俺たちは、命をかけて映えている。

なぎさめ友帆

わらわらわらわらわら編

1章

1-1

 パキンと乾いた音が廃墟に響き、細い首が鋭角に折れた。

 宝石のような瞳が、円く見開かれた眼の奥で焦点を失い、くるんと上向く。

 俺たちのヒロインはそうやって、あっけなく事切れた。

「わら」「わらわら」「わら」「わら」

 何体ものワラワラが、あの子の身体に群がった。

 子供くらいの背丈を更に丸め、毛のない青灰色の皮膚をテラテラと光らせた奴らが、汚らわしく黄ばんだ犬歯をむき出しにして嗤う。

 捻くれた爪が柔肌を裂き、むしり取られた新鮮な肉が、異様に膨らんだ腹の中に収まって行く。

 骨を折られ、だらんと伸びた首の先で、口を半開きにしたあの子の顔は、それでも尚、綺麗だ。唇から少しだけ覗く舌の艶に、視線が吸い寄せられる。

 こんな状況でも、あの子は装うことを諦めなかった。廃屋で鏡を見つける度に、ほつれた髪を整えていた。略奪され尽くしたコンビニで、コスメの棚が手つかずなのに気付いた途端、天使の笑みを浮かべていた。

 調達のために外に出る前には必ず、目も眩むような紅いリップを引いていた。まるでそれが、自分はここに在るんだと主張するような、凛々しい顔で、いつも。

 あの子はもう居ない。

 だけど、あの子の顔は未だに綺麗だ。

 銃声が轟き、それがぐずぐずのミンチになった。

「くッ……そがァァァ!」

 嗚咽とも怒声ともつかない声が傍らから上がる。ごつい背中が俺とあの子の間に割り込んだ。くすんだ色のジャケットの背中に、嗤う髑髏の刺繍がある。

 調達は必ず三人以上のチームを組む。俺とあの子は斥候で、ワラワラを散らすのが、重い自動ライフルを軽々と扱える上背がある、タイセーの仕事だった。

「なんだよ! なんだよこれ!」

 あの子の身体にぶつぶつと弾痕が開き、あの子の身体だったものにされていく。

 荒れる射線は、その上に跨るワラワラたちも諸共に薙ぎ払っていった。

「なん……なんでだよ! なァ!?」

 自動ライフルを抱えたタイセーが振り返り、顔面をぐちゃぐちゃにして地団太を踏む。蹴散らされた金属の塊がひとつ、俺のブーツに当たった。替えの弾倉だ。

 こいつが装填をしくじらなければ、あの子を救えたかもしれない弾倉だ。

 ふたたびライフルの銃口があの子へ向かう。炸裂音と、ワラワラの悲鳴じみた鳴き声が重なった。

 荒い息で肩を上下させる恋敵の背中、ジャケットの背で、軍ヘルメットを被ったガイコツが、親指を立てて嗤っている。

「……勿体、なかったな」

 囁く声は掠れていた。

「あ?」

「死んだら終わりだ」

「おまえ何の話を」

「こうなるんだったら無理ヤリでも」

「あ゛ァ!?」

 ヤツが激高し、鬼の形相で振り返った。

 引き金に指をかけられたままのライフルは、今、こちらに向けられている。

「お前ふざ」「わら」

 手負いのワラワラが一匹、片腕を引っ掛けるようにして、ヤツを押し倒した。

 弾みで放たれたライフルの弾痕は、俺の傍らに一直線の点線を描くだけだ。

 ワラワラの鋭利な牙がタイセーの側頭部に突き刺さる。振りすぎた炭酸の缶ジュースみたいな音がして、中身が僅かに噴き出した。

 もがく手からライフルが離れ、滑り、俺の前でぴたりと止まる。

 想定以上の幸運だ。

「ウケる」

 ライフルを引き摺るように抱え、あの子を救えた替え弾倉を、今度こそ装填してやる。

 ワラワラは、それの頭部にかぶり付き、頭蓋を砕くのに熱中している。銃口を背に押し当て諸共に撃ち抜いた。

 顔面を半分潰されて尚、憤怒の顔のまま、ヤツは逝った。

 映える死に様だ。


 ファンファーレのような通知音が、廃墟の街にけたたましく鳴り響く。

 眉をしかめた俺に主張するように、手首に巻いた端末が点灯し、棒状ディスプレイにメッセージが流れて行った。

『VOTE☆彡サプライがひとつ投下されました』

『VOTE★彡サプライズがふたつ発生します』

 無意識に舌打ちの音を立てながら空を仰ぎ見る。

 銀色の鏡餅じみた特徴的なフォルムのドローンが、俺を見下ろす位置にホバリングしている。ドローンの上部に一つ眼みたいに生えた撮影レンズがしばらく俺を捉えていたかと思えば、不意に逸らされ、滑るように視界の端から彼方へと飛び去ってしまった。

「ウケなかったかあ」

 ひとりごちながら、足元の死骸の傍らに屈み込み、仰向けにひっくり返す。

 上着には弾丸の痕が装飾のように点在しているが、ワラワラに爪を立てられて引き裂かれた様子もなく、機能には問題なさそうだ。

「これの方が映えるか」

 偉丈夫の肉体から上着を剥ぎ取るのは思ったより難儀したが、ジャケットを両手で広げて眺めるうちに、それも忘れてしまう。

 血濡れたガイコツは凄みを増していて、嗤う意匠がより真に迫っている。

 だから、つい目を奪われてしまった。

「わら」

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