第4話
一週間が過ぎたころ、朝食の後、動きやすそうな服に着替えさせられた。いつものメイドさんが着替えを手伝おうとしたが、頑なに拒んだ。(このメイドさんとは、概ねかなり仲良くなっている)
それからバウルに手を引かれ、広い廊下を歩いていく。裏庭の玄関で靴を履かされ外に出ると、シュナイツがそこに待っていた。今日は貴族然とした服ではなく、ある程度動きやすそうな服だ。両手には、木の棒…いや、木剣を持っている。
シュナイツが、木剣の一本を私に手渡した。予想以上の重さに少しよろめきつつ、理由を求めてシュナイツの顔を見上げた。
シュナイツはそんな私に答えを示した。距離をとって剣を半身に構えた途端、雰囲気が一変する。
どうしてこんなことをするのか、意図はわからない。わからないけど、シュナイツの射るような視線を受ければ、やることは直感的にわかってしまう。
どうして。頭がその疑問に支配される中で、もし。もし戦うのを拒否したら…私はどうなるのだろう。そんな疑問が、思考の隅を掠めた。
ドクンと心臓がなった。
私は目を閉じて深呼吸をして、剣をわきに構える。
心を決めた瞬間、どうすればいいか分かった気がした。
この体では、木剣を持ち上げることはできない。だから、木剣の先端を地面につけて、何とかバランスを保つようにして。
「――――――」
来なさいと言う意味だと、習った単語だった。
木剣を引きずるようにして突進し、その勢いで木剣を振る。慣性を乗せた一撃は、いともたやすくシュナイツにはじかれた。
驚くことではない。むしろ頭の中に浮かんだイメージ通りだった。
私の足は宙を浮き、しかし一瞬後には、強く大地を踏みしめている。身体中のバネを、限界まで縮ませる。
シュナイツの表情にわずかに驚きが覗く。
不意をつくしかない。それが私の直感だった。けれど、驚くほどの余裕があるのならきっとこの剣は––––。
バネを解放させる。私は、この体が出せる全力で剣を薙いだ。
空を切った木剣に引っ張られ、私は勢い余って転倒する。急いで立ち上がろうとすると、突然浮遊感が私を襲った。
耳元で笑い声が聞こえる。シュナイツが私を抱きしめているのだと気づくのに、数秒を要した。
シュナイツは、目を輝かせながらくるくると回る。その混じり気のない嬉しそうな表情に、私にまで笑顔が込み上げてくるのを感じた。ついさっきまで感じていた疑問は、いつの間にかどこかへ消えてしまった。
「――――」
見つけた。そう習った言葉を、シュナイツが呟く。
その後、私が目を回すまでシュナイツはワタシを抱きしめたままだった。
そして、その日の夕食はいつもより豪華だった。
「見つけた」
書斎に入るなり、シュナイツはもう一度口に出した。
「あの子を養子にする」
「…恐れながら、私は反対でございます」
シュナイツの後に続いて部屋に入ったバウルがカチャリと扉を閉め、口を開いた。
「彼女の動きは見ただろう?才能は間違いない。それに年齢もちょうどいいはずだ」
「そういう問題ではございません。…分かっていらっしゃるはずです。」
シュナイツの表情からふっと笑みが消えた。
「…それに、特級ダンジョンの最奥にいて、記憶がない。流石に怪しすぎるかと」
「身元がわからないのは、逆に好都合だろう。それがきっかけでばれるリスクは消える」
「そう言った問題では―」
「くどい」
部屋の空気が、ずしりと重くなった。
「…主に苦言を呈するのも、私の仕事でありますれば。」
バウルは慇懃な口調で、深く腰を折る。
しばらく、沈黙が場を支配した。
部屋の中の圧力はやがて、シュナイツの吐き出したため息で霧散した。
「...わかっているさ」
先程までの、演技した怒りは見る影もなかった。シュナイツの表情には、疲労と苦悩が滲んでいた。
「わかっている。ダンジョンの最奥に子供がいるのがまともじゃないことも、お前が何を気にしているかも。」
ただ、あまりにも多くの感情が渦巻いている。
「…失礼しました」
バウルは、静かにそう答えた。そう答えることしか、できなかった。ここ10年、主人が今日のように笑う顔など、見たことがなかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます