俺の周りにはやばい女しかいない
八国祐樹
一人目のやばい奴
「
やや舌っ足らずで甘くて、でも声量だけはバカみたいにでかい声が響き渡った。
これは学生生活における超レアイベント、告白……なんかではない。
いや、やってることは確かに告白なんだが、ここは放課後の教室でもなければ
俺、
しかし告白相手の姿は見えない。
いや見えてるけど、俺の0.3かそこらの視力じゃほぼ見えないのと同義だ。
だって彼女は――校舎の屋上にいるのだから。
「久良くぅぅぅぅん!!? 聞こえてますかぁぁぁぁぁぁ???」
周りの生徒がざわざわと騒ぎ出す。
何人かの先生がバタバタと慌ただしく校舎へと入って行った。
今は避難訓練の真っ最中だ。
俺達は先生の誘導に従い、校庭に出た。そのはずだ。
ここには全校生徒が集まっている。そのはずだ。
なんであいつは屋上にいる?
そしてなんで今このタイミングで告白してきた?
理解不能だ。やはりあいつは俺にとって未知の生物。一生分かり合うことのできない異星人に他ならない。
「おい、あれ……2組の
「なんで屋上にいるんだ……?」
周りの生徒も彼女の正体に気が付いたようだ。
やはりその悪名は留まる所を知らないらしい。
「やっぱ可愛いなぁ、あの子」
「誰だよ久良って。羨ましい」
(くそっ!! 見た目だけに囚われたルッキズム共がッ!!)
何が羨ましいだ。ふざけるな。
あいつが一体どんな所業を今まで俺にしてきたか、お前ら知っているのか?
授業中に乱入してきて、何食わぬ顔で俺の席の隣に陣取ったり(隣の席の山田君は強制的にどかされていた)。
頼んでもいないのにお弁当を作ってきたり。
当然のように一緒に帰ろうとしてきたり。
「消しゴム欲しかったでしょ? はいこれあげる!」とか言ってMONO消し押し付けてきたり(嫌な予感がしてカバー外したら相合傘が書いてあった)。
三葉のやばいエピソードには事欠かないのだ。
確かに顔は可愛いさ。
ふわふわと揺れるセミロングの髪は艶やかだし、とろんとした垂れ目がちの目もとても女性的で可愛らしい。
おっぱいも大きくてスタイルもいい。
見た目だけなら100点満点だろう。
見た目だけなら。
「おい久良……あれ呼んでるぞ」
隣にいたクラスメイトの一人が小声で話しかけてくる。
クラスの連中は三葉のやばさを知っている数少ない理解者だ。だからこその『あれ』呼ばわり。
「あぁ、呼ばれてるな」
「なんか返事しなくていいのか? めっちゃ騒いでるけど」
「俺が返事したいって言うと思うか?」
「いや……思わないな……」
三葉は全く引く気はないのか、「久良くぅぅぅぅん!! 大好きでぇぇぇす!!」と未だに声を荒げていた。
その声を聞くだけで胃痛がしてくる。
正露丸は鞄の中だ。今度からはポケットに忍ばせておこう。身が持たん。
「…………はぁ、仕方ないか」
返事なんかしたくない。このままやり過ごしたいに決まってる。
だが、このままでは周りに迷惑がかかる。
先生方は露骨に困惑と怒りを露わにしているし、このまま三葉に騒がれたままなのも都合が悪い。
それに屋上は危ないからな。三葉は恐らく噛り付くようにフェンスに張り付いているだろう。見えないけど分かる。そういう鬼気迫る何かを感じる声をしている。
このままフェンスが外れて全校生徒の前でスプラッタ的な展開だけは御免被りたい。
俺はたっぷり深呼吸を3回挟んで、
「三葉ぁぁぁぁぁぁ!!」
あいつの名前を呼んでやった。
「あーーーーー!! 久良くんだぁぁぁぁ!! おはよーーーーーー!」
「おはよー!!! それでー! 付き合ってって話なんだけどー!」
「――!! もしかしてー! おーけーしてくれるのー!!?」
周囲の視線が俺に集中する。中にはきゃあきゃあと黄色い声を上げる女子もいた。
くそっ、俺は平穏無事に普通の学校生活が送りたいだけなのに……こんな衆人環視の中で何をやってるんだ俺は。
一瞬冷静になりかけた頭を振り払って、俺は勢いのままに続ける。
「もちろん!!」
「え、うそぉぉぉぉ!!? ほんとに――」
「お断りしまぁぁぁぁぁぁぁす!!!!!」
唐突に静まり返る校庭。
全校生徒が集まっているとは思えないほどの静寂がこの場を支配した。
だが、俺だけはその緊張を微塵も緩めない。
この程度であいつが引くはずがないからだ。
キッと三葉を見つめる。目が合ったような気がした。
「いやでーーーーーーーす!!!」
三葉は弾むような朗らかな声音のまま、高らかに宣言した。
ほらな。この唯我独尊っぷりを見てくれよ。
告白失敗して嫌ですって何?
「私が久良くんを好きなのは私の自由だからー! これからも好きで居続けるし、何回でも告白するからー! よろしくねー!」
何がよろしくだ。ふざけるな。
と言いたいのを我慢して、俺は拳を固く握り込む。
「あ、分かったぁ! ここからだと私の本気度が伝わらなかったんだねぇー! 今そっち行くからー! 待っててねー!」
一方的にそう言い切ると、三葉は屋上から姿を消す。
あぁ、皆さんの視線が痛い。
ちくちく、ぐさぐさと俺の心に突き刺さる。
「久良。後で話がある。逃げるなよ?」
担任の先生が俺に一際冷たい視線をよこした。
なんたる理不尽。俺は何も悪くないのに、何もしてないのに、これから先生の事情聴取を受けなければならない。
どうして俺の周りにはやばい女しかいないんだ。
平穏無事に暮らしたいのに、周りの子達がそうさせてくれない。
俺はもう普通には戻れないのかもしれない。
だって、そうだろう。
三葉だけでも厄介なのに、俺の周りにはまだ他にもやばい女がいるのだから。
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