15.GWデート・フェスティバル ―視点S―
「ゴールデンウィーク、良ければどこかにお出かけしませんか!」
視聴覚室のドアの向こうから、
その時
途中ですれ違った女子生徒から、視聴覚室の方に行ったと聞いたのだ。
どうしてそんな場所にとは思っていた。
だから、閉め切られた部屋から千尋と快龍の声が聞こえた時、咄嗟にドアの前に張り付いた。
――なんでこんなに、私がドキドキしてるんやろ。
千尋の声に耳を澄ませながら、同時に何も聞きたくないような気がした。
(快龍くんと私はいとこ同士なのに)
(快龍くんの前では昔のままの、素直ないい子でありたいのに)
それでも、今、ドアを開けないと一生後悔すると思った。
「紗良!? なんでいるんですか!」
千尋の驚いた顔が目に飛び込んでくる。
彼女の印象がいつもと違うと思ったら、今日は髪を緩めのツインテールにしているんだ。
素直に可愛いと思ってしまう。けど。
なんでここにいるのかって、それはこっちのセリフでもあるんだけどな。
でも結局、理由の深堀りはしなかった。
それよりもっと大事なのは。
「まぁ、いいや。それよりも、さっきの話。ゴールデンウィークさ、トーカと雪も誘ってみんなでお出かけしようよ!」
――ああ、私、意地悪だ。
だけど、嫌だった。千尋が快龍と二人きりで出かけるのは、すごくはっきりと明確に頗る嫌だった。
紗良は快龍の方をチラリと見た。
彼は何が起こっているのかよくわからないというように、ポカンと口を開けていた。こういうところ、本当に鈍感だけど、そこがいい。そのままでいてほしい。
「……、は、はい。わかりました! みんなで楽しく遊びましょう!」
胸の前で手を合わせて、千尋がぎこちなく微笑んだ。
「ありがとう! 実はちょうどみんなで行きたい場所があったんだけど、千尋、どこ行くかってもう決めてた?」
「いいえ。快龍さんがいいなら、紗良が行きたい場所に行きましょう」
「俺は構わないが、どこに行くんだ?」
「ふっふっふ。それはねぇ――」
紗良には秘策があった。
それは楽しみだな、と快龍が言った。
千尋も小さく頷いていた。
「じゃあ、いこっか。ていうかなんでカーテン閉めてるの」
「あ、そ、それはですね。西日があまりに眩しかったからです」
「ふーん。なるほどねぇ」
分厚いカーテンに手を伸ばす。
隣で快龍も同じようにカーテンを開いた。
「そういえば、紗良は俺に何か用事があったんだろ?」
「ああ、やっぱりなんでもない!」
カーテンが開かれた窓から、オレンジ色の夕日が頬を刺す。
眩しくて直視できなくて、思わず目を瞑ってしまう。
今日は一緒に帰ろうと思っていたなんて、今ここで言うことはできなかった。
***
GW初日。二時間くらい電車に揺られて、駅から出た途端に潮の香りがした。
晴れてほしい時も雨が降ってほしい時も、昔から天気には味方されている。
今日は底抜けに空が青かった。
「横浜なんて久しぶりです〜」
千尋はのほほんとした様子だった。真っ白なワンピースにこれまた白くてつばの広い、海外セレブのような帽子をかぶっている。
一方の紗良は白いキャミソールにグレーのシースルーニットを合わせて、少しでも大人っぽく見えるような服を選んできていた。
こざかしいかもしれないけれど、いつもとギャップを感じてもらえるように。
「横浜は俺も楽しみなんだが――」
Tシャツにジーンズというシンプルな格好の快龍が、隣でニヤニヤ笑う赤い革ジャンの男をギロりと睨んだ。
「なんで
99%の男子高校生が似合わないような赤革ジャンを、綾世はうまく着こなしているように見えた。黒いスキニーパンツは少し暑そうだったが、ワイルドとスマートが共存していてポイントが高い。遊び慣れしている感じが伝わってくる。
「だって、紗良ちゃんが誘ってくれたから」
「雪もトーカも来れないって言われちゃって。3人よりも4人の方がバランスいいかなって思ってね。綾世くんと千尋は塾も一緒なんでしょ?」
これは自称・恋愛番長のトーカから仕入れた情報だった。
チャラついているように見える綾世だが、実は清楚系が好き。
どこまで当てになるかわからないけど、意外と効果的に働いてくれるかもしれない。
「え、そうだったんですか?」千尋は驚いた様子だった。
