第03話 モテる女は辛いらしい①

 キーンコーンカーンコーン…………


「きり~つ。礼ぇ~」

「「「ありがとうございました~」」」


「は~い。気を付けて帰りなさいよ~」


 中学三年生の二組の教室。

 終礼を終えて放課後になり、クラスメイト達が好き好きに立ち上がるのを他所に、涼太は自分の後ろの席に座っている蓮の方へ身体を向けた。


「んなぁ、蓮」

「ん~?」


 蓮は涼太の声に反応しながら、机の中に入れていた教科書類を、いかにも運動部やってますと言った風な斜め掛けの大きなエナメルバッグに仕舞っていく。


「バスケ部ってマネージャーいるのか?」

「どうした~、急に? いるけどさ」

「可愛い子?」

「可愛いよ、後輩だし」

「おぉ~。俺とどっちが可愛い?」

「悩ましいけど、後輩かな」


 悩ましい割に、即答だった。


「じゃ、ヒメとだったら?」

「ん~、ちょっと比較出来ないかな。男子だから」

「何だよ……」


 どうやら涼太が思い浮かべていた可愛いと、蓮が答えた可愛いのベクトルは違う方向を向いていたらしい。


 涼太は期待外れだと言わんばかりの視線を向けたあとで、話題を切り替える。


「高校ってどっかスポーツ推薦みたいなんで行ったりすんの?」

「いや~? 普通に近くの公立行くつもりだよ」


 バスケは好きだけどプロ目指してるとかじゃないしね、と蓮は笑って付け加える。


「どこ? 蓮の成績なら普通科だろ?」

「だな~。笠之峰かさのみねって思ってる」

「同じだな。俺もだし、ヒメも」

「え、ヒメちゃんも?」


 シュッ、とエナメルバッグのファスナーを閉めた蓮が曖昧に笑う。


「笠之峰、ちょっとレベル高くない?」

「まぁ」


 あくまで笠之峰高校のレベルが高い。

 姫奈の学力が低いとは言わない辺りに、蓮の優しさが滲み出ている。


「一応、中三になってからは定期的に俺がヒメの勉強見てるけど」

「どんな感じ?」

「ん~、要領は良いんだけどやる気にムラがありすぎて……点数も上がったり下がったり……」


 肩を竦める涼太に対して、蓮は「ヒメちゃんらしいね」と肩を震わせた。


「でも、涼太が面倒見てるなら心配ないか」


 スタイル良し、顔良し、運動神経良し、性格良し――と非の打ちどころのない蓮に、涼太が勝る数少ない点の一つが学力だ。


 蓮もクラスの上位三分の一に入る程度には勉強が出来るが、クラスで五本の指に入る学力を維持している涼太ほどではない。


 といっても、涼太は帰宅部で特に習い事もしておらず時間が余っているのに対し、蓮はほぼ毎日バスケ部の活動に励んでいて学習時間が制限されているので、単純に頭の良し悪しを比較することは出来ない。


「俺的には心配しかないけどな」

「とか言って、涼太なら何とかするんだろ?」

「お前のその俺に対する信頼はどっから来るんだよ……」


 半目を作る涼太に、蓮は「ははっ」と軽く笑う。

 そして、エナメルバッグを肩に掛けて立ち上がった。


「よし、じゃあ部活行ってくるわ」

「大会が迫ってるんだっけ?」

「そ」

「そっか」

「おいおい、涼太。こういうときは言うことがあるだろ?」

「あぁ~、ほどほどにな?」

「頑張れ、だろそこは」

「蓮はもう充分頑張ってるだろ。これ以上何を頑張れと?」

「あはは、涼太らしいな」


 蓮は明るく笑って「じゃ!」と改めて言うと、そのまま教室を出て行った。


 涼太もそれを見送ってから立ち上がり、自分のリュックサックを背負う。


「おっと、早く行かないとヒメに遅いってどやされるな」


 涼太は教室の前に掛かっているアナログ時計を一瞥してから、教室をあとにした――――



◇◆◇



「ホントふざけんなよお前っ!」


 本校舎一階の端に位置する女子トイレ。

 場所が職員室の真反対なうえ、教室が入る階層とは違うため、誰も利用しない不便なトイレ。


 普段は人気のないはずのそんな場所から、女子生徒の怒鳴り声が上がった。


「別にふざけてませんけど」

「っ、そうやって澄ましてるのが癪に障るってわかんないワケ!?」


 トイレの奥の壁を背に立つのは姫奈。

 そして、姫奈を追いやるように立つ気の強そうな同級生の女子生徒が一人と、その後ろには更に三人の女子。


 三人の真ん中に立つ女子は涙を流しており、その両脇に立つ二人の女子が肩を抱いて慰めている。


「大体さ、謝罪の一つもないの!?」

「えぇっと、ごめんなさい……?」

「何に対して!?」

「え? いや、知りませんけど……」


 謝れと言われたから謝った。

 早くこの面倒臭い状況から解放されたいだけ。


 そう顔に書いてある姫奈に、正面に立つ女子は更にこめかみに青筋を立てた。


「コイツ……呼び出された理由もわかってないのかよっ……!」


 その女子は、自分の後ろに立つ泣いている女子を指した。


「お前、朱莉あかりの好きな男子に色目使っただろ!?」

「使ってませんし、そもそも誰……?」

「この前お前に告った男子だよ!」

「この前って……どっち?」

「ど、どっちって……!」


 直近では姫奈は同級生の男子と二年生の男子に告白されている。


 恐らくそのどちらかだと思われるので、姫奈は二択を絞るために聞いたつもりだったが、女子の怒りは更にヒートアップする。


 後ろの女子は鳴き声を大きくした。

 両サイドで慰めている女子二人にも睨まれる姫奈。


「高崎だよっ!」

「うぅん……あ、今同じクラスの」

「去年から半年掛けて朱莉がアプローチして、折角良い感じになってたのに……色目使って横取りして挙句に振るってなに!?」

「なにって言われても……」


 酷い言掛り以外の何物でもない。

 それでもここで弁明したところで納得してもらえるはずもなく、むしろ火に油を注ぐことになるのは間違いなかった。


「もういい! ってか、正直前々からウザかったんだよお前。私モテますみたいな顔して居座って、お姫様気取りかよ」


 一歩足を前に出す女子。

 一歩後退るが背が壁にぶつかった姫奈。


「一回痛い目見た方が――」

「……っ!?」


 伸ばされる女子の手に、姫奈はビクッと身体を震わせ――――


「せんせぇ~、何かこっちの方から怒鳴り声が聞こえるんですけど~」

「「「――ッ!?」」」


 廊下の方から聞こえるそんな男子の声に、女子達が動きを止める。


「くそっ……!」

「ちょ、逃げよ!」

「ほら朱莉も早くっ!」

「あっ、うん……」


 タタタッ、と脱兎の如き見事な逃げ足で女子トイレを出ていく。


 数秒経って、あとにポツンと残された姫奈のもとに先程の声の主――涼太が呑気に歩いて来た。


「女子怖えぇ……」

「……ここ、女子トイレって知ってる?」

「見りゃわかるだろ。小便器ないし」

「わぁ、この人確信犯だよ~」


 人気のない女子トイレに、姫奈の小さな笑い声が響いた――――

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