二人目のやばい奴

「ねぇねぇ久良くん。私の告白どうだった? 胸に響いた? きゅんってなった?」

「ええい鬱陶しい。お断りしますってさっき言っただろうが」


 避難訓練が終わり担任教師からこってりと絞られて(俺は全く悪くないのに)、その上で俺に降りかかるのはこのやばい女の執拗な攻撃だ。


 今はお昼休み。

 俺はお昼開始のチャイムと同時に学食へと駆け出したが、こいつはそれを予期していたかのような素早さで追いかけてきた。

 そして告白に失敗した事実をなかったことにしているみたいに、こうして執拗に俺に擦り寄ってきている。


「いやですって、私言ったでしょ?」

「告白した側に嫌ですとか言う権利ないんだよ。分かるだろ?」

「……? 分かんないけど」


 もうだめだこいつ。全く常識が通用しない。やっぱり宇宙人だ。


「もういい。分かった。お前には何を言っても無駄だったな。忘れてくれ」

「ふふ、そんな褒めてもなんもでないよ?」

「褒めてない。というかいい加減離れろ! くっつくな!」


 俺は腕に頬をすりすりしようとしてくる三葉の頭を抑え込む。三葉は「ふぎぎぎぎ」と奇声を発しながら食らいついていた。


 そんな俺達を、廊下ですれ違う生徒達が一様に見ている。

 くそっ、頼むから変な噂だけは立てるなよ。三葉と付き合ってるなんて噂が流れたらこいつは調子に乗るに決まってる。

 鬱陶しさが倍増……いや十倍増になることは間違いない。


 今なお抵抗を続ける三葉にそろそろ頭突きでもお見舞いしようかと考えていると――


「や、やっと見つけた……!」


 後方から聞き覚えのある声が響いた。


 あぁもう、最悪だ。

 これ以上登場人物を増やさないでくれ。俺の人生は俺と俺の家族と一部の友達と、あと通学路で見かける可愛い野良猫だけで十分なんだ。お前らの出る幕なんてないんだよ。


 そんな俺の願いを、いるかも分からん神様は聞き入れてはくれなかったようだ。


こころじゃん。なんか用?」


 三葉が敵対心丸出しでそこにいた女生徒――綾瀬心を睨み付けた。


 うっすらと金色に色付いた長い髪が極細の金糸みたいにさらさらと流れる。

 日本人とイタリア人のハーフらしいその顔立ちは西洋人形のように整っている。それでいて真っ白な肌は柔らかそうで、そのプロポーションは西洋人形というよりどっちかというとまるでアニメのフィギュアのようにぼん、きゅ、ぼん、だ。


 そんな特上の美貌が、今は若干汗ばんで頬も蒸気していた。


「ふぅ……はぁ……なんか用とは、随分な挨拶ね。穏音しずね

「ねぇ久良くーん。一緒にご飯食べない? 私奢ってあげるよー」

「ちょ、ちょっと!?」


 自分から話しを振っておいてガン無視とはやはり唯我独尊。しかしそれで俺にひっつくのはやめろ。頭をすりすりするな、歩きづらい!


「私は、みつるの正妻よ! 勝手に充を取らないで!」

「はぁぁ??? いつどこでだれが久良くんの正妻になったって? 私の久良くんに余計なこと吹き込まないでくれる?」

「あなたこそ離れなさいよ! 充が嫌がってるじゃない!」


 そうして綾瀬は空いている方の俺の隣にきて、ぐいぐいと腕を引っ張ってきた。


「全然嫌じゃないよねー? 久良くんそんなこと言ってないもんねー?」

「いや、全然嫌だが」

「ほら心、嫌だって。さっさと離れたら?」

「今のどう考えてもあなたへの発言でしょ!?」


 ぎゃいぎゃい言いながら俺は右へ左へ引っ張られる。

 周りの生徒が珍獣を見るかのように俺達を見ていた。


「もういい。もういいから大人しくしてくれ。さっさと飯食うぞ」

「あ、ごめんね久良くん、お腹空いてるもんね。早く並ぼ」

「充は今日なに食べるの? 私も同じのにしようかな」


 驚天動地の変わり身の早さを見せた宇宙人共を無視して俺は食堂に入り、食券購入の列に並ぶ。

 さっきまでラーメンの気分だったが最早飯を食う気力も沸かない。こいつらはどうせ俺と同じものを頼むに違いない。それが凄く嫌だ。何を頼んでも、いつも、絶対に、必ず、こいつらは同じものを頼むのだ。


