第2話 関係なんて簡単に進展しないのが普通
「……とりあえず家の中に入ってくれ」
「承知しました」
うっかり心臓を潰してやろうみたいな、うっかりで金髪ギャルの精神を完全な支配下に置いてしまったわけだが、虚ろ目で棒立ちはいかんせん目立つ。ご近所トラブルを避けるために自宅へ連れ込むことに。
「では、お体に触りますよ……」
「どうぞ、ご賞味ください」
(ネタにそんないやらしい返答されても反応に困るんだが……)
さっきまでとは打って変わった無表情で、かなり意味深な返答をする金髪ギャル(精神支配済み)。まあ、言ってみただけだ。了承云々は端から取る気はなかった。そんなわけで彼女の頭に手を置いて、どんなレベルの精神支配をかけてしまったのかを調べる。
「参ったな、これは……」
ちょっと調べてみたところ、俺視点でもかなり強い支配がかかっている。
ちなみに俺の精神支配の出力は稀代の犯罪者の大体10倍。そもそも精神支配って俺以外だとその人しかいないらしいんだよね。とんでもなく超激レアなのだ。そしてその危険性も超超超激ヤバだ。
つまり、そんなヤバい超能力を持つ俺が結構強いと感じる支配がかかっている。ちょこっっっとだけキレたせいだね。まあ、解除自体は簡単なんだけど今回みたいなケースの支配を雑に外すと後遺症が残りかねない。元の人格を完璧になぞる、「哲学的ゾンビ」状態にならすぐにできる。けど、バレた時が怖いし、倫理的にアカン過ぎるのでやらない。
「ここをこうして————」
「あっ♡ んっ♡ おっ♡ ひあぁ♡ んぁっ♡ んくっ♡ はぁ…… ♡ はぁ…… ♡」
(集中できねぇぇぇぇ!! っていうか、なんだ、そのえっちな声は! そのせいで愚息がミネラル放出祭り開催不可避になってしまったではないか!)
「頼むから“声出さないでくれ”……」
「承知しました」
仕方ないのでマインドコントロール的な意味で黙らせて作業を続行。こういう時は本当に便利な超能力だ。金髪ギャルの精神に触れてその状態を事細かに観測し、強めの支配を緩めていく。
「…………♡ ……♡ ……♡♡」
「————」
光のない虚ろな瞳を蕩けさせ、頬を紅潮させる金髪ギャル。しかし俺は負けない。心を無にしてから5秒後、支配のレベルをかなり強いから普通にまで下げる。よし。これなら支配! 支配解除! 支配! とかしても後遺症は残らないな。
「ふぅ……」
「お疲れ様です」
「……」
普通レベルの支配に緩めた金髪ギャルになぜか労われつつ、彼女を正面から見やる。
……こうして見ると顔面偏差値がかなり高い。やや目元がきつめで、化粧込みで派手めな造形の容姿の美人だ。でもそれが自然というか、本人の魅力を最大限引き出しているように見える不思議。
「いや、ホント、喋らないとマジで美人だな……」
「……」
微動だにしない姿も、支配状態の虚ろな眼差しも、人形のような無機物的な美がある。しかし脈拍があり、瞬きをしている。生きているのだ。それを支配しているという事実がもたらす甘美な感覚は、これは同じ超能力を持っていないと分からないだろう。
そして、なんの抵抗もできない美少女が目の前にいる、それが男の理性をどれほど狂わせることか。しかも、俺なら彼女になにをしても絶対に悟られない、そんなチカラがある。その事実が理性を溶かす。
しかしここで重要な事実を思い出してしまう。
「……ふむ、ところであなたの名前は?」
そう、俺はこいつの名前を知らない。これまで、名前を呼ぶ機会なんてなかったし、これからもないと思っていた。事実、俺はこいつのことを金髪ギャルという「記号」でしか認識していなかった。
「
「……そっかー」
なんか、名前を知るという、ただの事実確認みたいな行動1つでエロスが増したような気がする。不思議だ。
「……ところで今日のご予定は?」
このまま無言でいると、なにかしらの過ちを犯してしまうかもしれない。というか、ほぼ確実にそうなる。だって黙ってれば美人が黙っているのだ。さもありなん。
だから、「なにもしない」ための口実を探ることにした。我ながら完璧な采配だ。
「……婚約者と食事の約束があります」
「わーお」
金髪ギャル改め央瀬哀理は支配中にも関わらず、なぜか若干躊躇いがちに答えた。本当なら表情も様子も微塵も変えずに答えるはず。そんなにも嫌、ってことなのだろうか?
