第42話「思惑、三人それぞれ」

 アシュリーは気付くのが遅れた。ビームセイバーを投げつける時、自分の全て声に載せてしまったため、気持ちが途切れてしまったからだ。


 現実であれば、感情が高ぶりすぎて泣いてしまっていただろうが、ゲームの演出に涙はない。


 それでも目元を拭う手は仕草で冷静さを取り戻したアシュリーは、パージされたフォーレストのバックパックを見つけられた。


 その動きが、自分の母艦へ返ろうとしているのならば見逃すつもりだったが、よろよろとした動きの先を見て、ギョッとさせられる。



 ベクター・ツヴァイトの乗艦に向かっているではないか!



「あの野郎!」


 中性的な少年のアバターにはそぐわない怒声をあげると、ロードスの進路をベクター・ツヴァイトの乗艦へ向けた。しかしじゅんが放った一太刀は、致命傷こそ与えていなかったが、推進器や駆動系に重大なダメージを残している。


「こんなにトロかったのか、僕の機化猟兵きかりょうへいは!」


 クレイモアのような普段は積んでいない装備を無理矢理、積んだ事で機体バランスが崩れているのも影響していた。


 アシュリー自慢のロードスも、ヨタヨタとしか飛べなくなってしまっている。


「こちらアシュリー! ベクター・ツヴァイトさん! 敵だ!」


 着艦を急ぎながら、アシュリーは通信機に向かって叫ぶ。


「敵パイロットが侵入しようとしてる! 暗殺フェイズだ! 今から僕も着艦して追いかける!」


 アシュリーは着艦と同時に、甲板上でロードスを乗り捨てた。



 ***



 艦艇の種類は、巡洋艦、駆逐艦、戦艦、空母、フリゲートなど様々で、外装も塗装から艤装ぎそう――あくつは手足や頭までつけていた――まで選択できるのだが、内部に関しては、機種で共通している。


 ベクター・ツヴァイトの乗艦も、高浜と同じく高速戦艦。


 惇は迷わない。


 ――艦橋だ!


 艦橋にはベクター・ツヴァイトがいる。


 ――アシュリーさんと話すなら、三人が揃った所でするのが理想だ。


 その想いはベクター・ツヴァイトも同じ。


「手加減はできなかったんだがな」


 アシュリーと惇が、機化猟兵戦でも言葉を交わせられればよかったが、如何いかんせん思い通りにはならなかった。


 ――全力をぶつけるっていうのなら、高浜さんの選択しかなかったな。


 高速戦闘は、言葉を交わす暇など存在しない。


 ならば脱出した惇が乗り込んでくる方が、最良のタイミングになる。


 アシュリーが帰還するという通信に、ベクター・ツヴァイトは答えた。


「潜入された。すまない。アシュリーさん、頼む」


 その声は弾んでいたか? 沈んでいたか?


 潜入など初めての経験である惇は、そこら中のアラームを鳴らし、まして廊下にカンカンと足音を響かせているのだから、待っているベクター・ツヴァイトも苦笑いしか浮かばない。


「暗殺者には向きませんね」


 艦橋に入ってきた順を出迎えたのは、そんな言葉。


 それに対し、惇が「すみません」などとバカ正直に答えると、ベクター・ツヴァイトの苦笑いは強くなってしまう。


「銃は抜いておいた方がいいですよ。アシュリーさんはすぐ来ます」


 ベクター・ツヴァイトは指揮官席から立ち上がり、自分も銃を抜く。形として、銃撃戦に発展する寸前にしておいた方が良いだろうとの判断だ。


 銃を抜く惇には、アバターと現実の八頭の姿がダブって見えた。似せているというのもあるが、冷静さと、どこか遊び心を残した子供っぽさが、そう感じさせるのかも知れない。


「BBQ、助かりましたよ。あんなに炭って火が起きないのかよって思ってました」


 世間話をし始めてしまう惇は、色々と間抜けか?

 いや、ベクター・ツヴァイトも答えるのだから、間抜けな絵面ではあっても、間抜けではない。


「次から一人でもできるでしょう? あぁ、もう一つ大事な点がありましてね。けは、百均のは……あんまりよくないですよ」


「やっぱり火が起こしにくかったりします?」


「火が大きくなりにくいですね。だから結局、使う量が多くなってしまって、高くつく」


 昔ながらの文化たきつけが一番だと笑うベクター・ツヴァイトは、「高くつくといえば――」と扉の方に目をやった。


「今回の対戦も、高くつきそうですね」


 あまり面白い対戦ではなかっただろうと思うベクター・ツヴァイトは、高浜からクォールとの対戦映像を見せてもらっていた。


 ――クォールさんとの対戦は、本当に面白そうだった。


 双方が真剣に遊んでいた。おちょくっていたり、ふざけていたり、あざけっていたりが全くない。他者がどう思おうとも、双方がかっこいいと思うものをぶつけ合う、本当に遊びだった。


 ベクター・ツヴァイトの視線で、アシュリーが戻ってくる気配を感じた惇は、静かに銃口を上げ、


「安いかも知れません」


 わかり合えるのならば安い。わかり合えずとも、言葉を交わせるのならば高くはない。


 艦橋に飛び込んでくるアシュリーも、惇が銃口を上げている状況に発砲する。


「暗殺フェイズとは考えたな!」


 この特殊フェイズは、移動フェイズ中でも戦闘フェイズ中でも、また思考時間すらも使って進行できる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る