「入ったの最近だし、水城さんとはクラスが違うけど。話してみたいと思ってたからよかったわ!」
センターパートの髪を整えながら、綾世が千尋に微笑みかけた。
コミュ力が高い者同士、場の空気を読むことには長けている。
そういった点で、紗良は綾世のことを信頼もしていた。
「それにさー、音楽聴きながらカレー食べられるとか最高じゃん♪」
綾世が八重歯をはみ出させてニィっと笑う。
そう、音楽を聴きながらカレーが食べられるのだ。
今日はカレーフェス。
横浜は赤レンガ倉庫の広場で行われる、比較的大規模なイベントだった。
会場に近づくと、ギターの音色と共に女性歌手の歌声が漏れ出てきていた。
歴史を感じる赤い煉瓦造りの建物の前の広場に、テントや小屋が立ち並んでいる。
入り口で見た看板によると、二十を超える数の小屋があってそれぞれで独創的なカレーを提供しているらしい。どれを食べるか考えただけでワクワクする。
「うおー! すでにスパイスの香りするな!!」
綾世がはしゃぎ、千尋が「ほんとですね!」と目を輝かせた。
まだお昼には早かったけれど、すでに会場には多くの人がいて、行列ができているお店もあった。お酒もたくさん売られていて、ビールを片手に持ったまま移動している人もいた。
「じゃあまずは真ん中のテントで席を取って荷物置いて、男女別で食べたいカレー買ってこよ。先に男子行ってきていいよ」
「……、こんなところでも、キャプテンしてるんだな」
「ふふふ、さすがでしょう?」
中央のテントでちょうど4人座れる席を発見したので、紗良と千尋が残って荷物を見ておくことになった。まだ五月の始まりとはいえ、カラッとした日差しにずっと晒されていると流石に暑い。テントの日陰に入れて少しホッとした。
隣に座った千尋は、大きな白い帽子を外して涼しげに佇んでいた。
「私、こういったフェスに来るのは初めてなんです。美味しそうな匂いがして、音楽も聴けて、なんだか贅沢ですね〜」
「ここにいるだけで楽しいよね。……、千尋が喜んでくれてよかったよ」
そう言いながら、紗良は少しだけ後ろめたさを感じていた。
本当は、千尋は快龍と二人きりで出かけたかったかもしれないのだ。
「あのさ、もしあの時私が視聴覚室に入ってなかったら、快龍くんとどこ行こうとしてたの?」
なんでもないことのように、軽く尋ねた。
千尋は慌てて紗良から視線を逸らすと、テーブル置いていた帽子を深く被り直した。
「は、恥ずかしながら場所までは考えていませんでした。ただ、快龍さんに何かお礼ができたらいいなと思っていまして」
彼女はワンピースの膝の上でぎゅっと手を握っていた。
なんていい子なんだろう。
同い年なのに、その純粋さに時々やられそうになる。
「……、優しいね。私は千尋が羨ましいや」
「そうですか? 私は紗良の方が羨ましいですよ」
千尋がこちらを向いた。
目深にかぶった帽子の陰から、真っ白な肌と小さな口が見える。
淑やかな淡い桃色の唇が、微かに動く。
「紗良と快龍さん、本当に“仲良しいとこ”って感じじゃないですか」
ステージ上で奏でられているバンドのバラード曲。
優しくて、女性ボーカルの声がどこまでも透き通っていて。
心地よかったはずなのに、いきなり胸を刺された。
どんな歌詞よりも、千尋の言葉は心を抉った。
「……仲良しいとこかぁ。そう見える?」
「はい! あ、そうだ。もしよかったら、快龍さんにどんなお礼を渡したらいいか一緒に考えてくれませんか?」
まるでサンタさんにお手紙を書く子どもみたいな。
千尋のわかりやすくて、無垢な眼差しが苦しい。
自分と快龍が親しくしていても、仲良しないとこにしか見られないという事実が苦しい。
「ごめんね。私、プレゼントとか苦手なんだよー」
誤魔化すことしかできない弱い自分を見ているのが、苦しい。
「……、紗良、千尋、待たせたな。もうカレー選びに行っていいぞ」
いつの間にかカレーの皿を手にした快龍が後ろに立っていて、急いで帰ってきたのか首筋を汗が伝っていて、でも急いだことがバレないように声は穏やかで、その優しさが、今はどうしても苦しかった。
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