4.スカートとの相関関係

 活動初日は結局千尋ちひろも帰ってしまい、紗良さらと二人で練習をすることになった。

 パスをしたり、快龍かいたつがトスをあげて紗良が打ったりしていたが、二人きりではできる練習の幅も限られていた。


「千尋も、多分そのうち快龍くんに慣れると思うから」


 ネットを畳みながら、紗良は快龍に向かって言った。

 足元のすりガラス越しに見える屋外は既に暗くなっていて、隣のバド部も片付けをしている最中だった。


「かなり時間が必要そうだけどな」


 女性慣れしていない快龍が言えた義理はないかもしれないが、千尋と話せるようになるのにはなかなか大仕事になりそうだった。


「まあ、そこは快龍くんの力量次第でもあるのかもね」


 長いネットを、二人で合わせて半分にしていく。

 千尋と話せるようになるかどうかも、快龍一人では厳しい戦いになりそうだ。


「……明日は、全員集まるといいな」


「ああ、明日は練習休みなの」


 危なかったね、と紗良が笑う。


「あ、そうなのか」


「でも、快龍くんは教室で待ってて!」


「どうしてだ?」


「快龍くんには、パンダになってもらうから」


 円柱状に畳まれたネットを脇に抱えて、紗良が笑った。

 俺が、パンダ??

 腑に落ちなかったが、紗良はそれ以上詳しく教えてはくれなかった。


***

「パンダって、そういう意味かよ」


 翌日の放課後。紗良に言われた通り教室で待っていると、プラカードのようなものを持った彼女が教室に現れた。

 彼女は詳しく説明もしないまま、ずんずんと快龍の制服の袖を引っ張った。

 そして現在。昇降口前の広場で、新歓用の看板を手に持って紗良と二人で立たされているのだった。


「そ! 快龍くん背高いし、目立つから、客寄せパンダになってもらおうと思って!」


「まあ、人数足りてないんだし、新歓活動も大事だよな」


「ありがと! とにかく愛想良く、新入生に声かけて部活に誘ってみて!」


 説明もないまま急いで移動したからか、快龍たちは下校ラッシュよりも先に昇降口前にたどり着いたようだ。

 5分ほど待った今となって、続々と制服姿の男女がガラス扉から出て来ていた。

 楽しそうに談笑しながら、彼らは部室棟や校門の方向に散らばっていく。


「だけど、どれが新入生なのか俺にはよくわからんな。特に女子は、同級生も全然把握できてない」


「うーん。もう少し女子とも交流を持った方がいいと思うけどね。見分ける方法は一応あるよ」


「お、どんな見分け方だ?」


 紗良はふふふと笑って、自分のスカートの裾をつまんだ。


「基準は、スカートやね。膝下までスカート丈があったら、新入生の確率が高い。逆に短いのは先輩だと思ってスルーしていいよ」


 チェック模様のスカートを、紗良が指先でひらひらとはためかせる。

 ついその布の動きを目で追ってしまって、慌てて視線を逸らす。

 確かに彼女のスカート丈は膝よりも少し上に位置していた。


「そんな方法でわかるものなのか」


「意外とね。あ、そこのお二人! バレーボール、やってみたくないですか?」


 早速、紗良は二人組で下校しようとしていた女生徒に声をかけていた。

 にこやかに微笑みながら、巧みに会話を盛り上げている。

 そこに快龍が入る余地はなさそうだった。


 一人取り残された快龍は、周辺を伺ってスカート丈が長い女子を探した。

 まだ新学期の慣れない空気が薄まっていないのか、テーマパークにでも来たかのように周囲をキョロキョロと眺めながら下校している生徒の姿もあった。


「あ、すまない。そこの二人。バレー部に興味はないか?」


 快龍は眼鏡をかけた大人しそうな女の子二人に声をかけてみた。

 スカートの長さは膝よりも下にあり、これなら一年生だろうと判断したのだった。


「え、あ、す、すみません! すみません!」


 しかし、女生徒たちは肩を寄せ合うようにして走り去っていった。


(……、俺、そんなに怖いか?)


