三人目のやばい奴

 授業中は学校における唯一安心できる時間だ。

 三葉は他クラスだからここにはいないし(授業への乱入は流石に教師の怒りを買ったのか以後起きていない)、綾瀬は同じクラスだけど愛がやたらと重いだけで授業中にあからさまに何かをしてくるタイプじゃない。


 俺はカリカリとペンを走らせる。授業に集中する。

 あぁ、なんて至福。なんて幸せ。今この瞬間だけはやかましい宇宙人共も鳴りを潜め、心地よい静寂が俺を満たしてくれる。

 登校時も休み時間も下校時も全部こうなってほしい。それが俺の切実な願いだ。


 大体あいつらが俺に執着する理由は一体なんなんだ。

 過去を振り返ってみても、特段あいつらに何かをしたという覚えはない。

 幼馴染だった訳でも、義妹だった訳でも、幼い頃の知り合いだった訳でも、屋上から飛び降りそうな所を助けた訳でも、本の貸し借りをした訳でも、曲がり角でぶつかった訳でもない。


 きっかけがない。それが逆に怖い。

 一目惚れだろうか。


 それくらい単純ならむしろ逆に安心する。

 実はあなたと私は前世から結ばれる運命だった元夫婦なんだよ、とか言われる方が百万倍怖い。しかも割とあり得そうなのが笑えない。


 はぁ……一生授業続かないかな……。


 なんて現実逃避をしていたら――


 視線を、感じた。


「――!?」


 俺も思わず振り返る。だが、そこには誰もいない。

 当然だ。俺が座っているのは最後列の窓際という隅の隅。視線を感じるとしたら隣の席か先生くらいしかいない。


 だがそのどちらでもない。先生は板書しているし、隣の席の山田君は爆睡している。


 まさか、綾瀬か?

 いや違う。綾瀬はああ見えて授業は真面目に受けるタイプだ。あいつが座っているのは最前列の真ん中。先生の目の前。後ろから見ても真面目に授業を受けているようにしか見えない。


 だとすれば、教室の外だな!

 教室の扉は中が見えるように四角い窓が嵌められている。廊下から教室の中を覗いている奴がいるに違いない。

 だって前にも同じことがあったから。


 俺は恐る恐る扉の方を見る。だがそこには誰もいない。しばらく監視するも、誰かが覗いてくる気配もない。


 ここでも、ない……?

 でも他に俺を監視できる所なんて……。


 その時、ポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えた。

 誰かからの通知……?

 恐らくは俺を監視しているだろうあいつからの――


 あー、すっげぇ無視したい。

 見たら面倒なことになる気がする。

 しかしそんな俺を咎めるように、またスマホが震えた。


 ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる。


 絶え間なく振動し続ける。そろそろ太ももが痒くなってきた。

 あーくそ、見ればいいんだろ見れば。


 スマホを開くと、一年生の後輩、佐野宮巡瑠さのみやめぐるからのLINEだ。

 既に通知件数は50件を超えていた。

 中身を見ると、女の子が壁からこちらを覗き見ているスタンプが大量に送られていた。なんだこのスタ爆。こえーよ。


『やっと見てくれましたね、先輩』

『私のこと一生懸命に探しててめちゃくちゃ可愛かったです』

『動画も撮ってあるので後で共有しますね』


 俺はその文面を見てまたきょろきょろと辺りを見渡す。

 やはりどこかから俺のことを監視しているのは間違いない。

 しかしどこからだ? 佐野宮は確実に俺を見ているのに、その姿がどこにもない。


『ふふ、私がどこにいるか分からないんですね。そんな先輩に大サービスです』


 そうして次に送られてきた写真を見て、俺は体中が底冷えする感覚に陥った。

 教室だ。椅子に座って、辺りを見渡している俺の姿が映っていた。

 見下ろすような若干高い位置からの構図。


 明らかにこれは、たった今撮られた写真。

 でも、おかしいだろ。こんなの。



 だって俺の後ろには、誰もいないんだから。



 俺はゆっくりと後ろを振り返る。当然そこには誰もいない。

 あるのは掃除用具入れだけ――


 掃除用具入れ……?


 ……………………まさか。


 掃除用具入れには上部に3本の細長い穴が開いている。そこを目を凝らしてよく見る。0.3の視力を最大限駆使して、目をめちゃくちゃ細めて見る。


 その穴から、スマホらしきものがこちらを覗いていた。


 俺は授業中にも関わらず立ち上がり、問答無用で掃除用具入れを開け放つ。


 そこには、めいっぱいつま先立ちして手を上に伸ばしてスマホを掲げている、身長150センチにも満たないような小柄な女の子がいた。

 ぷるぷると震えているせいで肩から垂れた二つのおさげが揺れている。


「なにしてんだ。佐野宮」

「え、えへへ……バレちゃいました?」


 頭にこつんと手を当てて、小首を傾げる佐野宮。


「先生、ここにサボり魔がいます」

「サボり魔だなんて酷いです! 私は先輩のことをずっと見ていたくてこんな狭くて汚い所に隠れる羽目になったんですよ!? もっと優しくしてください!」

「なんで、俺が、俺のことストーキングしてくる奴に優しくせにゃならんのだ!」

「な、なんでぇ!? 可愛い後輩じゃないですか!」

「お前のことを可愛い後輩だと思ったことは一度もない」

「先輩がそう思っても私は可愛い後輩なので問題ないです」


 だめだ、やっぱりこいつも宇宙人だ。理屈が通じない。

 助けを求めるように先生を見ると、あからさまにでかいため息をついて、手を眉間に当ててるのが見えた。


「久良……なんでお前はこう面倒事ばかり持ってくるんだ」

「え、え、な、は!? これ俺のせいなんですか!?」

「そうとしか見えんが」

「俺は被害者です!」

「分かった分かった。佐野宮。お前はさっさと自分の教室に戻れ。担任の先生にはちゃーんと報告しておくから、そのつもりでな?」


 ドスの効いた声で先生が脅しをかけると、「し、失礼しましたぁ」と言って佐野宮は去って行った。


「……一度面談をした方が良さそうだな。久良」

「ぜひそうしてください」


 あぁ、どうしてこうも俺の周りにはやばい女が多いんだ。

 授業中という俺の桃源郷すらも破壊する暴挙。


 しかし、それだけで終わらないのが人生というもの。


 俺はこの後、この身をかけた一世一代の大勝負に出る羽目になるのだった。

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