第2話

 馬車に揺られながら、シュナイツ・ハーレンは眉間にしわを寄せて今日幾度目かわからないため息をついた。

「ハーレン家は便利屋ではないのだぞ」

 思わず愚痴がこぼれた。

 今回皇帝から賜った任務の内容は、ダンジョンで新しく発見されたエリアの偵察だ。本来、これは冒険者の仕事である。わざわざ貴族が、それも帝国内有数の名家であるハーレン家が行う仕事ではない。

 だが、今回新エリアが発見されたダンジョンは、王家が秘匿している特級ダンジョンだった。

 理解できなくはない。というか、客観的に妥当な人選であるとも思っている。

 まず、特級ダンジョンを攻略することが出来る者という条件が付く時点で選択肢はかなり絞られる。おそらく帝国内には自分も含め10人もいないだろう。すでに攻略されたエリアまでならまだ簡単だろうが、未到達エリアとなると危険度が跳ね上がるのだ。

 だが、それだけならまだ、高ランクの冒険者を雇うという余地もあった。しかし、今向かっているのは、王家が秘匿、占有しているダンジョンだ。わざわざ口止め料の分を上乗せして、それでも漏洩の危険がある高ランクの冒険者を雇うよりも、事情を知っており、国内一位の剣の腕を持つ私に頼んだほうがよっぽど合理的だ。

 むしろ、冒険者に依頼したりしたら何か隠しているのではないかと皇帝陛下を疑うところだが、それと感情とはまた別の問題である。

 シュナイツは、おそらく山積みなっているだろう書類や公務を思い浮かべて、もう一度、憂鬱にため息をついた。

―どうせなら歯ごたえのある魔物と戦いたいものだ。


 街道沿いで一泊したのち、シュナイツたちの乗る馬車は目的地付近の森に到着した。そこから、知っていなければ絶対に発見できないであろう道を通って半日。

 ダンジョンの入り口付近に設けられた騎士団の駐屯地で、責任者とあいさつしたり、もろもろのめんどくさい手続きをその日のうちに終え、シュナイツたちがダンジョンに入ったのは、次の日の早朝だった。


「ここが新しく見つかったという道か…」

 シュナイツは、地図と前方にぽっかりと開いた穴を見比べてそうつぶやいた。

「キシャアアアッ」

 いきなり襲い掛かってきた猫型の魔物を、シュナイツは右手に持った剣で無造作に両断した。

 猫型の体は、空中で黒い粒子となって霧散した。魔物の体内から唯一残った黒光りする宝石が、地面に落ちてコトリと音を立てる。この魔石が、このダンジョンが秘匿されている理由だ。

 魔石は、魔力を内包した宝石。魔法薬を生産したり、大量の魔力を消費する大魔法を使用する際に重宝される。

 魔法使いにとってその有用性は計り知れない。

 必然的に需要は大きい。だがその反面、魔石を持つ魔物は少ない。上質な魔石を持つ魔物はさらに少なく、さらに並みの冒険者程度では到底太刀打ちできぬほど強い。

 要するに、上質の魔石は途轍もない高級品なのだ。それこそ、大国の収入源の一部となれるほどに。

 シュナイツは、その魔石をポーチに入れて、より一層周りを警戒しつつダンジョンを進んだ。


 とにかく分かれ道が多い。簡単にマッピングしながら進んではいるが、時々迷いそうになる。

 ダンジョンに入ってからおよそ半日。未到達エリアに入ってからは二時間ほどたたころ、前方に扉を見つけた。中途半端に開かれているが、ここからは遠くて中までは見通せない。

 シュナイツは眉をひそめた。

 一応、ここまでそんなものは一つもなかった。

 仲間の一人、斥候役を任せている騎士に目配せをする。騎士は頷いて、扉に近づき、中を覗き込んだ。

 少しして、その騎士が来てもいいと合図をした。

「すいません。状況が判断できず―」

 シュナイツは、その気に促されて扉に近寄って中を覗き見た。

 中にいたのは、見たことのない人型の魔物と、薄汚い少女が一人。

 少女は壁にもたれかかり、その小さい体のいたるところから血を流していた。どう見ても瀕死だ。

 なぜ、こんなところに子供が?それに、あの魔物は?

 疑問はひとまず棚上げにする。ダンジョンにおいて重要なのは、どう行動するか。それが最優先だ。

 たしかに、こんなダンジョンの最奥に子供がいる理由は気になる。しかし、それが、少女を助ける理由になるかは微妙なところだ。

 少女を殺そうとしている魔物は、今まで見たことがない。すなわち、どれだけ強いかわからないということだ。

 未知の敵との戦いは楽しいものだが、シュナイツはそのリスクに自分から飛びついていい身分でもなかった。少なくとも避けられるリスクなら、避ける義務がある。

「状況を静観する。」

 シュナイツはそう判断した。

 部下の騎士たちが軽くなずいたのが、雰囲気でわかった。

 別に他人の死を見て喜ぶ趣味などないのだが、自分でも知らない人型の魔物に興味がわいたのだ。見るからに強そう。手の内を明かした上でなら、是非とも戦ってみたい。

 そんな思惑を乗せた視線の先で、少女がふらりと立ち上がった。瞳には、どこか不敵な色をたたえて、人型の魔物を睨んでいる。

 魔物が拳を構えて地面を蹴る。

 少女はわずかに口を動かした。何を言っているのか、ここからでは聞き取れない。

 少女の足元に見たこともない魔方陣が浮かび上がる。それと同時に、地面に小さな血だまりをつくっていた血が生きているように蠢いて凝固し、少女の手元に不思議な形状の剣を形作る。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 つん裂くような、がなり立てるような。少女の口から獣のような叫びがほとばしる。

 魔物の拳と、少女の剣がぶつかった。

 それは、想像を絶する一瞬だった。

 ふらり、と。頭から倒れそうになった少女を、扉の陰から飛び出して受け止めながら、シュナイツは胴体から真っ二つになった魔物の姿を見下ろした。

 今回の任務はわざわざ来たかいがあったかもしれない。と、口元に笑みを浮かべながら。

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異世界貴族に転生した少女がやがて魔王になる話 @akatuki_itukamaouni

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