前世の常識的にこの年で婚約者とかある? って感じだが、(もしかしたら前世の現代でも政略結婚とか普通にあるのかもしれない)この世界だと割と珍しくもない。優秀な超能力者同士で子を成すことで、より優秀な超能力者を作る、みたいなことを平気でやる。特に超能力者の名家は進んで。
俺はどうか? ははっ、表向きはリラックス(笑)させるだけの超能力なのだ。利用価値などあろう筈がない。
「うーん。予定あり、か。じゃあ仕方ないなぁ……」
そんなわけで、これ以上引き留めてもトラブルになりそうなのでお帰りいただくことにした。そもそも予定あるっぽいし、サボらせてその上で俺の家にいたと知られると面倒なことになる。無用なリスクは避けねばならない。
「……」
支配は家を出てしばらく行った先で解除されるように設定した。そして俺を目撃しなかったことにし、引き返してこないように対策。うむ、完璧だな。
帰るよう俺に指示された央瀬哀理は玄関に出て靴を履いて立ち上がり、ドアノブに手をかける。
その後ろ姿はまるで、セフレと致したあとに淡白な会話を終え、何事もなかったかのように帰宅しようとしているみたいでなんかワクワクする。そして後ろで束ねられた髪から覗く、僅かに汗ばんだうなじがこれまたセクシー。
「“やっぱストップ”」
「いかがなさいますか?」
心変わりをした俺は彼女の肩を掴んで引き留める。手のひらに触れる制服の感触、柔らかな肌の温もり、しかしそこに確かに存在していることが分かる骨格の硬さがより現実感を増し、体の熱い感覚をさらに昂らせる。
央瀬哀理は振り返り、感情のない虚ろな瞳で俺を上目遣いで見つめる。
「いつまでに帰らないといけないんだ?」
「午後6時までです」
「ふむ……」
スマホを見る。今は午後5時。
「帰るのにどれくらいかかる?」
「徒歩で15分です」
(……意外と近いな。だからバレたのか? いや、もしかしたらバイト先からつけてきたとか? だとしたらマズいな……)
「俺のアルバイト先は知ってるのか?」
「知りません」
セーーーフ!! いやよかったマジで! もし見られてたら赤っ恥だ。「くっ、殺す!」みたいなテンションになってしまうし、記憶を消しつつ不自然にならないようカバーストーリーを埋め込むのをまたやらなければならないのだ。もし見られていたら、ここに来た記憶も含めて消すのは2度目になっていた。ややめんどいからなるべくやりたくない。
やらなくていいならやりたくない……例えるなら食器洗いみたいなめんどくささだ。難しい要素なんてないけどただただ面倒、そんな難易度。
「……さて、と」
再び靴を脱いだ央瀬哀理をリビングに連れ込み、正面から抱き締める。俺との間に挟まれて潰れる彼女の胸の感覚がヤバいね。
……思っていたよりも華奢だ。しかも、なんかもう温かくて柔らかくていい匂いがするし……あぁ語彙力が消失するぅぅ。
日和ってるとか言われそうだが、前世込みでも童貞なのだ。いきなりはいけないし、第一、する気はない。だってバレた時が怖いし、どうやったのかの説明ができない。しかも圧倒的に時間が足りない。
(というか、俺はなにをやってるんだろう……)
なんかふと正気に戻った。これが賢者モードか。……テンション下がったな、帰らせてそれで終わりにしよう。明日からはいつも通りの関係に戻る。それでいいじゃないか。
俺は稀代の犯罪者のように破滅するのはイヤなのだから————。
「……うん。回想したのになんでこうなったのか、まるで意味が分からんぞ!!」
妙だな、最新の記憶まで思い出したのに、えっちシーンは覚えてるからともかく、そこに至るまでの過程も理由も一向に分からない。
「ちょっとうるさい、もうちょっと静かにしてよ……」
「うぐっ!?」
しまった、自分以外誰もいないと思って魂の叫びが漏れ出ていた。しかも、この場にいるのは不倶戴天の敵である金髪ギャルこと央瀬哀理だ。しかし幸いなことに彼女は未だ寝ぼけ眼。この隙にどうにかしないと……!
だが、超能力は宇宙最強でもあくまで俺は転生してるだけの一般人。即座に頭を切り替えられたりはできずにあわあわ慌ててしまう。
ん? 超能力?
(そうか、俺にはその宇宙最強の超能力があるじゃないか!)
精神支配で自らを落ち着かせ、状況を把握するために精神支配で思考を加速させる。超能力におんぶに抱っこだが、やむを得ない。超能力以外は凡人なので……。
そうこうしているうちに彼女は目を覚ます。結局俺ができたのは落ち着くことと、精神支配で央瀬哀理の記憶を消す準備くらい。あとできることといえば……。
(ぶん殴られる覚悟をすることくらいか。いや、これだけのことをしたんだから当たりま————)
「あぁ……もう。うるさいから目が覚めちゃったじゃん。そうだセイハ、シャワー借りるから」
「……ん?」
ブチキレて殴りかかってくるかと思えば、その均整のとれた肢体の全てを俺に惜しげもなく晒しつつ、何事もなかったかのようにバスルームへと向かった。
(感覚からして支配かかってなかったよな? えっ? どういうことだ……??)
思考の空転する俺を置き去りに、シャワーから水が降り注ぐ音が響き始めるのだった……。
===あとがき===
セイハの恐れるバイト先の露見、一体ヤツは何者なんだ……!
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