第41話「特殊フェイズへ」

 すれ違い様の一撃ではアシュリーが戦闘不能にならなかった事を、じゅんは手応えとして感じ取った。Riot Fleetsを始めて一ヶ月弱しか経っていないが、それが分かるくらい成長していたが、だからといって喜んでいる場合ではない。


 ――し損じた!


 すれ違い様の一撃であったのだから、駆け抜けてしまった今、アシュリーに対し、背を見せている状態だ。


 振り向こうとするが、ここがバファロー・リード艦隊のど真ん中である事を思い出させられる十字砲火が動きを制限してくる。


「分身が終わったからか!」


 アシュリーのクレイモアによって、フォーレストのリアクティブアーマーは全て剥げてしまった。


 分身が発生していなければ、戦艦のWICSが集中的に狙ってくる。


「ッ!」


 逃げ切れるはずだと上昇しようとした時だった。


 ――レッドアラーム!


 コックピット内に鳴り響いたアラームは、今までのアラームとは性質が違う。



 戦闘不能に陥った事を知らせるアラームだ。



 アシュリーが投げつけたビームセイバーは、コックピットこそ外したものの、スレスレを貫いている。これには惇も毒突かされた。


「くそッ」


 しかし惇を導いてきたフォーレストは、ここまででは終わらない。


 ビームセイバーに貫かれて戦闘不能になりながらも、惇の視界に一隻の戦艦が入る位置へ漂ったのだから。


 ベクター・ツヴァイトの乗艦だ。


「あそこに行ければ……!」



 ***



 コンコルディアのメッセージは、全てのプレーヤーに伝えられる。


 ――フォーレスト大破。


 そのメッセージに、甲板上から機化猟兵きかりょうへいを迎撃している弥紀みのりは手すら止めてしまった。


「ウソでしょ!?」


 アシュリーと惇では技量にも経験にも差があるのは覚悟していたが、高浜たかはまが全力を出せるタイミングだと太鼓判を押しての出撃だった。


「こんなあっさり!?」


 わかり合うに十分な時間だとは思えない。もっと文句をいってやりたいところだが、4隻が絡みつくように隣接している弥紀の戦場だ。立ち止まれる時間は殆どない。


「もうッ!」


 毒突くと共に、ビームを偏向・拡散させるビットを操作する。


「エレメンタルソング、リチャージ完了。ほら!」


 ビットへビームを放つ。その光芒の先を見るまでもなく、正面の戦艦へバード・バニッシュの砲口を向け、


「角度悪ッ!」


 対艦ビームも、艦橋やエンジンにでも直撃させなければ、機化猟兵の攻撃力で戦艦を沈める事は難しい。今、母艦越しに見える敵艦は、艦橋が僅かに覗いているだけ。


 発射したビームは、やはり僅かに艦橋を掠めるに留まった。


「もうッ!」


 弥紀の毒突きに、頭上から敵機から銃弾の応酬がある。


 それを貫く狙撃を繰り出しながら、サムはコンコルディアのメッセージに眉根を寄せた。


「ミノリ、違うヨ。ジュンは無事。撃墜されたんじゃなイ」


 コンコルディアのメッセージにあるのはであり、ではない。



 フォーレストは戦闘不能であるが撃墜や爆発四散した訳ではない――パイロットは生存している事を告げている。



 戦況によっては、リスポーンさせないため戦闘不能に留める場合もあるが、今の状況で戦闘不能にする価値は即座に判断できるない。


 では大破したフォーレストはどうなるか?


 弥紀の思考は辿り着く。


「隠しフェイズ……!」


 艦隊戦で例外的に発生する、移動フェイズと戦闘フェイズ以外の特殊な状況だ。


 プレーヤーが敵艦に潜入した場合、全ての時間をひとつの事に使う事ができる。



 直接戦闘。



 バックパックはコックピットであると共に、脱出装置でもある。パージした後、何らかの推進器が無事であれば、そのまま移動する事も可能。本来の使い方は修理を受けるため、乗艦への旗艦なのだが、選択肢は複数ある。


 惇は帰還ではなく、潜入を選んだ。


 ――確か、甲板上は対空砲火の死角になる!


 Point Blank艦隊の時、あきらが教えてくれた。ランディングコースを飛べば、着艦する事も不可能ではない、と。


 ただ晶は自在に動ける熱風ねっぷうに乗っていたが、今、惇が操ろうとしているのは、移動は兎も角、機動力などないバックパックだ。


 上手くいくかどうかは賭けだった。


 WICSや機化猟兵のパターン制御には、脱出装置となったバックパックの撃墜は入っていないのだが、ビームセイバーを投げつけてきたアシュリーがいる。


 ――見つかったら終わりか……。


 アシュリーに一太刀、浴びせはしたのだが、敵機の状況をすれ違い様に確認できる程は惇もやり込めていない。アシュリーが健在なのか、それとも戦闘不能寸前で踏みとどまっているのかは不明だ。


 慎重にスラスターを操作する。メインを吹かしては、その青白い炎でバレる。姿勢制御用のスラスターでゆっくり操作していく。


 生まれてくる焦りを握りつぶし、蓋をし、或いは誤魔化して、少しずつベクター・ツヴァイトの乗艦へ向かう。


 軽い衝撃。


「甲板に着いた!」


 ハッチを開いた惇の眼前には、赤く塗装された艦橋が。


「よし!」


 腰の拳銃を確かめると、惇は走り出した。


 ――機化猟兵戦では言葉を交わす機会がなかったけど!


 この状況にアシュリーが来てくれれば、実際に言葉を交わす機会になる。


 アシュリーの気付きが、この寸前のタイミングだった事は、幸か不幸か?

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