でも精神支配のことが聞かれてないっぽいな。なら……なんとでもなるはずだ!)


「獅子院セイハ、精神支配についても聞かせてくれますよね?」


 ガ◯ダムだと!?(錯乱)




===あとがき===


 太腿、太もも、ふともも、フトモモ

 ……どれが一番えっちに感じるんだろう? 一番えっちなヤツで統一したいんだが悩ましいなぁ……(チラチラ)

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