第39話「接戦」

 味方艦隊が衝角で貫かれ、次々と接舷されていく状況だが、じゅんは視線を振り向けたい衝動を振り切る。


 高浜がフォーレストが持つ最大の力はスピードという意味が、ここに来て分かった。


 ――リアクティブアーマーだ。


 フォーレストに標準搭載されているというリアクティブアーマーが、カタパルト射出、スーパーチャージャー、増加ブースターの3段加速を得ると誤動作し始める。



 ローバーロードした機体の熱が攻撃と誤認され、リアクティブアーマーが剥離してしまうのだ。



 通常、攻撃を受け流して剥離したリアクティブアーマーは、ゲーム内では残骸として処理されるのだが、誤動作によって剥離したリアクティブアーマーは物体として処理されてしまう。


 即ち――、


「分身してる!」


 フォーレストから剥離したリアクティブアーマーは、宙にフォーレストのシルエットとなって残っていく。


 そして物体として残っている以上、レーダーにも機影として移る。


 この状況は、乗艦から飛び出そうとしていたアシュリーを歯噛みさせた。


「CIWSがよそ向いてる!」


 レーダーと連動している防空システムは、フォーレスト本体と分身との区別がついていない。


 歯噛みしている瞬間も当然、惇はフォーレストをベクター・ツウァイトの旗艦へ向けている。


「兎に角、ロードス、出るよ!」


 アシュリーは気を取り直す時間すら惜しいと、愛機・ロードスをカタパルト射出させた。


 ――レーダーは誤魔化せても、視認できるんだ!

 キラキラと光るシルエットは見慣れておらず判別しにくいが、判別不能ではない。


 ――中間距離と近距離だ。弧宮こみやさんが教えてくれた距離に食らいつく! フォーレストの距離は、パルスレーザー式突撃銃の中距離とMメーザー・Vバイブレーション・Eエッジの至近距離だ!


 勝機はあると思った刹那、アシュリーは目を剥いた。


「中間距離……?」


 中間距離を狙えるビームライフルを持ってきたが、今、フォーレストはオーバーロードさせてかっ飛んでいる。



 レーダーと連動したロックオンが使えない状況なのだから、目視で射撃できるのか?



「くッ!」


 今のフォーレストのスピードと分身は、距離を保つ事すら難しくさせている。あっという間に手の届かない所へ行くかと思えば、いきなり接近戦を挑まれるかも知れない。惇とて、こんなスピードで機化猟兵とのドッグファイトなどできそうにないが、メイン武器のパルスレーザー式突撃銃は文字通り突撃しながら攻撃をばらまく武器だ。


 アシュリーが考えられる戦闘方法はただひとつ。


 ――格闘戦……。


 アシュリーのロードスには、あそこまでのスピードは出せないが、交叉を繰り返す事で格闘戦ならば難しくはない。


 ――装甲は物理寄り。光学兵器には弱いんだから、MVEで戦ってくれるなら願ったり叶ったりだ!


 弧宮が不要と断じた武器ならば、今の装備にぴたりと合う。


 ――行くぞ!


 覚悟を決めた時、アシュリーの装甲をビームが掠めた。


 あきら熱風ねっぷうから放たれたビームである。


 ――君には、たかむらくんの方へ行ってもらわないとね!


 当てるつもりはない。自分の存在をアピールする事と、アシュリーを惇の方向へ誘導するためだ。


「コムギさん、お願い!」


 アシュリーはスラスターを吹かして惇に向かい、入り違いに晶を追ってコムギが飛来する。


「ッ」


 晶の顔を顰めさせるのは、コムギの愛機・メロウが構えたガンポッドからの射撃。


 ――反応弾を持ってきてるんだろうね!


 か細い銃撃に、晶は軽く舌打ちした。本来、機化猟兵に向けても当たりにくい反応弾を、コムギは命中させる腕がある。そして厄介な事に、反応弾は艦艇に対して使われると一発で撃沈できてしまう。


 ――使わせるのがいいけれど、使う時は命中させられる時だろうね。


 コムギのミスに賭けるのは、分の悪いギャンブルである。今、隙を突ける形になっていてもガンポッドを使ってきたのだから、本当に必中のタイミングでなければ使ってこない。


 晶は機体を加速させながら、背後に意識を向ける。Riot Fleetsでは射撃と敵機が進むベクトルが一致すれば命中しやすい。敵を背負って飛ぶというのは、コックピットに当ててくれといっているようなものだ。


 コムギは静かにガンポッドの銃口を上げる。


 ――ガンポッドでも、コックピット直撃ならマズいよ?


 だが晶もただ飛ぶだけではない。ガンポッドの銃口をかわすため、螺旋状に回転させながら逃げる。スピードを落とさず飛行距離を伸ばす事で、背後の敵機をやり過ごし、位置を逆転させる方法だ。


 この動きはコムギも心得たもの。


 コムギも晶を追って、機体を螺旋回転させ始める。


 二機は位置を入れ替えながら飛ぶが、シンクロするのは数秒に過ぎない。


 ヤマトと熱風が交叉し、位置が入れ替わろうとする一瞬、晶は賭けた。


 ――今!


 脚部に装備されているジャンプ用のブースター。宇宙戦では使用しない装備だが、晶がそれを外していない理由は、こういう時にこそ活きるからだ。


 腕を振る事でモーメントを発生させ、足を前方に向けれる。


 ジャンプブースターを点火すると、機体は一気に減速してコムギの横をすり抜ける。


「ッッッ」


 コムギの後ろについたところで、水泳のターンのように熱風を捻らせて通常飛行に戻り――、


「チッ」


 コムギは舌打ちすると、スーパーチャージャーを発動させる。


 そして今度は螺旋回転ではなく、上昇した。


 ――推力を上げられたからね。


 宙返りもコックピットを狙わせない軌道になる。


 加えて、追撃してきた晶に対し、螺旋回転も加えていく。


 交叉。


 交叉。


 交叉。


 互いに互いの機化猟兵を見ているのだが、その意識を時折、別のものが奪っていく。



 惇とーアシュリーだ。



 ビームセイバーを抜いたアシュリーに、惇もMVEを抜く。リアクティブアーマーの残骸に混じり、刀身を輝かせる赤が混じった。

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