 はぁ、学食のメニューに誰も食えないような超々激辛メニューとかできないかな。そしたらこの二人をノックアウトさせてやれるのに。当然辛い物がそんなに得意ではない俺もノックアウトされるだろうが、それは覚悟の上だ。俺はこいつらから逃れられるのなら自分の舌と喉と胃を捧げる覚悟がある。


 しかしそんなことを考えても状況は何一つ好転しないので、俺は大人しく醤油ラーメンの食券を購入した。


「あ、私奢るって言ったのに」

「なに抜け駆けしようとしてるのよ。私が充に奢ってあげるつもりだったの」

「あとから来た癖になに偉そうなこと言ってんの? 私は久良くんにならどんなことでもしてあげられる自信があるんだから、正妻(笑)さんは引っ込んでたら?」

「私だって充にならなんでも許すわよ! この心も体も、全部充のものなんだから」

「だぁかぁらぁ、それは全部私が先! 私の方が上! 私の勝ち!」

「告白盛大に断られたのに何言ってんだか」

「あー! そういうこと言う!? 別に断られてないし!」

「断られてたでしょう。現実見たら?」


 すまん、もう我慢の限界だ。

 もういいか? 俺はもうキレちまいそうだよ。


 頭の中にいる天使的な俺が囁いた。


『平穏無事な生活を望むなら、短絡的な行動は慎むべきだ』


 確かに最もだ。


 頭の中にいる悪魔的な俺が囁いた。


『我慢してても状況は変わらない。もうめちゃくちゃに暴れて全部ぶっ壊そう』


 確かに最もだ。

 しかしよく考えて欲しい。そんな程度のことで、こいつらが俺を解放すると思うか?


『……………………』


 悪魔的な俺は沈黙した。結論は出た。現状維持。

 しかしそれだと流石に俺の気が収まらないので、ささやかな抵抗はしよう。

 俺は綾瀬に顔を向ける。


「なんでもって、本当になんでもか?」

「もちろんよ。充になら、私はなんだってしてあげられる」

「じゃあ俺から離れてくれ」

「それは無理」


 なんでもじゃねぇじゃん!!

 自分の言ったことくらい自分で守ろうよ!? もう高校生なんだからさぁ!!


「だって私は、充のこと心の底から愛してるから。誰よりも、何よりも、この世界よりも」


 綾瀬のハーフ特有の青い瞳が俺を覗く。普段なら綺麗な色をしているな、なんて思ったのかもしれないが、俺はその瞳を見てゾッとした。暗い暗い海の中、日の光も届かない深海の底の底、真っ黒な海に飲み込まれそうな錯覚。

 寒気がした。


「私は充の正妻よ? どんなことだってしてあげられる。どんな要求も飲んであげられる。どんなことが起きても、どんな状況になっても、充を一生涯……ううん、死んでもずっとずっとずっとずっと愛し続ける。それはね、もう運命なのよ。決まってるの。私は充を愛するために生まれてきたんだから。だから充も私だけを見て? 私だけを愛して? 充のこと、本当に、大大大大大大大大大大大大大大大大――」


「すみません、醤油ラーメンお願いします」


 俺は大大言っている綾瀬を見て見ぬフリして、食券をおばちゃんに渡した。


 だから嫌なんだ。

 一人はシンプルに頭がおかしい女で。

 一人はめちゃくちゃ愛が重い女で。


 これだけでもお腹いっぱいなのに、でもそれだけじゃない。

 俺の周りにはまだ、やばい女がいる。

 あぁ一体、俺に平穏な日々はやってくるのだろうか。

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