 大人に間違われることも多い快龍だが、これは少なからずショックだった。

 それでも、気を取り直して次の生徒を探した。

 続々と流れていく生徒の中から、長いスカートの人間をチェックしていく。


「すまない、そこの人。バレー部の練習を見学する気はないだろうか?」


「ごめんなさい、もう演劇部に入ると決めているので」


「ちょっと今時間あるか? バレー部の話をしたいんだが」


「私の貴重な時間を割くには値しないと思うので、失礼します」


「なぁ、バレー部に興味はないか?」


「す、すみません。お金なら持っていません!!」


 テンポよく声をかけて、ハイペースで断られていった。

 特に最後に話しかけた女子は、カツアゲかと思ったのか震えながら走り去っていった。

 流石に心が折れそうだった。

 紗良の方を見ると、また別の女子グループと楽しそうに会話している。

 あの能力が少しでも欲しいものだ。


――お。


 顔を正面に戻すと、視界の端に膝下のスカート丈の女子が映った。

 ゆるく巻いたハーフツインをしたその女子は、快龍の顔をチラリと見て、すぐに視線をそらした。


「なぁ、すまない。バレー部に見学に来てくれないか?」


 反射的に、その女子に声をかけた。

 彼女は俯いたまま「え?」と小さく呟いた。

 今までになかった反応だった。

 背も高くて、バレー部に向いていると思った。


「おお、興味を持ってくれるのか?」このチャンスを、逃すわけにはいかない。


「あ、あ」


「実は今、女子バレー部の人数が足りなくてな。ピンチなんだ」


「あ、あの」


「今日は休みなんだが、また明日は活動してるから、良かったら見学に来てくれないか?」


「あの!」


 もごもごと口元を動かしていた彼女が、ふっと顔を上げた。

 一気に畳みかけたが、果たして反応はどうだ?


「わ、私、千尋です!」


――あ。

 その声には聞き覚えがあった。

 快龍が彼女の顔を見ると、彼女はまた視線を遠くに向けた。

 スカート丈だけでは、人間は判断できないようだ。


「ああ、すまない。髪型が変わっていて気づかなかった」


 昨日の千尋は大人っぽいストレートだったが、今日はハーフツイン。

 全体的な印象が華やかになっていて、わからなかった。


「え、ああ。いいんですよ。それより、今日は部活はお休みですよね?」


「ああ。だが、部員が足りないからな。こうやって紗良と新歓活動をしていたところだ」


「……、そうなんですね。ありがとうございます」


 千尋はそう言って深く頭を下げた。

 長い髪が、両サイドから彼女の顔を隠す。

 話し方といい、所作が丁寧な人間だ。


「良かったら、千尋も手伝ってくれないか? 俺の能力では限界を感じていたところだ」


「すみません。今日は私、塾とピアノの稽古が入っていまして」


 申し訳なさそうに、千尋が俯いた。

 小さく、弱々しい声だった。


「ピアノもやっているのか」


「は、はい。一応、ですが」


「そうか、忙しいんだな。頑張れよ」


「では、失礼します」


 千尋が快龍に背を向けて歩き出そうとした、その瞬間。

 何か言わないといけないことがあるような、そんな気がした。


 おんなごころ。


 それだ。


 唐突に、昨日階段で紗良に言われたことを思い出した。


「その髪型も、似合ってるな」


「え?」


 千尋が振り返った。

 一瞬だけ目があって、なんと言っていいかわからなくなる。


――背伸びたの偉いなとか、髪型変わって良いなとか、そういうちょっとした褒め言葉でも女の子は嬉しいんだよ。


 紗良の言葉を信じてみたが、眉を下げた千尋の顔は、困惑しているように見えた。

 みんながみんな、紗良と同じように喜ぶわけではないのかもしれない。

 スカート丈で人間を判断できないのと同じだ。


「すまない。男が苦手って、こういうこと言われるのも嫌かもしれないよな」


「ぃ、ぃぇ。ぁりがとう、ございます」


 今にも消え入りそうな小さな声で、千尋が言った。

 なせだか、千尋の耳がみるみる赤くなっていた。

 まだ残っていた桜の花びらがひらひらと舞って、彼女の肩の上にスッと着地した。

 千尋は何やらむず痒そうに、もじもじと足踏みをした。


「どうしたんだ?」


「ぁ、明日は、部活参加しますから!」


 千尋はそう言い残して、肩に桜を乗せたまま走って行ってしまった。

 タタタっと腕を振って走るフォームは、なかなかに綺麗だった。


――困らせてしまったかもしれないな。


 そんなに全力ダッシュしなくてもいいだろうに。

 千尋との距離はどんどん離れていく。

 女心とは難しいものだと、快龍は緊張していた肩を緩めた。


***

 それからも何人かに声をかけたが、良い反応は得られなかった。

 下手なナンパをしているみたいで、メンタルがすり減っていく。

 行き交う生徒の数も少なくなり、ぼーっと空を見上げていると、肩を落とした紗良が隣に戻ってきた。


「快龍くん、どうだった? 私は全然ダメだったよ。みんな忙しいみたい」


「紗良でダメなら、俺がダメでも仕方ないな」


「あー、やっぱりそうか。快龍パンダには期待してたんだけどな」


「パンダ呼びやめろ」


 紗良が手を差し出したので、持っていたプラカードを返した。

 【初めての人も大歓迎!】の文字が虚しく見える。

 下校のラッシュは終わったのか、人の賑わいのなくなった屋外は肌寒く感じられた。

 ビューっと冷たい風が吹いて、紗良の髪を揺らした。


「ああ、でも、途中で千尋と話したぞ。あいつ、塾とピアノがあるって言ってた。なかなか忙しいんだな」


「うん。千尋は町でも有名な名家の一人娘だからね。小さい頃から色々と習い事してるみたいだよ」


「名家? 知らなかったな」


「ああそう? ミズシロ家って結構有名だけどな」


「ミズシロ? どんな漢字だ?」


 名家の話は知らなかったが、その言葉の響きはどこかで聞いたことがあった。

 ああ、どこかで。

 チヒロという名前を聞いた時にも、何かが引っかかっていた。

 もう少しで思い出せそうだ。

 千尋の赤くなった耳が思い浮かんで、消える。


「お水に、お城で、水城だよ。水城千尋っていうのがフルネーム」


 お水に、お城で、水城。


――水城千尋?


 漢字に変換してようやく、頭の中で絡まっていた糸が解けていった。


「そうか。千尋ってあの、いつもテストで1番の、水城千尋だったんだな」


 快龍にとって、その名前は耳触りの良いものではなかった。


 テストの度に上位10名の名前が張り出される掲示板で、いつも目にしていたのだ。


1.水城千尋

2.北条快龍


 いつも変わらないこの並びを、毎回のように。

 名前だけは知っていたが、水城千尋なる人物がどのような人間なのか、快龍は知らなかった。

 悔しい思いを押し殺して、顔も知らないその背中を追っていた。


「そうだよ。ああ見えて千尋はなんでもできちゃうスーパーガールなんだよ。バレーも三ヶ月くらい前まで初心者だったけど、めきめき上達してるんだから」


 紗良はまるで自分のことのように誇らしげだ。


「そうか、天賦の才ってやつか」


 才能が元からある人間は存在する。身長がものを言うバレーというスポーツにおいても、それは顕著けんちょだった。


「でもね、千尋ってたまに思い詰めたような顔してるんだよね」

 

「……、悩みでもあるのか?」


「どうだろう。天才の悩みは私にはちょっとレベルが高いからなぁ」


 紗良はプラカードの先端を爪でポリポリと引っ掻いて、ハッとしたように快龍の方を見た。


「そうだ、快龍くんも実は天才だったじゃん。よかったら千尋の悩み解決してあげてよ!」


 はいこれ、といって紗良がプラカードを手渡す。

 初めての人も大歓迎。

 だが、自分はまだ部活に歓迎されていない。


「千尋は男が苦手なんだろ? 俺には相談しないんじゃないか」


 快龍の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、紗良は無責任に手を振って走り去っていく。バイバイーと遅れて声が聞こえる。元気なやつだ。


――あ、待てよ。


 プラカードの片付けを押し付けられたのだと気づいたのは、彼女の姿がちょうど校門を出た時だった。



―――――――――――――

次回、快龍vs心霊現象???

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